どうしようもなく世話焼きで、 4-33
大仕事が一つ片付いた。
本当ならここで決着はい終わりにしたかったのだが、まだ仕事は残っている。
これがジャパニーズ会社。仕事が終わってさぁ帰ろうってタイミングで次の仕事が舞い込んできてそのまま残業コース。定時退社は早上がりと同義語である。
上垣をリーダーとする誘拐犯五人は突入部隊であった風紀委員にあっさりと捕まり、気絶した上垣に関してはそのまま保健室に運び込まれたらしい。
結月からは「やりすぎだ」と少し咎められはしたが、正当防衛だと言い訳をしておいた。さしもの結月も俺の顔面の痣を見てしぶしぶ了承せざるを得なかった。
そしてあれから五分としない内に、俺は体育館の外周通路を早足に歩いていた。
「待って折無くん、やっぱり手当を受けた方がいいって!」
と俺の後に続くのは、開放されたばかりの雨桐だ。
両手足は布で縛られていた程度で痣も残らず、当然暴行を受けていたわけでもなかった。思ったよりも誘拐犯達は紳士だったらしい。エロ同人みたいなことにならなくてほんとに良かったね。はいそこ残念がらない。
などと、冗談を言っていられるほどにはまだ元気が残っているらしい。
足元はふらふらで階段を上れるかどうか怪しかったが、ここで倒れるわけにもいかない。
「大丈夫だ、問題ない……」
誰かに殴られるという経験をあまりしたことはなかったが、吹っ飛ぶほどのパンチを顔面にもらうとこれほどまでにダメージが大きいとは予想もしていなかった。
意識は若干おぼろげで、目を閉じてしまえばそこで戻ってこれなくなりそうだ。
だが、殴られたせいでじんじんと痛む頬が、俺の意識をある程度ハッキリとさせてくれている。殴られたせいで倒れそうになっているのに、殴られたことに感謝するとはこれいかに。
階段に差し掛かり、気力を振り絞って一段一段上がっていく。
「ぐっ―――」
「折無くん!」
数段上ったところで、足の力が抜けた。
咄嗟に雨桐が支えてくれたおかげで倒れることだけは免れたが、相当ヤバいってことだけはわかる。
「もういいよ、お願いだから保健室に行こう?」
「いや、それはできない相談だ」
結月の話によると、突入部隊が出発すると同時に相浦先輩の演説が終わったらしい。となれば、今の時間は投票か、あるいはもう開票に移っているかもしれない。
このままだと相浦先輩は確実に負けてしまうだろう。
だから、最後の仕上げには必ず俺が立ち会う必要がある。
「急ぐぞ、時間がない……」
雨桐を振り切り、階段を一段、二段と上っていく。
だが、足腰に力が入らないせいで残り数段が限りなく遠い。
普段は難なく上っているはずなのに、何故今日に限ってこんなにも遠いのか。
腹立たしく思いつつ上っていると、ふいに体がほんの少し軽くなった。
いや、違う。雨桐が俺を再び支えてくれているのだ。
「用が済んだら、必ず保健室に行ってね。約束だから!」
「……悪い」
言われなくてもそうさせてもらうつもりだ。
雨桐の力も借り、なんとか階段を上りきる。そして、扉を開けて体育館の中へ。
関係者用スペースである三階は、今の時間になるとほとんど人がいない。ついでに結月率いる風紀委員も誘拐犯の確保のために出払っている。
まばらに人がいたが、それも下の様子を見守っているのがほとんどだ。
雨桐に支えられている俺を見てぎょっとする人も数名いたが、それでも声を掛けてくるヤツはいなかった。強いて言えば待機していた東雲先輩がこちらに駆け寄ろうとしてきたのを、俺が首を振って断った程度だろうか。
ともかく俺達は体育館の後部スペースに到着した。ちょうど舞台を真正面から見れる位置だ。
ふらふらとする頭だが、視界はある程度鮮明だ。これなら問題ないだろう。
「なぁ、雨桐」
欄干に手をついて体重を預けつつ、舞台上を見る。
部会長候補者八名は、舞台奥に控えていた。今は開票の時間らしく、生徒達はざわざわと思うがままに会話しつつ、結果発表の時間を待っていた。
「お前さ、俺を信用できるか?」
舞台上にはスクリーンが展開されており、プロジェクターの光によってデスクトップ画面が投影されていた。あれで結果発表をするのだろう。
この演出については事前に知らされている。だからこそ最後の細工が可能だった。
「思い返してみれば、お前は今回だけで二回も危険な目に遭ってる。ぶっちゃけると一回目のヤツは俺がヤツらを誘導して故意に起こしたもので、二回目のヤツは俺の注意力不足が引き起こしたことだ」
前者が路地裏でアメフト部連中に襲われた事件で、後者が今日、上垣達に雨桐が誘拐された事件。
どちらの事件も俺が原因で起きたものと言っても過言ではない。俺の策略が、俺の怠慢が、雨桐を危険へと導いた。
「相浦先輩が部会長になって、お前らが部会を導いていくことになったら、多分お前はまた俺達に頼ることもあると思う」
生徒会は相浦先輩を新部会長に推薦するにあたって、部会運営の経験がない彼女を手助けする方針になっている。そうなると、雨桐が部会において何か困ったことがあれば、真っ先に相談に来るのが補助委員ということになるだろう。
「俺に頼ることになるなら、またこういう事件が起きるかもしれない。確実に起こさないって保障はできない」
俺は魔法使いだ。
一般人とは違って、危険な状況を安全に乗り切る手段を持っている存在だ。
