第43話 気のせい
図書室に入った瞬間、さつきは小さく足を止めた。
視線が自然と奥へ向く。
窓側の席。
――まだ空いている。
(……別に)
心の中で否定しながら、同じ席へ向かう。
鞄を置き、本を開く。
ページをめくる。
いつも通り。
集中できているはずだった。
なのに。
数分おきに、入口の音が気になる。
(うるさいわけじゃないのに)
自分でも理由が分からない。
文字を追う速度が、少しだけ遅い。
⸻
扉が開く音。
足音。
視線を上げる前に分かった。
「……」
裕翔だった。
特に急いだ様子もなく、いつもの席へ座る。
それだけ。
ただそれだけなのに。
さつきは無意識に視線を本へ戻していた。
(……集中)
ページをめくる。
今度は、不思議と頭に入る。
さっきまで引っかかっていた問題も、自然に解けた。
⸻
数分後。
REALITÉの画面が静かに更新される。
※読者には見えない描写(さつき視点のため表示なし)
⸻
さつきはペンを止めた。
(……なんか、今日は調子いい)
理由は思いつかない。
体調でもない。
内容が簡単なわけでもない。
ただ、集中が続く。
⸻
ふと視線を上げる。
裕翔が問題に悩んでいる。
少し眉を寄せて、ノートを見つめていた。
昨日と同じ顔。
気づけば口が動いていた。
「……そこ、分数に戻した方が早い」
「あ、ほんとだ」
裕翔がすぐ書き直す。
理解した瞬間の表情。
少しだけ嬉しそうな顔。
それを見て。
さつきはなぜか視線を逸らした。
(……別に)
ただ、効率が悪そうだったから。
それだけ。
理由なんてない。
⸻
帰り道。
校門を出たところで、ふと思う。
(今日……静かだったな)
騒がしくもない。
特別なこともない。
なのに、嫌じゃなかった。
むしろ。
少しだけ、落ち着いていた。
理由は分からない。
考えるほどでもない。
ただの気のせいだと、さつきは思った。
⸻




