9.別荘篇⑶
週一の更新を心掛けます。
III
「東堂くん?」
「東堂梁也?」
「とどやん?」
驚いたことに部員全員が俺の知り合いだった。
窓際の、進行方向を向いて座っているのは俺の幼馴染の西開地鰆だ。10年ほど前のある事件をきっかけに忽然と姿を消し、それ以来会った記憶はなかった。しかし、驚くことにそこにはあの時の面影が色褪せることなく残っていた。
というのも、この中のメンバーで一番背が低く、身体のメリハリが乏しい。不覚にも10年会っていないことが忘却の彼方へ消えてしまおうとしていた。『歩くタイムカプセル』とでも喩えられよう。
尚、俺のあだ名「トドヤン」の名付け親である。
その向かい側の窓際には同じクラスでクラス委員長の上小林莉恵子が座っていた。栗色に近い茶髪で左耳に洋紅色のピアス、右耳には青土耳古石色のピアスをしている。虹彩は薄い茶色で昼下がりの陽光に当たっているせいか、透き通って見える。身長は女にしては高いが(それでも郡山よりは遥かに低い)、全体的にほっそりとした体型をしている。
話し方がやや男っぽく、服を着ていれば胸があるかも判らないため、話してて女と意識することはあまりなかった。
凡そトアンキエン系の特徴を揃えているので恐らく、魔法能力を持っている可能性が高いであろう。
その横に座るは、郡山明里だ。俺の知り合い全てを探っても郡山より身長が高い人間はいない。彫りが深いところやブロンドの髪、青い眼からは日本人の美人の特徴からはかけ離れている。それであって、出る所は出ていて、男女ともファンが多いという。
以前の戦闘から知り合ったが、色々な意味で近付きづらい雰囲気を醸し出している。
「鰆?上小林?郡山?どういうことだ?」
「どういう事も、アレも、コレもないだろ?陸上部長距離だ。」
「新入部員が東堂くんだったとは驚きだったわ。」
「とどやん、おひさやね。」
沙耶乃とディメノがいつの間にかいるのは気になるが、そんな事を考える余裕はない。
俺は集団から離れ独り後方のシートを独占していた。考えれば夏休み。この時点で俺の運命はこむら返りを起こしたかの如く、変容の一途を辿っている。寄りかかればさぞ安眠できよう。ただ、できない。そのディレンマは些細な日常を象るだけにすぎない。
おっと、気付けば目的地周辺の駅を目前としていた。思えば1秒1秒が長く果てしなかった電車移動も短く感じる。
駅とは名ばかりの緑が深い森に囲まれた露天で、降り口に階段が設けてあるだけの極めて簡素なものだった。そこには3人の黒スーツの男が待ち構えていた。黒スーツの男3人は一行を引き連れ、すぐ側の草原にある、荘厳な建物へと案内した。
俺は驚嘆を隠せなかった。
真板は、
「皆さんようこそ!私の別荘へ。皆さん一人一人に鍵をお渡ししますので、自由にその部屋をお使いしても構いません。」
「これ、真板の別荘なのか?」
俺は冗談半分で訊くと、
「左様です。SPCG所有の第6別荘で両親では管理が難しいとのことなので私に管理を一任された別荘のひとつなのです。大体敷地面積は1000ヘクタールと言ったところでしょうか。」
まさかの答えだった。しかも、俺の想像の遥か上を辿って行った。流石は金持ちと、驚嘆する他なかった。
「1000ヘクタール!?」
そのとき、一同はあんぐりと口を開け、驚愕のあまり茫然と立ち尽くすしかなかった。
全員、長距離移動で疲労困憊の色が顕著に出ており、それを見かねてか、真板は
「皆さん、今日は早めに就寝して明日に備えましょう。」
と、これまた疲弊を露骨に誤魔化しなが宣言した。
IV
次の日のことである。
小鳥の囀りで目覚める朝はなんと気持ちのいいことだろうか。
ディアースは元来生物は存在していなかった。今ある植物は人間が地球から持ち出した種を植えたものである。一方、動物は人間に危害を加える可能性があるとして、品種を特定し持ち出された。現在、条約で野生化を認めないとされているためディアースに生息する動物は全て誰かの所有物になる。
