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第61話 選んでいた答え

 閉館のアナウンスが静かに流れた。


「本日の利用は――」


 機械的な声が図書館の空気を揺らす。


 周囲の席から人が立ち上がり始める。


 椅子が引かれる音。

 ページを閉じる音。


 終わりの時間。



 一ノ瀬さつきは、しばらく動かなかった。


 ノートを見たまま。


 ペンを持ったまま。


 けれど、もう書いてはいない。



「……帰ろ」


 裕翔が言った。


 自然に出た言葉だった。


 励ましでも説得でもない。


 ただ、そうした方がいいと思っただけの声。



 さつきは少し遅れて顔を上げる。


「……まだ」


 言いかけて、止まった。


 机の上を見る。


 進んでいないページ。


 自分でも分かったのだろう。


 今日はもう、続かないことを。



「……うん」


 小さく頷いた。


 それだけで、肩の力が抜けたように見えた。



 二人で図書館を出る。


 外は夕方。


 空気が少し冷たい。


 並んで歩く。


 会話はない。


 でも沈黙は、不思議と重くなかった。



「……朝倉」


「ん?」


「さっき」


 さつきが言う。


「変なとこ見せた」


「別に」


 裕翔は前を向いたまま答える。


「普通じゃない?」


「普通じゃない」


 即答だった。


「私、あんな風にならないから」



 少し間が空く。


「……なる意味、ないし」


 その言葉が、妙に残った。


 意味。


 価値。


 必要。


 全部が同じ方向を向いている気がした。



 歩きながら、裕翔は思う。


 解決できるわけじゃない。


 何か言えるわけでもない。


 でも。



(放っておけない)



 理由は説明できない。


 ただ、それだけがはっきりしていた。


 その瞬間。


 ポケットの中でスマホが震えた。



 REALITÉ。


 画面を開く。



 紹介可能率:79%


 数値が、ゆっくり書き換わる。



 心理条件達成


 紹介可能率:100%


 INVITE AVAILABLE



 裕翔は息を止めた。


「……あ」


 理解した。


 何かをしたからじゃない。


 今、決めたからでもない。



(もう、決まってたんだ)



 リアリテは何も説明しない。


 ただ状態を表示しているだけだった。


 まるで。


 本人より先に答えを知っていたみたいに。



 画面中央。


 新しく現れたボタン。



 【紹介する】



この選択は取り消せません。



 一秒、画面を見る。


 迷いは、なかった。


 不安はある。


 意味も分からない。


 それでも。


 指が自然に動いた。



 タップ。



 画面が一瞬だけ暗転する。


 音は鳴らない。


 光もない。


 変化もない。



 表示が更新される。



 紹介可能率:100%

 紹介実行済



 それだけだった。


 本当に、それだけ。



「……朝倉?」


 隣でさつきが不思議そうに見る。


 世界は何も変わっていない。


 風も。

 街灯も。

 夕方の色も。


 全部、同じ。



 裕翔はスマホを下ろした。


 少しだけ心臓が速い。


「……いや」


 言葉が見つからない。


「なんでもない」



 REALITÉの画面は静かなままだった。


 祝福も。

 説明も。

 意味付けもない。


 ただ記録だけが残る。



 選択は終わった。


 そして――


 まだ、何も始まっていなかった。

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