折無武月という魔法使いにとっては魔法を使って安全に乗り切れる状況でも、雨桐弥生という一般人にとってそれは危険な状況であると認識せざるを得ないものになり得る。
それを理解できていても、きっとこういう依頼が舞い込んできた時には、俺はその手段を取るだろう。
大きなリターンを得るために、小さなリスクを負うだろう。それによって、また雨桐を大きなリスクに晒すことになるだろう。
「それでも、俺を信用できるか?」
今ならまだ引き返すことができる。
ここで俺が最後の仕上げを放棄すれば、相浦先輩はこの選挙に敗北するだろう。
だが、もし信用してくれるなら。
「もし俺を信用してくれるなら、目を閉じてほしい」
それは雨桐に施した、三度目の指示。
雨桐の前で魔法を使う、前準備。
もし雨桐が俺を信用できず、ここで目を閉じれないのであれば、俺は魔法を使えない。奇跡は起きず、相浦先輩は敗北する。
これが俺の提示する最後の選択肢。
ポケットの中で携帯が振動したのを感じる。
もう時間がない。もしここで雨桐が迷うのなら、それは「俺を信用できない」という答えとイコールになる。というかそういう答えであると俺が受け取る。
雨桐には覚悟が必要だ。
それは木曜日に確認した人の上に立つ覚悟だけではない。
人の上に立ち、その上で誰かのために危険を顧みない覚悟だ。それがなければ、人は人の上に立つ資格などない。上に立つということは、それなりのリスクを負うということに等しい。
では、雨桐の場合はどうか。
おそらく俺は、答えを聞く前からわかっていたと思う。
「うん、わかった。折無くんを信じる」
あっさりと、雨桐は何の迷いもなく目を閉じた。
それは無知ゆえの無謀か、あるいは俺に対する狂信に近い信頼か。
なんにせよ、俺を頼る時点でこいつはどうかしていると思う。
だが、頼られたらその期待に応えたいと思うのが人の性というものだろう。
思わず口元を緩めて、震える手をなんとか制御しつつポケットからアイフォンを取り出す。
ホームボタンを押して通知を確認すると、画像が送信されてきていた。
まぁ、大体予想通りだ。だが、これで準備は整った。
「雨桐」
目を閉じたままの雨桐に声を掛ける。
そして、ついにその時がやってきた。
『では、結果発表の時間です!』
大仰にもドラムロールの電子音が鳴る。
二階にいる司会進行役の女生徒の声で、会場が一気に静まり返る。
『第十七期部会長は―――』
そして、その名前が告げられる直前、俺は舞台上のスクリーンに向けて手を伸ばす。
魔法使いにできないコトはない。
どうしようもなくひっくり返すことのできないこの状況を、魔法という奇跡でひっくり返す。
それが、俺にできる最後の仕掛けだ。
『サッカー部部長、菅原りゅうた―――あれ?』
どよめきが起きる。
司会進行役の女生徒も、混乱の中にあるようだ。
それもそのはず。スクリーンに映っているものは、彼女の知る結果とは違うものだったからだ。
菅原竜太郎、百四十七票。
相浦聖奈、百五十四票。
僅差で、相浦先輩が勝っていた。
会場内にざわめきが広がる。
すると一人の男子生徒が、司会進行役の女生徒へと走り寄り、何かを伝えていた。
話を聞いた女生徒は、マイクに向かってコホンと一つ咳払いをする。
『えー失礼しました。こちらで伝達ミスがあったようで、訂正させていただきます』
舞台の上で、運動部の立候補者達が驚きのあまり硬直しているのが見えた。
相浦先輩が、信じられないものを見るようにスクリーンを見上げていた。
「雨桐、もう目を開けていいぞ」
その指示に従い、雨桐は目を開く。
視界は封じていたが、一連の流れは聞こえていたはずだ。
まさか、と雨桐は何かを期待するような眼差しをこちらに向けている。
俺は無言で舞台の方を指差した。
次の瞬間、会場が沸き立つ。
『第十七期部会長は、軽音部の相浦聖奈さんです!!』
わっと響く歓声。
これは文化部によるものだろう。彼らがどれくらいこの選挙に期待していたのかがわかる。
ある者は抱き合い、ある者はハイタッチを交わし、ある者は手を取り合って踊り出しさえしていた。
一方で、運動部連中は茫然としていた。
いや、大抵は苦笑いをしているのだろうか。
負けた悔しさというより、まぁ仕方ないよな、という表情をしている者が多数見受けられる。
彼らはきっと菅原竜太郎に投票していたのだろうが、それは先輩連中に強制されてのことだ。自分の本意ではなかったのだろう。実際、舞台上の運動部の立候補者達のように放心しているのはごく一部だ。
「え、これって、夢じゃないよね……?」
隣で茫然と舞台上のスクリーンを眺める雨桐が、独り言でも呟くようにそう言葉をこぼした。
無理もない、この選挙は菅原竜太郎が当選確実と言われていたものだ。
僅差とはいえ、相浦先輩が勝つ未来を想像できた者はそういないだろう。
誰もが心の中で期待しながら、それでもやっぱり無理だろうなと諦めていたはずだ。
雨桐もきっとその中の一人だったのだろう。
「良かったな」
そんな雨桐を安心させるように、俺は声を掛ける。
「これで部会はお前のもんだ。部会を正しいものにしたいっていうのなら、好きにすればいい」
途中から、自分が何を言っているのかわからなくなった。
それでも俺は口を動かす。
「俺がここまで……頑張ったんだ、悪いようには、するなよ―――」
そこで、俺の意識は途切れる。
かくして、部会長選挙はひとまず幕引きを迎えたのであった。




