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第54話 来なかった理由

 放課後。


 一ノ瀬さつきは校門を出ると、まっすぐ駅とは反対方向へ歩き出した。


 制服のまま。


 寄り道もしない。


 歩く速度も一定だった。



 住宅街を抜ける。


 スーパーの前を通る。


 自動ドアが開く音。


 迷わず中へ入った。



「いらっしゃいませー」


 店員の声。


 さつきは買い物かごを取り、慣れた動きで棚を回る。


 牛乳。


 卵。


 安売りの野菜。


 値札を一度確認してから手に取る。


 無駄はない。



 レジで会計を済ませる。


 袋を受け取る。


 少しだけ重い。


 持ち替えながら店を出た。



 空はもう夕方の色だった。


 その時間、図書室はまだ開いているはずだった。


 ふと、歩く足が止まる。


 校舎の方向を見る。


 見えるはずもない距離。



(……今、勉強してるんだろうな)


 名前は浮かべない。


 浮かべないようにする。


 それでも思い出してしまう。


 向かいの席。


 静かな時間。


 問題を解く音。



 スマホが震える。


『ありがとう。助かる』


 母からのメッセージ。


 さつきは短く返信する。


『うん』



 歩き出す。


 今度は振り返らなかった。



 玄関の扉を開ける。


「ただいま」


 部屋の奥から小さな声。


「おかえりー」


 幼い声だった。


 ランドセルが床に置かれている。



「宿題終わった?」


「あとちょっと」


「先に手洗って」


 自然に出る言葉。


 迷いはない。


 それが当たり前みたいに。



 買い物袋をキッチンへ置く。


 エプロンを手に取る。


 一瞬だけ手が止まった。



(図書室……)


 小さく息を吐く。


 首を振る。



「……別に」


 誰に言うでもなく呟いた。


 それから、いつも通り夕飯の準備を始めた。


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