11.別荘篇⑸
俺は目を疑った。眼前の光景は決して夢や虚像ではなく、現実であったのだ。
というのも、陸上部長距離の女子部員が着ている服を手際よく脱ぎ、一糸纏わぬ姿となっているのだ。照明があまりに眩しく細かい所までは見えない(見てんじゃねぇよ、変態)、が、白い肌が次第に露わになるのだけは判る。
俺が一刻も早くこの非を詫びて、退出せねばならないと気付く頃には既に女達は戦闘(銭湯)態勢に入っていた。
「あ、はい、間違えました。すみません。」
なぜ、そんなにも表面だけ冷静になれるのだろう、俺は女子たちが驚愕で固まっている須臾の隙を突いて早急に廊下に戻った。
俺が木の引き戸を閉めた頃には、鼓膜を劈く悲鳴と何かを投げてぶつける音とが混ざり、青の暖簾の向こうはさぞ、混沌と化しているに違いない(他人事じゃない、お前のせいだ、自覚しろボケ)。
にしても、青の暖簾に「女」と書かれていると大変紛らわしく感じる。性別を色で判断してはならないという戒めなのか。
騒ぎが大きくならない内に俺は赤暖簾の男湯に入って、難を逃れた。
風呂は俺一人が占有するにはあまりにも広い。でありながらも、手入れは行き届いており、気持ち良く入浴できる。
ふと、昼間のアレが蘇る。
あの謎の気配、オーラは一体何なのだろう–––––––––––
風呂のときくらいは忘れたかった。しかし、知ってそうな真板は意味深なことを口走り、さらに好奇心が掻き立てられるだけだった。
仮にそれが魔術によるものなら––––––––––––相手は最強に値する魔術師だ。相手は「矛」でこちらの「盾」を突きに掛かる。お互い総力戦は必至になるだろう。
だが、魔法の可能性だって十二分にある。その場合は槍だけの勝負になるだろう。
ここは、男、東堂梁也が正面から突っ走り白黒つけよう。
そう心に決め、普段長風呂の俺は居ても立っても居られず、行水で済ませ床に就いた。
私はよく見えませんでしたが、あれは何でしょう?この混乱の様は只ならぬ何かが侵入して来たのでしょう。古代より伝えられる「ゴキちゃん」という愛称で親しまれた動物でしょうか。ディアースの時代になって姿を消したそうですが、一回は見てみたいものです。
「トドヤンの変態ッ!」
「東堂梁也よりゲスな男は地球とディアース探しても見当たらないだろな!」
と西開地さんと上小林さんは東堂さんをあからさまに憎んでいるようです。
「男の子に見られるって刺激的ね。でも急すぎて驚いたわ。」
東堂さんの妹さんである沙耶乃さんは、冷静な表情の裏にある怒りを押し殺し、押し殺し、
「ウチのバカ兄がすみません。あとで皆さんを代表して罰を実行するので安心して下さい。」
ディメノさんが初日来て以来行方不明なのは気になりますが、まぁ東堂さんも然程気にされていないようなので一旦置いておきましょう。
皆さん裸の付き合いで、親睦がより深まったように思われます。
「明里ちゃんの胸大きいよな〜。あたしもそんくらいになりたいけど……」
「リエは大きくしたら部活に支障出るでしょう?」
「ん〜だけど〜」
「このままじゃ東堂くんに見せられないと思ってるでしょ?」
「そういうことじゃなくて!」
と上小林さんは少し興奮気味に否定します。
「そういう恥じらいがあるだけでも、男の子は興奮するものなのよ。」
「だから、そうじゃないって!」
「最近は貧相なものでも満足できる人も増えてるし、」
「知らねーよ!あいつの癖なんて。」
過去のアレや未来のソレと比べれば微笑ましい光景で羨望するばかりです。
などと考え込んでいると、西開地さんが
「ねーねー、雨音、ディメノどこいるか知らない?」
と訊いてきました。やはり、特徴的なあの感じを忘れる人はいないようです。
「私も気にはなっていましたが……きっと東堂さんに聞けば判るはずです。」
「まさか、一緒にお風呂とかかなぁ?」
「どうでしょう……」
「よし、後で問い詰めよっと!」
と、居ても立っても居られない様子で大浴場を後にしました。
「ああ、ですが混浴と断言できた訳では……」
「解ってるって!んじゃあ、さーちんここで失礼!」
VII
合宿3日目、俺、東堂梁也の朝は珍しくも早かった。まだ、皆は寝息を立てて熟睡の最中である。
抜き足差し足忍び足で外へ向かうと、夜明け前で東の空は薄っすら橙色や青色を呈している。寒暖差が激しい高地の朝は肌寒く、長袖パーカーを持ってきた甲斐があるというものだ。
関係ないが、俺はなぜいつもパーカーを着ているのか、とよく訊かれる。特別な理由はないが、自分で服を選ぶと無意識的にパーカーがしっくりくるだけなのだ。むろん、いつもと訊かれる以上、春夏秋冬24時間365日パーカーで生活しているのだ。夏はサマーパーカーという薄手で半袖のものがあるので、年がら年中暑苦しい装いをしている訳ではない。
閑話休題、俺がなぜ普段しない早起きをしているのかと言うと、昨日のあの怪しい気配の真相究明のためである。
昨日までさして気に留めなかった(大体は変数次元空間に飛んでいるから)が、ディメノの行方も気になる。
俺は昨夕の二の舞にならないように、獣道に出たところで警戒態勢を取る。俺の身体周辺をコーティングする形で高圧の結界を張れば、昨夕のように一瞬にして屈することは無いはずだ。(とはいえ、相手の能力が未知数なので、想像もつかない。)
“……リョーヤ……リョーヤ……”
ディメノに似たかすかな女児の声が俺を呼んでいるように思えた。
夜明けの暗さもあってか、茂みが深い。その声を辿って行くと昨日のあの場所に行き着いた。
「またここか。」
真板に言われた通り、山の斜面の茂みを見た。確かに部分的に草が刈り取られ(と言うよりも寧ろ毟り取られ)た跡が窺える。やはり、真板の読みは合っていたのか。なら、相手は禁忌魔術だ。
しかし、無警戒だと俺の意識を飛ばすほどのオーラを放つ。同じ結果に終わるのか……そう不安になった。
軽く溜め息をつきつつ、覚悟を決めた。朝の新鮮な空気を肺に詰めてから、
「そこにいるのは誰だ!」
と、叫んだ。
しかし、俺の声が木霊するだけで相手の反応はなし。
今度は、山の禿げている部分の空気を圧縮して、元に戻す反動で爆発を起こす。それを再三再四と繰り返す。谷で音が増幅され、自分で爆発していながら五月蝿い。
“リョーヤなの?その声と爆発はリョーヤのだよね?助けて!お願い!”
俺を「リョーヤ」と呼ぶ声は、ディメノのもの思われる。というより、断言できる。
「そこにいるのはディメノか?」
俺が確認のため大声で問いかけたが、以降はぱたりとディメノの声が聞こえなかった。
俺は何か、微弱な気配を感じ取った。地震で言う所のP波と呼ばれるものだ。
その波源へと目を向けると、今度は強い紫のオーラ波が暴風を伴ってやって来る。そのオーラ波と風は俺の身体を煽り、仰け反りそうになる。
やはり、獣道に入るときから警戒しておいて良かった。無警戒だと、本当に昨日の失敗を繰り返していたし、命だって危なかった。
暫くして、男か女か判らない声が、
「ふあーあ。こんな朝っぱらから誰だ?本当に迷惑なものだ。」
「おい、お前か。ディメノを攫った犯人は。」




