中
部屋の片隅に立てかけられた小さな竹ボウキが目に入った。
「懐かしい……。こんなとこにあったんだ」
昔、私が使っていたホウキだ。
そのホウキを手にとり、部屋の床をサッと払ってみると途端にホコリが舞い視界が真っ白になった。慌てて手でホコリをかき払い、今度はゆっくりとホウキを扱う。
私の靴跡にガラスの破片にクモの巣に……、床に見えるあらゆるものをホウキで払っていく。と、そんな時にポケットに入っていたスマホが鳴り響いた。
あおいからの着信だ。
「もしもしあおい? どうしたの?」
『…………』
「……あおい?」
『…………』
どうしたのだろう。返事がない。
「もしもーし? あおいー?」
『…………』
なんだ? 電話の向こうから何か金属の響く音が聴こえてくる。
「何? あおいどこいるの?」
『……うい…か。……………………たすけ──』
ツー、ツー、ツー、ツー、ツー
電話が……切れた。
なに? 今のはなんだった?
……明らかにいつものあおいじゃなかった。あおいの声がどこか震えていた。
それに今「たすけて」って……。
もう一度あおいに電話をする。
『おかけになった電話は現在電波の届かないところに──』
「なんで!? さっきまで繋がってたのに!!」
私とあおいと同じクラスの友達に電話をするが、どうやらあおいは学校にすら来ていないらしい。
どうしよう……あおいに何かあったんだ……。
電話から聴こえた金属音、どこか響いた空間……。途中で切れた電話……。次にかけたら繋がらなかった。電波の届かない所……ううん違う。電源が切れたんだ。どうして? あおいは助けを求めてた。怪我をして動けない? ううん、だったら電源を切る意味が分からない。もしかして…………誰かに襲われた……? 監禁……されてる……!?
「お母さん!!!」
咄嗟に出た言葉はあまりにも臆病で、感情を制御できない自分自身を表した言葉だった。部屋に響く私の声……。
ここにはもう……母はいないのに。まだ母に助けを求めようとしている自分に苛立ちを感じる。私はもう独りなんだ。今更誰かに助けを求めても誰も助けてくれない。あおいは私に助けを求めた。私なら、私だけがあおいを助けられるんだ。私は助けられる側にいない。助ける側に今立っている。
……落ち着け、落ち着け。大丈夫、お母さんがあの時言っていた。何もかも言っていた。大丈夫……大丈夫……。あおいの場所は分かる。だって……、私とあおいは繋がっているのだから。
目を閉じる。
辺りに舞うホコリがキラキラと光りだす。暗闇の中に三角帽子をかぶり、黒いローブをまとった母の姿が見える。母は私に頷きかける。私も力強く頷いた。
そして、目を開ける。
手に持った竹ボウキをギュウッと握りしめる。
破れた窓の向こうから風の吹き荒れる音が聴こえてくる。散った落ち葉が舞い上がり、竜巻のような小さな木枯らしが窓の向こうから私を見つめる。
私は竹ボウキにまたがった。
姿勢を低く、窓の桟に足をかけて、勢いよく飛び降りた。
地に着く前に木枯らしは私を乗せる竹ボウキを空に吹き上げた。
みるみるうちに上へと浮き上がり、あっという間に屋敷の屋根を越えた。
下を歩く子供が私を指差して「あ、サンタさんだ!」と叫んでいた。




