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第57話 気づいてしまった違和感

 次の日の放課後。


 図書館の扉を開いた瞬間、裕翔は少しだけ足を止めた。


 ――もういる。


 一ノ瀬さつき。


 いつもの席。

 いつもの姿勢。


 けれど今日は、違った。


 机の上に参考書が三冊。


 ノートも二冊開かれている。


(……多くない?)


 普段は一冊ずつ進めるタイプだ。

 効率重視。

 無駄を嫌う。


 なのに今日は、同時に何科目も手を付けている。


 ペンの動きも速い。


 速すぎるくらいに。



 裕翔は向かいに座る。


「……今日、早いね」


 何気ない声。


「別に」


 即答。


 顔は上げない。


 いつも通りの短い返事。


 だけど。


 ページをめくる手が、ほんの少し震えていた。



 数分後。


 カリ、カリ、カリ。


 シャーペンの音が止まらない。


 一問解いて、すぐ次。

 確認もしない。


 まるで――追われているみたいに。


(……なんか変だ)


 裕翔は問題集を閉じた。


「一ノ瀬」


「なに」


「……休まなくていいの?」


 ペンが止まった。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


「必要ない」


 再び書き始める。


 けれど、今度は明らかに筆圧が強かった。



「テスト近いから?」


「……まあ」


 短い肯定。


 でも、それだけじゃない。


 裕翔には分かった。


 勉強が理由じゃない。


 “止まりたくない”みたいな動きだった。



 ページをめくった瞬間。


 さつきの手が止まる。


 小さく息を吐いた。


 その音は、思ったより疲れていた。


「……今日さ」


 裕翔は少し迷ってから言う。


「無理してない?」


 沈黙。


 図書館の空気が重くなる。


 さつきはゆっくり顔を上げた。


 目が合う。


 一瞬だけ。


 本当に一瞬だけ。


 弱い表情が見えた。


 すぐ消えたけれど。



「してない」


 いつもの声。


 いつもの顔。


 でも――。


「……大丈夫だから」


 その言葉だけ、少し遅れて出てきた。



 再びペンが動き出す。


 けれど、さっきより遅い。


 集中が切れているのは明らかだった。


 裕翔は何も言えなくなる。


 踏み込んでいいのか分からない。


 ただのクラスメイト。


 それ以上じゃない。


 なのに。


 放っておくのが、妙に落ち着かなかった。



 ポケットの中でスマホがわずかに震えた。


 通知音は鳴らない。


 REALITÉ。


 画面を開く。



 紹介可能率


 43% → 51%



「……え?」


 思わず息が止まる。


 一気に上がった。


 今までにない上昇幅。


 理由は表示されない。


 けれど。


 さっきの会話以外、思い当たることはなかった。



 画面の下に、小さな文字が追加されていた。


 未分類行動を検出



(未分類……?)


 能力でも努力でもない。


 じゃあ、これは。



 裕翔は顔を上げる。


 向かい。


 さつきはまた問題を解いている。


 無理に平静を装いながら。


 誰にも頼らず。


 一人で。



 胸の奥が、少し痛んだ。


(……これ)


 分かりたくなかった答えが、浮かぶ。


 リアリテが上げたのは。


 行動じゃない。


 気づいたこと。


 そして――。


 放っておけないと思った感情。



 裕翔はスマホを閉じた。


 まだ何も決めていない。


 けれど。


 紹介率の数字だけが、静かに現実を進めていた。

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