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魔法使いにできないコト  作者: 水無雲夜斗
第四章 どうしようもなく世話焼きで、
72/75

どうしようもなく世話焼きで、 4-32

 体育館の舞台下に用具置き場があるのは、大抵の学校がそうだろう。

 ここ私立鳳城学園の場合、用具置き場に入るには外周通路を通る必要がある。

 しかしこの学校の体育館、三階建てだし外周通路はあるしその外周通路には上に行く階段やら下に行く階段やらがあるしで、なんだか城みたいだな。正直男心をくすぐられる構造だと思います。

 外周通路は左右の中腹部あたりには奥の方に上下に行くための階段があり、その階段をスルーして奥に進むと体育館後部へと続いている。

 そこは普段誰も訪れないようなスペースだ。あるものは狭い通路と舞台下倉庫へと続く鍵のかけられた扉だけで、それ以外何もないからだろう。

 まぁ、そういう意味でも軟禁には適した場所ともいえる。

 鍵は既に預かっているので、開けて中へ。

 ちなみに今は俺一人だ。九にはあることを実行するように言ってあるので、今はこの場にいない。

 鍵をくれたのは結月で、アイツは何故かこの学校のありとあらゆる鍵を常に持ち歩いているらしい。副会長ってそんな権力あるの? とか思わないでもなかったが、ひとまず外周通路の階段あたりで鍵を受け取り、そのままここに来たというわけだ。

 普段あまり使われないせいか、重々しい鉄扉はかなりさび付いている。それは蝶番も同じで、開けただけで「ギギィ」と嫌な音が鳴った。

 当然、そんな音を立てて中にいる連中に気付かれないわけもなく。


 「よう」


 内部の連中に一声かけてから、中に入る。

 鉄扉の向こう側は、階段になっていた。

 段数は少ないが、幅はそれなりに広い。結構急だったが、ここは余裕を見せるために足元を見ずにそれを下っていく。踏み外してこけたりしないか内心びくびくである。

 俺が声をかける前から、中にいた全員の視線はこちらに集まっていた。

 全部で六人。

 一人は雨桐で、部屋の薄暗い倉庫の奥にあるマットの上に座らされている。軟禁という俺の見立ては間違っておらず、両手足を縛られて監視されているだけの状態だ。


 「折無くん!」


 古い電灯が放つ弱い光のせいでよくわからなかったが、見たところ手荒な真似はされていないようだ。声も元気だし、ひとまず問題はないだろう。

 そのことに安堵しつつも、それを表に出さない。また、返事をする余裕もなかったので、ひとまず目配せだけして大人しくするよう命令しておく(伝わったかどうかはわからんが)。

 残る五人はいずれもガタイのいい連中だった。

 一目見れば運動部であるとわかる筋肉。顔つきもそれなりに怖い。不良というよりはスポーツ少年といった印象だが、唐突な闖入者に表情を強張らせているためやはり威圧感はある。。

 相手は五人でこちらは一人。よもや俺が格闘技の経験者で昔は世界を渡り歩く強者だったというパワフル設定があるわけもなく、当然こんな喧嘩慣れしてそうな連中に一斉に襲い掛かられたりなどしたらひとたまりもない。

