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第29話 気にならないはず

昼休み。


教室はいつも通り騒がしい。


裕翔は席でノートを開いていた。


珍しく、先に問題を解き始めている。


その様子を、さつきは自分の席から見ていた。


――変わった。


ふと、そう思う。


前はもっと、周囲から少し距離を取っている人だった。


今は違う。


クラスメイトとも普通に話している。


笑う回数も増えた気がする。


理由は分かっている。


たぶん。


……自分と話すようになってから。


その考えに気づき、視線をノートへ戻す。


意味のない思考だ。


ただの事実。


それ以上でも、それ以下でもない。


その時。


「朝倉、昨日のプリント見せて」


女子の声がした。


クラスの佐藤だった。


裕翔が「ああ、いいよ」と答える。


自然なやり取り。


普通の会話。


なのに。


さつきの手が、わずかに止まった。


視線が勝手にそちらへ向く。


二人は笑いながら話している。


特別な様子はない。


本当に、ただの会話。


――別に。


関係ない。


そう思ってペンを動かす。


だが文字が少し乱れる。


集中できていないことに気づく。


「……なんで」


小さく呟く。


理由が分からない。


裕翔が誰と話そうと関係ない。


当然のことだ。


なのに。


ほんの少しだけ。


胸の奥が落ち着かない。


数分後。


佐藤が席へ戻る。


裕翔がふと顔を上げた。


さつきと視線が合う。


一瞬。


なぜか逸らせなかった。


「……何」


先に口を開いたのはさつきだった。


少しだけ早口。


「いや、なんでも」


裕翔が笑う。


それだけで。


胸の奥のざわつきが、少し収まった。


理由は分からない。


分かりたくもない。


さつきはノートに視線を落とす。


そして小さく息を吐いた。


「……気のせい」


誰にも聞こえない声で。


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