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第55話 聞いた理由

 放課後。


 チャイムが鳴り終わる頃には、教室の半分以上が空になっていた。


 椅子を引く音。

 笑い声。

 廊下へ流れていく気配。


 裕翔はノートを閉じたまま、席を立たなかった。


 帰る理由はある。


 でも、急ぐ理由はなかった。



 ふと視線を上げる。


 教室の前方。


 一ノ瀬さつきが、まだ席に座っていた。


 教科書を開いている。


 けれど、ページはしばらく動いていない。



(……いる)


 それだけで、心臓が少し速くなる。


 今日も普通に授業は受けていた。


 会話はない。


 目が合った気もするけれど、確信はない。



 沈黙。


 時計の秒針だけが進む。


 誰もいない教室は、思ったより広かった。



(今なら)


 立ち上がりかけて、止まる。


 やっぱりやめようかと思う。


 別に聞く必要なんてない。


 ただ図書室に来ていないだけだ。



 でも。


 気になっている自分を、もう誤魔化せなかった。



 裕翔は席を立つ。


 一歩。


 もう一歩。


 さつきの机の横で止まった。



「……一ノ瀬」


 名前を呼ぶと、さつきが顔を上げた。


 少し驚いたような目。


「なに」


 いつも通りの声。


 でも、少しだけ柔らかい。



 喉が乾く。


 ここまで来て、言葉が出なくなる。


 引き返せる距離。


 けれど――。



「最近、図書室来てないよね」


 言ってしまった。


 思ったより普通の声だった。



 さつきが、止まる。


 目線がわずかに揺れた。


 すぐには答えない。



「……忙しかっただけ」


 短い返事。


 それだけ。



 理由は説明しない。


 言い訳もしない。


 でも、拒絶でもなかった。



「そっか」


 裕翔はそれ以上聞かなかった。


 聞けなかった、ではなく。


 聞かない方がいい気がした。



 少し沈黙が落ちる。


 さつきが教科書を閉じた。


「……図書室」


「え?」


「静かだった?」


 視線を合わせないままの質問。



 裕翔は少し考えてから答える。


「うん。……まあ」


 本当は少し違った。


 静かすぎた。



 さつきが小さく息を吐く。


「……そう」


 それだけ言って、立ち上がった。


 鞄を持つ。


 机の横を通り過ぎる瞬間。



「また行く」


 小さな声。


 独り言みたいに落ちた言葉。



 裕翔は振り返る。


「……うん」


 それしか言えなかった。



 教室の扉が閉まる。


 静寂が戻る。



 ポケットの中で、スマホが微かに震えた。


 画面を見る。



 REALITÉ


 SOC +0.03

 未分類 +0.01



 理由は表示されない。


 けれど、裕翔には少しだけ分かる気がした。

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