第56話 変わらない数値
図書館は、いつも通り静かだった。
ページをめくる音。
シャーペンの芯が紙を擦る音。
それだけが、時間の流れを教えている。
裕翔は参考書を開いたまま、ちらりと向かいを見る。
一ノ瀬さつき。
今日も同じ席。
同じ姿勢。
同じ無表情。
けれど――。
(……少し、疲れてる?)
ほんのわずか。
目の下に影がある気がした。
気のせいかもしれない。
でも、視線が何度もそちらへ向いてしまう。
さつきは気づかない。
ただ、黙々と問題を解いている。
いつもよりペンを持つ指に力が入っているように見えた。
⸻
数分後。
裕翔は視線を落とす。
問題集の文字が頭に入らない。
(……なんだろ)
集中できない理由は分かっている。
スマホ。
ポケットの中の存在が、妙に気になっていた。
⸻
休憩を装って席を立つ。
図書館の廊下。
人のいない窓際。
スマホを取り出す。
REALITÉ。
慣れた手つきで開く。
⸻
STATUS
STR:E
AGI:D
INT:D
SOC:E+
変化なし。
スクロール。
⸻
紹介可能率
42%
⸻
(……またか)
昨日も。
一昨日も。
変わっていない。
運動すれば上がる。
勉強すれば上がる。
それは分かる。
でも、この数値だけは違った。
(条件、分かんないんだよな……)
何をすれば上がるのか。
そもそも上がるべきなのか。
分からない。
画面を閉じようとして、手が止まる。
⸻
ふと、さつきの顔が浮かんだ。
無表情。
静かな声。
でも――。
最近、少しだけ柔らかくなった気がする。
理由は分からない。
ただ。
図書館に来て、彼女がいると――
少し安心する。
⸻
「……いや」
小さく首を振る。
考えすぎだ。
ただのクラスメイト。
それだけ。
⸻
スマホを閉じる。
画面が暗くなる直前。
文字が一行だけ更新された。
⸻
紹介可能率:42% → 43%
⸻
「……え?」
思わず声が漏れそうになり、慌てて口を押さえる。
操作はしていない。
運動もしていない。
勉強もしていない。
なのに。
上がった。
⸻
理由は表示されない。
いつものように、説明もない。
ただ数字だけが変わっている。
裕翔はしばらく画面を見つめた。
そして――。
ゆっくり息を吐く。
(……さっき?)
思い当たる瞬間は、一つしかない。
図書館で。
さつきの様子を気にした、あの時。
⸻
「……まさか」
誰に聞くでもなく呟く。
答えは返ってこない。
けれど。
胸の奥に、小さな確信のようなものが残った。
⸻
席へ戻る。
さつきはまだ問題を解いている。
変わらない横顔。
変わらない距離。
なのに。
さっきより、少しだけ近く感じた。
⸻
ページを開く。
今度は文字が頭に入る。
理由は分からない。
でも――。
さっきまでより、集中できた。
⸻
REALITÉは何も教えない。
ただ、数値だけが静かに増えていく。
まるで。
本人より先に、何かを理解しているみたいに。