 だから、ここからは心理の勝負だ。

 相手の思考を読み、状況を正確に把握し、最善の解答を連続して弾き出す。

 ここに入る前に、おおよその予想は行ってきた。

 相手は複数で、こちらは一人。雨桐を拉致している以上、よもや見張りが一人ということもないだろうと思っていた。ここまでは予想範囲内。

 状況は圧倒的にこちらが不利だ。だが、その不利な状況がこちらに利益をもたらしている。

 一人だからこそ、一斉にかかればいつでも勝てる。卑怯な手段を取らずとも、危険な手を使わずとも問題ない。相手はそういう心理状態に陥っているはずだ。

 そこに隙が生まれる。俺が何故一人でこんな死地に踏み入ったのか。その理由を知りたいという欲求が、相手にとって十分なゆとりのあるこの状況が、俺を有利にしている。

 要は、相手は「こいつをボコる前にとりあえず話を聞いておいてやるか」という気になっているはずだ。


 「雨桐がそこにいるってことは、お前らが誘拐犯ってことでいいんだな?」


 加えて、俺の物怖じしない態度。

 もちろん虚栄ブラフだが、俺に余裕があると相手に思わせることで、相手は多少なりともそれを警戒する。

 下手に手出しはできず、しかし五人でかかれば確実に勝てる相手。最善のカードを持っているからこそ、そのカードを慎重に、適切なタイミングで切る必要がヤツらにはある。


 「そうだと言ったらどうすんだよ?」


 五人の中の一人、ツンツン頭の男子学生が、余裕の笑みを浮かべつつ前に出てくる。

 多分、五人の中で一番腕に自信があるのだろう。そして最初に行動を起こしたという点から、ヤツがこの五人のリーダーと考えられる。

 いざとなれば彼が俺に襲い掛かり、それを皮切りに後ろの四人が加勢に入ってくるだろう。

 だが、ツンツン頭の男子学生は俺からある程度の距離を取った状態で俺の質問に応えた。

 俺を警戒しつつ、いざとなれば攻勢に出ることができる適切な距離といったところか。

 どっちでもいい。どのみち、俺の会話に応じた時点でそっちは遅れを取っている。


 「俺は生徒会補助委員の折無武月だ。俺がここに現れた時点でもうお前らの場所は生徒会に伝わっている。じきにそれなりの人数がやってきて突入してくるだろうな」


 これは事実だ。

 ここに来る前、俺は九にこの場所のことを結月に報告するよう指示した。

 俺が単身ここに乗り込んだのは、時間稼ぎのためだ。

 いかに結月の手腕といえど、ここに突入するための部隊を編制する人手をかき集めるのに時間がかかるだろう。どれぐらいかかるかはわからないが、外にいた俺達には相浦先輩の演説が開始される正確な時間を読むことはできず、そして俺がここに突入することを決めた時点で、既に十六時四十分を超えていたからだ。

 タイムリミットまで時間がない。最悪の場合、雨桐が何らかの危険に冒される可能性もある。その最悪の可能性だけは排除しておきたい。

 だからこそ、俺はここに一人で来たのだ。ヤツらの気を俺に逸らし、相浦先輩の演説が始まったことに気付かせないために。


 「くそっ、ふざけやがって!」

 「やべぇんじゃねぇのか上垣、さっさと逃げようぜ!」


 男達に動揺が走る。

 逃げる方針で固まりそうだが、俺はそれを言葉で遮る。


 「無駄だな。この舞台下倉庫の出口は三つあるが、内二つは舞台脇―――つまり現在進行形で部会長選挙が行われていて人が大勢いる体育館内部に続いてる。最後に残った逃げ道は俺の後ろにある扉だけだ」


 舞台脇の出入り口から逃げようとすれば、どうしても体育館内を通る必要がある。となれば当然雨桐を連れていけるわけもなく、彼らは優位性を失う。

 最も、結月のことだからそろそろそっちの入口も固めている頃合いだとは思うが、これはあえて言わないでおこう。

 最後に残った出口を通るためには、俺をどうにかしなければならない。

 もちろん彼らにとって俺を倒すことなど簡単だろうが、一悶着を起こしていたら突入部隊が間に合ってしまうかもしれない。


 「そういうわけだ、大人しく突入部隊の到着を待つんだな。なんなら雑談に付き合うぞ?」


 階段に腰掛け、とうせんぼの姿勢を取る。

 荒事に自信はないが、五人相手に数秒くらいなら食らいついてやることぐらいならできる。その数秒があれば、ヤツらも雨桐を連れて逃げる時間を失うだろう。


 「てめぇ、一体何なんだ」


 ツンツン頭の―――上垣と呼ばれた男子学生が、五人を代表するように俺に問いかける。

 はて、よくわからん質問だ。


 「自己紹介ならさっきしたつもりだが?」

 「そうじゃねぇ、なんでお前はこいつを助けようとする?」

 「さっきから質問の意味がわかんねぇよ」

 「お前にとってこいつは何なんだって聞いてるんだよ。カノジョか?」


 部屋の一番奥で雨桐が「かっ―――」と小さな叫び(?)を上げて固まっていた。薄暗くてよく見えないが顔赤くなってないか?

