第34話 同じ速度
図書室の時計が、静かに秒を刻んでいた。
外はすっかり夕方の色になっている。
裕翔は問題集に目を落としていた。
シャーペンが止まらない。
難しいはずの問題が、今日は妙に整理されて見えた。
向かいでは、さつきが参考書をめくっている。
ページをめくる音。
ペン先が紙を擦る音。
それだけが、ゆるやかに続いていた。
会話はない。
けれど沈黙は重くなかった。
ふと、裕翔が手を止める。
同時に。
向かいのページをめくる音も止まった。
顔を上げる。
さつきも顔を上げていた。
目が合う。
理由は分からない沈黙。
「……休憩する?」
裕翔が言う。
さつきは少し考えてから頷いた。
「……ちょうど思ってた」
小さな声だった。
二人は同時に立ち上がる。
椅子がほぼ同じ音を立てる。
裕翔は思わず笑った。
「タイミング一緒だな」
さつきは一瞬きょとんとして、それから視線を逸らした。
「……偶然」
否定する声は弱かった。
図書室を出て、自販機の前へ向かう。
裕翔が小銭を入れる。
何気なく飲み物を選ぶ。
その時、隣で硬貨の落ちる音がした。
さつきも同じタイミングで財布を閉じている。
裕翔はいつもの緑茶のボタンを押した。
ガコン、と缶が落ちる。
ほぼ同時に。
隣の自販機からも同じ音が響いた。
視線を向ける。
さつきの取り出し口にも、同じ緑茶。
二人とも少し止まる。
「……」
「……」
裕翔が先に笑った。
「また同じだな」
さつきは缶を取り上げ、少しだけ眉を寄せる。
「……別に、普通」
けれど声は、どこか軽かった。
並んで歩いて図書室へ戻る。
歩幅を合わせているわけではない。
それでも自然に距離が変わらない。
席に戻り、再び問題集を開く。
集中は途切れていなかった。
むしろ、さっきより思考が静かだった。
式が滑らかに繋がる。
隣でページがめくられる。
その音が、一定のリズムを作っている。
ポケットの中で、かすかな振動。
裕翔は手を伸ばさない。
代わりにペンを走らせる。
答えが迷いなくまとまる。
隣の存在が、特別に意識されるわけでもない。
ただ。
ここにいるのが自然だった。
図書室の静けさの中で。
二人は同じ速度で、時間を進めていた。




