いざ、アクアリウムヘ!
リムジンでだいぶ走った後、俺は列車で移動することになった。もう抵抗する気もない。なぜなら、聞き分けのない男はカッコ悪い、by俺。
俺を乗せた列車は大きな湖の上に敷かれたレールを走り、まるでキラメク水面の上を走っているようだ。個室の窓から眺める景色は神秘的でビューティフォーだった。
窓から首を出すと、湖の中心に人工的に造られた都市が見える。その都市はイタリアのヴェネツィアの町並みを思わせる。というか、観光ガイドでそう謳っているから間違いない。
椅子に腰掛け、紅茶まで飲んで寛いでいる俺に、目の前にいるあやめさんが話しかけてきた。
「では、そろそろ光さまが転校する本当の理由について説明いたしましょう」
「大富豪のお婆さんが、ぜひとも俺を養子にしたいとか?」
「いえ、新代表になってもらうためでございます」
「新代表?」
新代表ってなんだ。代表っていったら、俺の中ではサッカーの代表選手とか、そんなのしか思いつかないけど、もしや、サッカー日本代表に俺が選ばれたとか!?
なわけないな。そもそもサッカーなんて体育の授業で嫌々やらされた程度だ。だとしたら、何だ。俺のスーパーな頭脳を持ってしてもわからん謎があるとは、世界はビックだ。
俺が勝手に妄想しているのを止めるかのように、あやめさんが軽く咳払いをして凛とした瞳で俺を見つめた。
「アクアリウムの住人の多くは『ハルカ教』という宗教の信者であり、その宗教には白薔薇派と紅薔薇派という二大勢力が存在しております。その白薔薇派の代表の任期がつい先日切れましたので、光さまが次の代表として選ばれたわけで御座います」
「無理」
俺は即答して、言葉を続けた。
「俺は自慢じゃないが、一般中学生の分際だ。確かに代表って言ったら、地位も名誉も手に入りそうな気がして、ホントはやりたいような気がするが、常識的に考えて俺は無理」
俺の言葉にすぐさまあやめさんが反応して、どこからか取り出した資料を読みはじめた。
「中学校の生徒会長していらしゃると書かれております。大丈夫です、同じようなものでございます」
キラキラ眩しい笑顔を俺に飛ばすあやめさん。その自信はどこから来る。
「生徒会長と同じにするのはどうかと思うが……?」
「いいえ、笑顔で手を振っているだけで殆ど大丈夫ですから、何も問題も御座いません。わたくしも付いておりますし、怖いお兄さんに絡まれてもわたくしが一発でのしてさしあげますわ」
あやめさんは笑顔でさらっと言ったが、最後の方にスゴイ言葉が潜んでいたような気がしたが、触らぬ神に祟りなしだ。だって、絶対このメイドさんは只者じゃない。
何かを思い出しようにお口をO型にしたあやめさんは、突然上着の中に手を突っ込んで二足の靴を取り出した。俺の靴じゃん、というか、そんなとこからかなぜ出る? あんたはマジシャンか!?
「光さまのご自宅から先ほど届けさせました。どうぞ足をお出しください」
出せと言ったにも関わらず、あやめさんは俺の足を持ち上げて靴を履かせてくれた。
「どうもありがと」
「どういたしまして」
俺とあやめさんの瞳が合った。まさに状況的にはトキメキな瞬間だった。
あやめさんが顔を桜色に染めて小さく呟いた。
「カッコイイ」
次の瞬間にはあやめさんは凛とした表情に戻っていて、軽く咳払いをして、さっきと同じように淡々とした口調で話しはじめた。
「光さまが選ばれた選考基準は『カッコイイ』からで御座います。白薔薇派の代表は仕事などできなくともいいので御座います」
「それってお飾りってこと?」
「そうとも言います。光さまのカッコよさは、全代表を凌いでおります。きっと良き代表にお成りになるとわたくしは信じております」
あやめさんは俺の両手をぎゅっと掴んで目をキラキラ光らせた。俺はその瞳に負けそうになった。あやめさん美貌は俺の出会った女性の中でもトップレベルだ。しかし、俺は負けない。負けてなるものか!
「やっぱり、俺には代表なんて無理だと思う。ということで帰る」
俺はびしっと姿勢を伸ばして立ち上がり辺りを見回した。窓の外の光景が目に入る。……走り出した列車は停止してくれるはずもなく、しかもここって湖の上じゃんか。なんたる不覚。
力なくして椅子に再び腰を下ろした俺は、頬杖をつきながら、大人しく流れゆく風景を惚けながら見つめた。
真夏のキラキラ輝く水面が眩しいぜ。コンチキショー!