 まぁ雨桐はこういう性の話に弱そうだしな。興奮するのは構わないが、なんか勘違いされそうな反応だったのでやめていただきたい。


 「ちげぇよ、ただの依頼人だ」

 「依頼人?」

 「ああ、そいつは生徒会補助委員に依頼してきたんだ。今の間違った部会を正すことに協力してほしいってな」


 上垣とやらは怪訝そうな顔をした。


 「なんだそりゃ、お前はそんなんのために体張ってるってのか?」

 「まぁそうなるな」


 確かに、指摘されてみればおかしな話だ。

 俺は何故ここまで必死になっているのだろうか。

 雨桐とは顔見知りな程度の仲で、ただの依頼主とその引受人という関係だ。

 報酬をもらうわけでもないし、大して恩があるわけでもない。弱味を握られているわけでもないし、これといって雨桐を助ける理由は見当たらない。

 正義感と呼べるものを俺が持ち合わせているわけでもない。

 そりゃあいじめられているヤツを見れば心が痛むし、人殺しの話を聞くとそれなりに胸糞悪くもなるが、だからといって実際にいじめを止めることができるかと問われれば多分そんな勇気はないし、人殺しと戦えるかといえばそんなことは絶対にしたくはない。


 「でも―――」


 だからといって、それが雨桐を見捨てる理由にはならないし、俺がここで動かない理由にもならない。

 加えて、こんな行動に出ている理由なんて少し考えればすぐに思い至る。


 「自分の身が大事だからって、依頼を途中で放り出すわけにはいかんだろ」


 絶句。

 おそらく俺は当たり前のことを言ったはずなのだが、この部屋にいる俺以外の全員が絶句していた。


 「……お前、頭おかしいんじゃねぇの?」


 数秒して、上垣が若干引き気味にそんなことを言った。

 確かに俺は一般人から結構ズレているという自覚はあるが、そこまで言われる筋合いはないぞ。

 それはともかくだ。

 おおよそ時間は稼いだ。これ以上は会話を続ける自信もない。

 立ち上がり、埃を払う。


 「さて、そろそろ雨桐を返してもらっていいか? その方が互いにとってためになると思うんだが」


 こちらは雨桐を安全に確保し、あちらは罪状が軽くなる。

 交渉条件としては成立しているのだが、これは逃げている相手に「待て」と静止を促しているようなもので。


 「アホか、そう簡単に人質を渡してたまるかよ」


 待てと言われて待つバカがいるわけがいないというのがこの世の摂理か。

 雨桐にはまだ人質としての価値がある。

 うまく使えば、突入部隊が来ても雨桐の安全のために手が出せないという状況も作り出せる。なんにせよ、彼らにとって雨桐という人質は命綱である。そう簡単に手渡すわけにはいかないというのも頷ける話だ。

 ただ、今回に限ればこちらに大きな分がある。


 「あほはお前らだ。このまま雨桐を人質として使い続けて、その先に何がある?」

 「どういうことだよ?」

 「もしここに突入部隊が到着して、お前らが雨桐を盾に確保を逃れたとして、その後どうなると思う?」


 男達は黙り込む。

 こんなのは小学生でもわかる問題だ。だが、彼らは認めたくないからこそわからない。脳が理解することを拒んでいる。


 「雨桐を無傷で確保できないという結論になると、次にやってくるのは警察だろうな。そうなりゃちょっとした事件だ。ニュースとかで取り上げられてお前らちょっとした有名人になれるかもな」

