第18話 当たり前のこと
五時間目は現代文だった。
グループで意見をまとめる課題。
机を四人ずつ向かい合わせにするよう指示が出る。
教室が一気に動き出した。
椅子の音。
「こっち来てー」という声。
自然にグループが出来上がっていく。
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一ノ瀬さつきは、立ち上がるタイミングを少しだけ遅らせた。
急ぐ必要はない。
残った場所に入ればいい。
いつも通り。
問題はない。
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気づけば、三人組がいくつも出来ていた。
あと一人。
誰かが余る計算になる。
教室を見渡す。
視線を合わせないようにしながら。
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「あ、朝倉こっち」
誰かが裕翔を呼ぶ。
「いや、ちょっと待って」
裕翔は手を上げて答えた。
そして、教室を見回す。
視線が止まる。
一ノ瀬と目が合った。
一瞬。
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「一ノ瀬さん、まだ?」
それだけだった。
特別な声色でもない。
気遣った様子もない。
ただ確認しただけの言い方。
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さつきは少しだけ言葉を失った。
「……はい」
反射的に答える。
「じゃあ一緒でいい?」
「……構いません」
短く返す。
裕翔は「よかった」と軽く笑い、机を動かした。
それだけ。
本当にそれだけだった。
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四人のグループが完成する。
課題のプリントが配られる。
「じゃ、役割決める?」
誰かが言う。
沈黙が落ちる。
さつきが口を開こうとした瞬間。
「まとめ、俺やるよ」
裕翔が先に言った。
「一ノ瀬さん説明うまいし、意見出す側お願いしていい?」
自然な口調。
判断ではなく、信頼のような言い方。
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さつきは一瞬迷った。
「……分かりました」
声が少しだけ柔らかくなる。
自分でも気づかない程度に。
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議論が始まる。
意見が飛び交う。
曖昧な発言も多い。
非効率。
論理が甘い。
本来なら訂正したくなる。
でも。
「つまりこういう意味?」
裕翔が言い換える。
曖昧な意見を拾い、形にする。
誰も否定されない。
会話が止まらない。
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(……こうすればいいのか)
初めて気づく。
正しさを示すだけが方法ではない。
繋ぐ方法がある。
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「一ノ瀬さんはどう思う?」
裕翔が振る。
突然ではない。
流れの中の問い。
逃げ場のある聞き方。
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「……私は、その解釈で問題ないと思います」
自然に言葉が出た。
空気が止まらない。
誰も困った顔をしない。
「じゃそれで書こう」
話が進む。
普通に。
本当に普通に。
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胸の奥が、少しだけ騒がしかった。
理由は分からない。
ただ。
今、自分は――
グループの一員として扱われている。
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授業終了のチャイム。
「助かったわー」
「一ノ瀬説明分かりやすかった」
軽い言葉が飛ぶ。
社交辞令かもしれない。
それでも。
「……ありがとうございます」
言葉が自然に出た。
初めてかもしれない。
こんなふうに授業が終わるのは。
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席へ戻る途中。
裕翔が何気なく言った。
「一ノ瀬さん、やっぱ説明うまいね」
「……普通です」
「いや、普通じゃないと思うけど」
それだけ言って、自分の席へ戻っていく。
深い意味はなさそうだった。
本当に。
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一ノ瀬さつきは立ち止まったまま、少しだけ考える。
胸の奥が温かい。
けれど同時に落ち着かない。
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問題なく終わったはずなのに、いつもと少し違った。
理由は分からない。
けれど――気にする必要はないはずだった。




