044 伯爵家襲撃②
この地の領主である伯爵は階下の騒ぎも知らず、豪華な寝台(天蓋付き)の上で熟睡していた。
ところが突然、ベッドから転げ落ちることになる。彼を蹴ったのはこの寝室に侵入してきたラルフであり、その少し後ろにはアリエルの姿もあった。
ちなみに、彼の妻である伯爵夫人は別室で寝ていて、すでに成人している娘たちもそれぞれの部屋にいた。そのため、この部屋の中には伯爵とアリエル、ラルフの三人だけである。
「な、な、何が?」
床の上で慌てふためく伯爵と、それを冷たく見下ろすアリエルとラルフ。
ラルフが口上を述べ始めた。
「我らはパリ共和国政府の特別捜査官である。我が国の法に照らし、この伯爵家の全財産を接収する。また、その方ら家族全員は現身分の放棄を宣言しない限り、共和国国民としての権利は生じない。その場合、問答無用で皆殺しとなるわけだが、さてどうする?」
「ばっ、馬鹿なことを!警備の人間はどうした?出会え出会え。この曲者どもを捕らえよ」
時代劇かよ。心の中でツッコミを入れるアリエルだった。
「ん~、誰も来ねぇぞ。なぜなら騎士どもはすでに全員殺したからな」
「は?そんな馬鹿な…。まさかこの屋敷はすでにおまえらの軍によって包囲、いや制圧されているのか?いや待て、まだ大規模な軍事行動が取れるような態勢にはなっていないはず。帝国軍の派遣のほうが先のはずではなかったのか…」
伯爵の心中では様々な疑念が吹き荒れているらしい。てか、やはり帝国軍の侵攻は避けられないということだろうか。
ここでアリエルが伯爵に話しかけた。
「トビアスよ、久しいな。王城で開催された舞踏会では何度か顔を合わせて会話したこともあったが、お前が思ったよりも元気そうで安心したよ。そうそう、お前の上の娘とは王都の学院での同級生だったのだが、それはお前も知っているはずだよな。あの娘は私の親友なのだが、学院ではよく助けられたものだ。彼女は元気だろうか?」
「は?え?誰?」
ラルフも驚愕の表情でアリエルのことを見ていた。
「おいおい、私を忘れたのか?薄情だな」
「ま、まさか…。いや、そんなことはあり得ない。しかし、そのお顔は…」
「思い出したか?我が名はアリエル・ラルーシュ。元・ラルーシュ侯爵家のご令嬢様であるぞ。まぁ、今はエル・ドラド警部と名乗っているがな」
アリエルからトビアスと呼ばれた伯爵がその場に跪くや否や、こう言った。
「アリエル様、御身がご無事で本当にようございました。誘拐されたことにつきましては、本当に心配しておったのです」
「ふふふ、心にもないことを…。まぁ、誘拐ではなく脱獄だったのだがな」
冷や汗をだらだらと流しつつ、この場をどう切り抜けようかという様子の伯爵だった。
ちなみに、問答無用でこの男を殺さなかった理由は、この伯爵家の長女であるマリアに恩があったからだ。
彼女はアリエルにとって学院での唯一の友人であり、親友と呼べる間柄だったのである。上級生からいじめを受けていたとき、陰に日向に助けてもらった恩をアリエルは決して忘れていなかったのだ。
『殺戮の舞踏会』事件(野外舞踏会での貴族大量殺人事件)の前に、この一家が自身の領地へ戻っていたことはアリエルにとっての救いだったと言えよう。
「とりあえず一家全員を集めるとするか。夫人と娘二人だったよな。長女であるマリア嬢とは久しぶりの再会になるから、とても楽しみだ」
アリエルのこの発言を聞いた伯爵の顔色が真っ青になったのだが何故だろうか?
その理由は家族全員をこの屋敷の応接室に集める過程で明らかとなった。そしてこれによって、マリアを除く全員の死刑が確定したのである。
…
「これはいったいどういうことなんだ?なぜマリア嬢がこのような扱いを受けている?」
学院の卒業記念パーティーで見たマリアはぽっちゃりとした体形であったにもかかわらず、今アリエルの目の前にいる彼女はかなり痩せていた。きっと提供される食事の量が少ないせいだろう(自発的なダイエットという可能性もあるが…)。
さらに居室は狭い物置のような場所であり、汚い床に敷かれていた布団は綿の潰れた薄っぺらなものだった。使用人のほうがまだマシな待遇ではないだろうか。
なお、マリアの居場所を探し出せたのは、内通者である料理人が案内してくれたおかげである。彼は、いや屋敷の使用人全員が彼女の境遇に心を痛めていたらしい。わざわざ起きて待機してくれていた彼がいなければ、もっと時間がかかったかもしれない(伯爵令嬢が物置にいるとは誰も思わないだろう)。
アリエルがマリアの部屋のドアを開けたとき、すでに彼女は身支度を整えていた。しかし、着ていたのはドレスではなく、極めて質素なワンピースであった。
「アリエル様、お久しぶりでございます。料理人のマークから襲撃者となる人物の容姿を教えてもらったとき、きっとあなた様だと思っておりました。お元気な姿を拝見することができ、とても嬉しく思います」
綺麗な礼を披露したマリアは、質素な装いにもかかわらず伯爵令嬢としての威厳に満ち溢れていた。
余談だが、痩せたことにより人目を引くような美人になっていたのだが、それは怪我の功名と言うべきか。
アリエルがマリアと共に応接室へ入ると、そこにはすでに夫人と次女がソファに腰掛けていた。もちろん、伯爵と同様、後ろ手に縄で縛られた状態である。二人ともネグリジェを着た状態であり、寝ていたところをラルフによって叩き起こされたことが分かる。
「さて、それじゃ事情を聞いていくとするか。その証言によってお前らへの判決を下すことになるし、その権限が私にあることを覚えておけよ。ああ、交代の騎士が出勤してくれば助かるなどとは思うな。それまでには片を付けるからな」
とは言いつつ、マリア以外は殺す。その判決はアリエルの中ですでに固まっていたのである。
証言を聞く理由は、即死させるのか、長時間苦しませて殺すのか、拷問して死を懇願させるのかを決めるためであった。




