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045 伯爵家襲撃③

 ハート伯爵家はここハート地方を代々治める領主の一族である。

 ただ、先代の伯爵には娘しかおらず、仕方なく他の貴族家から入り婿をとったらしい。それが現在のハート伯爵であるトビアス・ハートなのだ。

 とある子爵家の三男坊に過ぎなかった彼にとっては、大出世ということになるだろう。


 それから、彼らの娘となるマリアが誕生した数年後、伯爵夫人が死病により(はかな)くなった。そのあとは長く親子二人きりの生活を送っていたのだが、ほんの数年前に伯爵は一人の平民女性と知り合ったとのこと。

 彼が領地を視察している際にその女性と出会ったのだが、それは果たして偶然だったのか、それとも必然(意図的)だったのか…。

 いずれにせよ、容易に篭絡(ろうらく)された伯爵はその女性を後妻として屋敷へと招き入れた。また、その女性の連れ子(伯爵との血縁関係は無い)も一緒にやってきたわけである。マリアが王都で学院生活を送っていた間の出来事であった。

 要するに、ハート伯爵家の本来の血筋はマリアだけであり、彼女が結婚した瞬間、彼女の配偶者がハート伯爵を継ぐことになっているのだ。ハート家の血筋ではない父親の立場というのは、あくまでも領主代理ということになっている。


 学院を卒業してからすぐに領地へ戻ったマリアは、優しかった父親が豹変している事実に愕然としたらしい。

 継母(ままはは)は我が物顔で傲慢に振る舞い、義妹(ぎまい)は貴族としての作法や礼儀などを一欠片(ひとかけら)も持ち合わせていなかった。この親子は元々平民だったのだから、当然と言えば当然である。

 そしてマリアの屋敷内での境遇は使用人たちと同じになった。いや、使用人たちよりも下かもしれない。

 ずっと使っていた豪華な内装の自室はすでに義妹のものとなっており、彼女に新しくあてがわれたのは汚く狭い物置のような一室だったのである。


 もちろん、執事長やメイド長など心ある使用人たちは伯爵を(いさ)めようとしたのだが、逆にあっさりと解雇されてしまった。これにより他の使用人は自らの主人を面と向かって(いさ)めるのではなく、陰からマリアを手助けしようと決意した。

 欠員補充で新しく入ってくる使用人がマリアを(しいた)げないとは断言できないからだ。


 豪奢な服や宝飾品を奪われたのはもちろん、食事の質や量も低下し、(ろく)に風呂にも入れないという生活となったマリア。

 父親である伯爵が自らの実子であるマリアよりも、血の繋がらない義妹のほうを優先している様子はどうにも異様である。何か特殊な能力を使われているのではないかと、使用人たちは危惧していた。例えば『魅了(チャーム)』のような能力(ギフト)である。

 ただ、そういった事実はなく、単に父親がハート伯爵家の簒奪(さんだつ)を狙っただけのことだったのである。入り婿であり、領主代理という立場に鬱屈したものがあったのかもしれない。


 屋敷内で(しいた)げられているマリアではあったが、領地経営の仕事についてはかなりの量を任せられていた。それこそ睡眠時間を相当量、削られてしまう程度には。

 王都の学院でも優秀な成績を修めていた彼女は、卒業後は父親の仕事を手伝うつもりではあった。しかし、その父親の分の仕事までもマリアに押し付けられているという現在の状況は、極めて異常なことと言わざるを得ない。

 使用人たちの助けが無ければ、過労や栄養失調でとっくに倒れていたことだろう。


 …


 伯爵と夫人、次女の三人が途中で口を挟まないように、彼らには猿轡(さるぐつわ)を噛ませている。上記の事情はマリアやこの場に馳せ参じた現在の執事長などからヒアリングしたことで判明したものである。

 アリエルは一つ(うなず)いたあと、三人の猿轡(さるぐつわ)を外すようにラルフに指示を出したのち、こう言った。

「ふーん、なるほどねぇ。それじゃ各人に一度だけ質問するよ。貴族という身分を放棄するかどうかを答えて欲しい。まずはトビアスからだね」

「アリエル様、あなた様も侯爵令嬢であるならばお判りでしょう?この国は貴族無くして運営できませぬ。我が身はその一助となっている誇りを持ちつつ、日々の仕事を(こな)しておるのです」

「いや、身分放棄をするかどうかを答えろよ」

「もちろん放棄など致しませぬぞ」

 共和国政府の役人ではあるが、自らの知り合いである貴族令嬢が相手ということで気が大きくなっているのかもしれない。伯爵は堂々と胸を張って宣言した。

 どうでも良いが、『日々の仕事を(こな)して』などとよく言えたものである。


「伯爵夫人はどうかな?」

「夫に従います。当然ですわ」

「では、そっちの次女さんは?」

「早く縄を(ほど)きなさい。この無礼者。あたしは伯爵令嬢なのよ」

 これは拒否という意味だろう。


「最後になったけど、マリア嬢はどうする?パリ共和国大統領府直属の特別捜査官であるエル・ドラド警部として質問しているんだけど」

「アリエル様、いえドラド警部。私は貴族としての身分を全て放棄、いえ返上致します。ただ、この領が無政府地帯や無法地帯になることについては看過できません。速やかに行政府を定め、治安の維持を行っていただけるよう、どうかよろしくお願い申し上げます」

 アリエルは自身の期待した答えをマリアから聞くことができ、その満面に笑みを浮かべていた。自らの身分の放棄だけではなく、領民のことまで(いつく)しむその姿勢には頭が下がる思いだった。


「身分の放棄だと?馬鹿げたことを。であるならば、愚かなこの娘を廃嫡(はいちゃく)することをここに宣言する。歴史あるハート伯爵家の面汚(つらよご)しめが…」

 伯爵が激昂した様子でマリアの廃嫡を宣言していたが、その前にマリア自身が身分の放棄を宣言しているのだから全く意味は無い。


 アリエルは居住まいを正したあと、(おごそ)かに判決を(くだ)した。

「トビアス・ハート伯爵及び伯爵夫人、次女の三名については死罪とする。罪状は『貴族である』というその一点である。また、刑の執行はこの場で即時(おこな)う予定である。なお、貴族位を放棄したマリア嬢については無罪とする」

 驚愕の表情で目を見開いている三人(伯爵、伯爵夫人、次女)の姿がそこにあった。自身の先ほどの言動を今更(いまさら)後悔してももう遅い。すでに判決は確定したのである。

 いや、彼らは平民として生き永らえるよりも、貴族として死ぬことを選択しただけかもしれない。であればなかなかの矜持(きょうじ)や信念である。ほんの少しだけではあるが、感動を覚えたアリエルであった。


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