この鳥たちも真板が飼っていると思われる。
慣れない地とはいえ、これだけ疲弊していれば安眠熟睡でリフレッシュも容易い。
朝食は意外にも(と言ったら失礼だが、)真板自身が腕を振るった料理で延々と続くテーブルを埋め尽くしていた。
全員揃ったところで、一斉に合掌をした。すかさず男女関係なしに我れ先にと争奪戦が始まる。俺は端の方で野菜を頬張る兎に成り下がっていた。
「真板の料理は美味い!このドレッシングは手作りか?」
「はい。これは私の長年の研究の賜物でして、ミリ単位でブレンドしているんです。」
「そうか。こんなに野菜を美味しく食べれた日は今までなかったよ。」
「ありがとうございます。これ隠し味に、……を入れてるんですよ。」
「うっ、ゴボボボボ」
「冗談です、冗談です。あまりにも美味しそうに食べているのでつい。」
お嬢様の冗談は加減を知らないようだ。
プロのシェフをも凌ぐ真板の料理を全身で堪能した後は、獣道を無理矢理舗装した道路を道なりに辿っていく。
「どこに行くんだ?遭難してるんじゃないだろうな?」
「東堂梁也、今貴様は何と言った?」
と、上小林からの冷たく鋭い返し。
「まあまあ、カミコさん、落ち着いて下さい。皆さん、目的地はもうすぐです。」
真板は苦笑を呈しながらも俺をフォローする。
深い森の出口に差し掛かると、年季の入った木造平屋の建物一棟が見える。そして、それを取り囲むには場違いすぎるゴム製のトラック。
陸上部の合宿らしくなってきた。だが、高地に来て2日目ということで、即練習とはいかず練習場所の確認だけで終わった。
帰りのことだった。俺は森の中から只ならぬ人気を感じた。戦慄が走る。しかし普通に考えれば、こんな辺鄙な所に俺らの他誰が来るだろうか。
「東堂くん、何かあったの?」
「さっきから動きが変だよ、とどやん。」
「ああ、いや何でもないんだ、何でも……」
俺は挙動不審になりながらも、こんな所に他に人が来るはずがない、と自分に言い聞かせ別荘に戻った。
別荘に戻ると各々は自分の趣味を心行くまで満喫していた。大広間でトランプ、部屋で読書、外に赴き写真撮影。
ひと時の自由を肌身で感じることで、普段の窮屈な都市生活からの解放を享受している。
この別荘は人里離れており、孤立しても大丈夫なように1ヶ月分の非常用食糧、生活用品が備わっている。ただこんな所で1ヶ月缶詰は避けたい(2つの意味で)。
忘れようと思っていたが、先程のあの気配は時間を追うごとに疑問から解明への好奇心に変わりつつあった。
灰色の雲が突き抜ける空を隠しきったそのときに、別荘を飛び出してあのルートを辿っていた。
やはりだ。あれは気の所為ではないようだ。このオーラは余程人混みを嫌うのか、それとも人混みで掻き消されていたのか、先程より明らかに強くなってきている。最早、人がいないのが信じられないくらいに。
一応、ここはSPCGの私有地ということになる。偶然キノコ狩りのオッサンがここへ迷って来たとしても、追い出さないといけない。
「お〜い!誰かいるか?いたら返事しろ!」
オーラは弱まり、森は静寂を取り戻した。
やはり、あれは俺の勘違いだったのか。まだここに来て疲れが取れていないのか。そう自己完結して、その先にある練習場へ向かおうとした、まさにその時だった。
「うっ……ぐあっ!」
脳の芯の部分を激しい鈍痛が襲う。あまりに奇襲的な痛みのため、頭を抱えてその場に蹲った。軈て、鈍痛は脳全体に広まり獣道の上に突っ伏した。
紫の波動のようなものが後方より放たれた。俺の意識を、記憶を希薄にする。
以降の記憶はない。
さて、山地の天候は変わりやすい。特に夏はそれがより顕著に現れる。
夏山の冷たい雨が容赦なく降り注ぐ。土を恵むには充分すぎる雨だ。遠くで雷鳴が轟いている。
それにしても、あの突発的な鈍痛は何だったのだろうか。
そして何より、あの異様な気配は何だったのだろうか。
次回は再来週の更新になるかと思います。




