10.別荘篇⑷
V
「……さん!東堂さん!大丈夫ですか?」
「……はっ!あぁ、真板か。うっ、ああっ!」
目を覚ますと真板が俺の眼前にいた。同時に、あの鈍い頭痛がまた俺を襲った。天井が高速で回転しだす。
「どうなさいましたか?」
「ぐっ、いや、ちょっとね。それより、ここはどこだ?」
痛みや錯覚は一過性のものだったらしく、じきに引いた。
「ここは、練習場中央の小屋です。大雨の中、ここへ繋がる道中で倒れておられましたので、急いでこちらに運びました。」
なるほど、こういう造りなのかと思いながら、木造の小屋の中を見回す。中は大学生が一人暮らしするようなアパート1部屋よりも広い。
「なぜお前はここに?」
「皆さんより一足早く練習しておりました。本来、今日は高地順応日ですが、私は先週もここへ来たので高さには慣れています。ところで、東堂さんはこんなに雨が降り頻る中、なぜここまで来ようと思われたのですか?」
「いや、特にこれといった用事はないのだが、」
「いや、何かあるはずです!あの道はここに来る以外には使いませんから。」
確かに俺が通って来た道は練習場までしか通じておらず、その先は深い森と膝下あたりまで生えている下草が行く手を阻んでいた。また、その道の脇も同じく森と下草で進めたものではなかった。
これはもう言うしかないのかと思った。
少し間をおいた。だが、真板は俺が何を言ってもとりあえずは信じるであろう。根拠はないがそう確信した。
「一回ここへ下見に来たときのことだった。途中の道で普通の人間とは違う、異様な圧力を感じたんだ。それは発動媒体や悪霊、妖怪などとは全く、確実に違うものさ。俺が脇の森をぼんやりと見つめていたら、突然謎の圧力は消えたんだ。」
真板は右手をグーにしてそれを顎の下に置き、唸る。何か心当たりがあるのだろうか。
「そうなんですか。ですが妖怪とかではないとしても、道の脇の草は全く手入れしていないので、その正体が人間様だとしても分け入って入るのは至難の業です。」
当初、渋っていた俺もとうとう手放しで真板に言った。
「俺もこれはおかしいと思って、念のためもう一度そこへ行ったさ。ただ、それは気のせいではなかった。それどころか、それは次第に強くなる一方だった。そして俺は叫んだんだ。『誰だ!』ってな。そしたら圧力は一旦弱まった–––––––––––ように思われた。紫のオーラが見えた途端、俺は激しい目眩で倒れた。そして今ここにいるわけだ。どうせ、信じないんだろ?」
と、心霊体験を親に語るような口調で真板に言った。
「いいえ、何か心当たりがあります。」
「何だ?何かの勘違いとか言い出すんじゃないだろうな?」
少々投げやりになりながらも、解決の糸口になるという僅かな希望を持って訊き返す。が、
「勘違いではありません。ただ東堂さんの体験に非常によく似た噂を耳にしたことがあるんです。詳しいことまでは覚えていませんが。」
と言うと、一旦静まり、真板は考え出した。俺のゴクリと唾を飲む音が一帯に響く。
「そうです。その……東堂さんが見た山に不自然な部分はありませんでしたか?」
真板は思い付いたようにして言い出した。ただ取っ付きようのない質問で返答に困る。
「例えば?」
「そうですね、不自然に草が刈り取られている部分がある、とかです。」
あのときは頭痛やら目眩やらで周囲の風景を覚えることは到底不可能だった。
「うーん、森が深いしそこまでまじまじと見ていなかったから分からないな。」
「そうですか。もし、次その気配を感じたなら山の様子に注目して下さい。」
ううん、真板は恰も犯人を知っているかのような口振りだった。
「そうすると何かが判るのか?」
「ええ。山の一部だけ不自然に草が刈り取られているところがあるということは、禁忌魔術の可能性が高いです。能力者の名前は忘れましたが。」
そうだったのか、と俺は驚きを隠せないでいた。
「相手が魔術師なら俺は殆ど魔術効かないし、争えば簡単に潰せるらしいから、まぁそいつと直接面と向かって戦えば……」
と、俺が高を括って嬉々として語っている所に真板はすかさず突っ込む。
