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第59話 止まれない理由(さつき視点)

 帰り道は、いつも同じだった。


 駅前を抜けて。

 コンビニの前を通って。

 住宅街の細い道をまっすぐ歩く。


 考えなくても足が動く。


 それくらい、繰り返した帰り道。



 玄関を開ける。


「ただいま」


 返事はない。


 分かっている。


 母はまだ仕事。

 弟は塾。


 静かな家。


 嫌いじゃない。


 ……はずだった。



 鞄を置く。


 制服のまま椅子に座る。


 動く気が起きない。


 図書館では感じなかった疲れが、一気に落ちてきた。


「……はぁ」


 小さく息を吐く。


 そのまま机に額をつけた。



 スマホが光る。


 通知。


 クラスのグループチャット。


今日の課題むずくね?

誰か答え分かった?


 既読だけが増えていく。


 さつきは画面を閉じた。


 返信しない。


 いつものこと。


 答えを書けば終わる。

 でも、それをすると空気が止まる。


 前に一度だけ送ったことがある。


 そのあと。


レベル違うわ

ガチ勢こわ


 冗談だったのかもしれない。


 でも、それ以来送っていない。



「……別に」


 呟く。


 慣れている。


 一人でやる方が早い。


 効率もいい。


 問題ない。


 問題なんて――。



 机の端に置いた参考書が目に入る。


 付箋だらけ。


 予定表。


 びっしり書き込まれた勉強計画。


 遅れは、ない。


 むしろ前倒し。


 完璧。


 なのに。


 胸の奥が落ち着かない。



(止まったら)


 ふと浮かぶ。


(追いつかれる)


 何に、とは思わない。


 ただ。


 立ち止まった瞬間、自分の価値が消える気がした。



 だから勉強する。


 だから動く。


 だから考えない。



 今日の図書館。


 思い出す。


「無理してない?」


 朝倉の声。


 真正面からの言葉。


 あんな聞き方、初めてだった。



「……余計なお世話」


 小さく言ってみる。


 でも、続かなかった。


 否定したはずなのに。


 胸の奥が、少しだけ軽かった。



 気づかれた。


 それだけで。



 ベッドに倒れる。


 天井を見る。


 静かな部屋。


 何も変わらない。


 なのに。


 今日だけ、少し違った。



「……なんで」


 呟く。


 理由は分かっている。


 分かりたくないだけ。



 朝倉裕翔。


 特別なことは言わない。


 励ましもしない。


 距離も詰めてこない。


 なのに。


 今日。


 止まりそうだった自分を、少しだけ引き戻した。



「……大丈夫だから」


 図書館で言った言葉を思い出す。


 本当は。


 大丈夫じゃない。


 でも。


 それを言ったら終わる気がした。



 スマホの画面が暗いまま、部屋は静かになる。


 さつきは目を閉じた。


 明日も図書館に行く。


 止まらないために。


 考えないために。


 そして――。


 ほんの少しだけ。


 あの席に、誰かがいることを期待しながら。

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