046 伯爵家襲撃④
「り、離縁するわ。そもそも私は平民なのだから、この男と離縁すれば平民に戻れるわよね」
「あ、あたしも元・平民、いえすでに平民よ。貴族なんかじゃないわ」
「お、お前たち、何を…」
伯爵夫人と次女の二人が醜態をさらし、そのことにショックを受けた様子の伯爵だった。
「一度しか質問しないって言ったよね。もはや判決は確定したんだよ。それよりマリア嬢、『即死』と『長く苦しんで死ぬ』のと『拷問を伴う死』のどれを選ぶ?君の希望に沿う形で死刑を執行してあげるけど」
目を見張って驚いた様子のマリアと、怯えた表情となった死刑囚三人。
マリアが決然とした表情で発言した。
「お父様は身内としての情もあり『即死』で、義母と義妹についてはお父様を惑わせた罪を考慮し、『長く苦しんで死ぬ』ことを選びます。アリエル様、どうぞよろしくお願い申し上げます」
この言葉を聞いた瞬間、アリエルは伯爵夫人と次女の二人の脳内(クモ膜下)に空気を生成し、脳内圧力を徐々に高めていった。
絶叫をあげながら床の上でのたうち回る二人と、その光景を見て恐怖する伯爵。いや、恐怖ではなく、自分が『即死』できる幸運を噛みしめているのかもしれない。
しばらく経つと死亡したのだろうか、二人はピクリとも動かなくなった。
「トビアス、じゃあな。お前も死ね」
「ままま、待ってくれ。マリア、お前も口添えしてくれるよな。父親が死んでも構わないのか?」
マリアが冷たい目で伯爵を眺めつつ発言した。
「先ほど私はあなた様によって廃嫡されたはずですが?もはや私とは何の関わり合いもない人物ですからね。死のうが生きようがどうでも良い」
「そ、そんな…」
絶望の表情を浮かべた伯爵の姿を確認したあと、すぐに彼の心臓を停止させたアリエルであった。特に苦しむことなく死ぬことができたのは幸運と言える。
このあと、アリエルはマリアに目を向けて、こう言った。
「ハート伯爵領はハート州と改名し、初代州知事としてマリア・ハートを任命する。州知事とはこの州の行政官のトップである。この件をパリ共和国大統領府へ早馬で伝え、可及的速やかに正式な任命書をマリア嬢へ届けることをここに約束する。また、この屋敷の使用人たちが引き続きマリア嬢を公私ともに補佐してくれることを期待するものである。どうかな?この任、受けてくれるかな?」
「は、はいっ!謹んでその任、承りましてございます。誠心誠意務めさせていただきます」
この地方の無政府化を防ぐ措置としてはなかなか良いアイディアではないかと思うアリエルであった。
ロベスピエール大統領には(申し訳ないけど)事後承認となってしまうのだが、パリ共和国への帰順を迷っている他の貴族領にも影響のある施策となるはずだ。そう、飴と鞭である。
『飴』とは帰順を表明することで州知事になれるかもしれないということ。『鞭』とは貴族のままだといつ殺されることになるか分からないということ。
実際、このあと、ハート州の噂(今回の一件)が口コミで広がったことで、共和国への帰順を申し出る貴族たちが多数現れることになったのである。
…
三人の処刑を行ったあと、アリエルとラルフの二人は一旦宿屋へと戻っていった。時刻は早朝の4時くらいであり、朝番の騎士たちが出勤してくる前には屋敷を退出したのである。これは新たな戦闘(いや虐殺か?)が発生することを防ぐためである。
死体などの後始末はマリアや執事長にお任せするという無責任な態度の二人だったのだが、マリアは快く送り出してくれた。残りの騎士たちへの説明も彼女がうまくやってくれることだろう。
そして、この襲撃日の午後、あらためて屋敷を訪問したアリエルとラルフの二人。午前中に仮眠をとったものの、まだ十分な睡眠時間は確保できていない。
二人とも眠そうではあったが、この街であまり時間を費やすことはできないのだ(早く帝国へ行かないと、帝国軍の侵攻がいつ始まるか分からない)。
「この書状を早馬でパリ共和国首都にある大統領府へ届けてほしい。折り返しで州知事の任命書が送られてくるはずだよ。それにしてもマリア、痩せたねぇ。痩せたのに胸だけは相変わらずだよ。羨ましい」
「エルも相変わらずの無乳ね。学院を卒業してから全く成長している気配が見られないんだけど」
親友同士ではあっても学院時代には上下関係を意識した口調での会話しかできなかったものだが、現在では身分の上下など存在しない。本当の友人同士になれたようで、アリエルとしても嬉しく思っていた。ちなみにアリエルではなく、エルと呼んでもらっている。
ただ、この場に同席し、会話を聞いているラルフの顔は引き攣っていた。上司の怒りがマリアに向かうのではないかと心配になったのだ。
「せめて貧乳と言ってくれよ。決して『無』ではないぞ。あ、そんなことよりも金貨100枚を返してくれ。この領へ入るときに通行税という名目で奪われたんだよ。あと、その施策も取りやめてくれよな」
「奪われたとは人聞きの悪い…。納得して払ったんじゃないの?今更返せって言われてもねぇ」
「元々、私たちに逆らう人間を全て殺したあと、この屋敷にある財産を強奪、いや徴収するつもりだったんだぜ。本来ならば利息込みで金貨1000枚程度は徴収する予定だったし…」
「うーん、仕方ないなぁ。州知事としては通行税の返還なんて認められないんだけど、ここは友人として金貨100枚をあなた方に寄付するって形で渡すことにするわ。それで良いでしょ?」
彼女たちの会話を聞きながら、ラルフは感心していた。上司とこれほどまでに交渉できる人物がいたとは…。
俺が『無乳』や『貧乳』などという不穏な単語を発したら、生爪の一枚も剥がされることになるだろうな。そう考えたラルフは思わず身震いしたのであった。