「そんな安易に考えないで下さい。いいですか?禁忌魔術と断言するには証拠が少ないですから魔法の可能性だってあります。正体が魔術師と判っても東堂さんが戦うには無謀すぎます。魔術が効かないと仰った東堂さんですら、魔術で気絶させられてますから。」
それもそうだった。犯人は魔術師にしては異様すぎるほどのオーラを放っていた。並の魔術師ならば集中していないとオーラ波を感じることができない。だが、奴の場合オーラ波が強すぎて意識障害を起こすほどだった。
「へぁっくしゅん!!!!!」
「大丈夫ですか?」
真板が言うには俺を見つけたときは全身雨でずぶ濡れだったらしい。それがあってか、風邪を引いてしまったようだ。
起き上がると若干立ち眩みがするもののすぐに消え、その他の身体の異常も特になかった。
気付けば雨は上がり、雲間から見える光は次第に赤みを帯びてきた。ここで一晩明かすのは心許なく、かといって夜半に茂みの深い森に出れば間違いなく遭難する。
「もうお帰りになるのですか?」
と真板は止めたが、如何せん、未だに僅かながらではあるが変な気配を感じるので、まだ明るい内にここを抜けることが先決であろう。
と思ったのはいいが、空を覆う厚い雲と夕方の暗さと際限なく青々と生い茂る下草で森の不気味さはより一層、より一層と増していった。怨霊や怪奇現象やその類いを信じない俺でもどこか奇異を感じる。奴だけではない何かが。
VI
豪華な内装の部屋で全員が集いひと時の晩餐を享楽するのだが、部屋には忘れていたであろう、葛麻左吉と長宗がいる。真板には悪いことをしたと思うが、今朝真板に頭を下げ、葛と長宗のためにもう1部屋借りた。そして、あいつらに飯を運ぶためにも俺は部屋で食べることを口実にご飯を余分に寄そって部屋に持って行った。
「東堂さん一人でいることが多いですね。」
「トドヤンは昔からボッチが好きだったからネ。」
「東堂梁也は一人で秘密の何かでもしてんのか?」
「秘密の何か、ね。いいじゃない。男の子だから仕方ないわよ。」
鰆は狼狽しツッコミを入れる。
「明里、それは意味が違うヨ!」
「いや、アイツはシャトルラン196だぞ。秘密の所行をしても明日には難なく部活は出来る。」
「莉恵子に関しては違うこと言ってるヨ......」
郡山と上小林はキョトンとした様子で、
「何をそんなに必死になって突っ込んでるのか解らないけど、」
「あたしは勝手に外出て練習してるのかな、なんて思ってただけだけどな。」
「身体だけはお子様な・の・ね。」
「え、あ、そうじゃない、そうじゃない!」
「いいのよ。東堂くんはそういう鰆ちゃんが好きだから。」
「応援してるぜ!」
「ちがーーーう!」
なんだか、食堂から楽しげな声が廊下にまで響いてきた。俺もこうして享楽の宴に入り浸りたいのだが、我が友にひもじい思いをさせないためにも、これはやむを得なかった(連れて来てしまったことが今更になって悔やまれる)。
とはいえ、女の花園にズカズカと野郎が入り浸るのはあちら側にとって好ましいことではなかろろう、と自分自身を正当化した。
「いやぁ、悪りぃな、トドヤン。」
「助かるよぉ。」
「ホントだよ。全く、ここまで持って来てやってんだ。感謝しろよ。」
俺は敢えて胸を張って、鼻の下をこすっていると、
「そゆことやないねん。真板ちゃん以外のシャワー盗撮動画が手に入ってんねん。これを複製して校内に売り飛ばせば……イヒヒヒ、一代にして巨万の富を築き上げる大富豪になれる!そしたらその金で......イヒヒヒ、何しよっかな......」
「ずるいよ、マサ。」
「もちろん長宗にも分けてやんよ。」
「おい待て、何をしてるんや。」
俺の中で正義感が勝り葛が嬉々として高らかに揚げたセキュアデジタルカードに物理的な圧力をかけて、それを破壊した。圧力で割れたセキュアデジタルカードは無惨にも黒い破片となって虚空を舞い、奇しくも俺が持ってきた白米の上に着地した。葛は咽び泣き、ヤケクソになりながら刻み海苔の乗った白米にがっついた。
「うっ……あぁ、美味いさ、いいおかず(になる予定だったん)だよ!クソッ!トドヤンめ、何を!何を!何を!」
長宗は一瞬にして人格が変わった葛を只々見ることしかできなかった。
そのどさくさ紛れ、俺は部屋を後にし風呂に向かった。
青色の暖簾をくぐると俺は高周波数音の餌食になることとは知る由もなかった。