 「なんだそりゃ」

 「事実だ。俺らだって警察に頼るのだけは避けたいが、雨桐の安全には代えられないだろ。もし抵抗を続けられたらそうするしかない」


 つまり、この状況に追い込まれた時点で、どう転んでも雨桐は確実に確保できる。条件が条件なだけに、雨桐が殺される可能性は限りなく低いだろうしな。

 ただ、雨桐を確保した後が問題だ。


 「ちなみに補足しておくと、俺らは雨桐を無事に返してもらえさえすれば、事を穏便に済ませる気でいる。当然だな、学校側だってわざわざ悪い事件を報道なんかされたくないだろ」

 「……んなもん信じろっていうのか」

 「わからねぇか、俺らとしてもこれは大迷惑な話なんだ。わざわざ事を大きくする必要はない。もちろん、お前らにはそれなりの罰則があるだろうが、可能な限り軽度なものになるはずだ」


 男達が顔を見合わせる。

 少し考えればこれが運動部だけでなく、学校側の責任問題になるということは理解できるだろう。

 そのことを可能な限りわかりやすく説明して、その上でさらに事実を突きつける。


 「もしこの問題が警察沙汰になったりしたら、まずお前らは多分少年院行きだろうな。誘拐に軟禁、立派な犯罪だ。そうなれば部活ができなくなるどころか、前科一犯っていう汚名が生涯付き纏う。好きなスポーツはもう陽の下でできなくなるかもな」


 脅しを含んだ説得。

 だが、これ以上の最善はない。

 彼らとて理解できたはずだ。どうせ捕まるのなら、さっさと捕まってこれ以上罪を重くしない方が賢明であると。

 もしここで警察に捕まったりなどしたら、自分達だけでなく部活の先輩や後輩、さらには(それほど重視していないかもしれないが)学校側にも迷惑がかかる。それも多大な損害を負うものだ。

 ただ部会にどうしても勝ちたいからというちっぽけな理由だけで、そこまでの被害を周りが被ることになるとは予想していなかったのだろうか。なんにせよ、リターンに対して負うリスクがどれほど巨大なものか、ここで正しく理解できたはずだ。

 だとすれば、雨桐を開放するのが彼らにとって最善ではあるはずなのだが。


 「ハッ!」


 後ろに控えていた男子学生四人が不安な表情で目を見合わせている中、上垣だけは違った。

 笑っている。それは俺にとって予想外の反応だ。一気に緊張が走る。


 「確かにお前の言う通りだな。これ以上は無駄だってよぉくわかった」

 「そうかよ、なら―――」

 「だがな、こっちにだって意地があるんだよ」


 上垣は足を前に踏み出す。


 「ああそうだよ、どうしようもなく俺らの負けだよ。これ以上は誰にも迷惑はかけられねぇ。でもな、やられっぱなしってのは性に合わねぇんだよ」


 ずん、と上垣が俺の前に立つ。

 でかい。身長は百八十センチくらいあるだろうか。見上げなければ相手の顔が見えないくらいだ。

 そういえばさっきからおもいっきりタメで話していたが、多分この人先輩だよな。他の四人とは違って、それなりの貫禄がある。


 「だから、せめてお前にだけは勝つ。悪く思うなよ、俺にだって意地があるんだよ」

 「そうかよ、正直勘弁してほしいですね」


 今更になって敬語を使った直後、上垣先輩の体が激しく動いた。

 避けるくらいはできたかもしれないが、あえて踏み留まる。

 歯を食いしばり、そして。


 「折無くん!!」


 顔面に衝撃が走る。

 強烈な右フックだった。手加減はしてくれただろうが、それでもガタイのいいスポーツ男子の一撃だ。俺の体など簡単に吹き飛び、地面に激突する。

 雨桐の悲鳴が聞こえたと思ったら、次は激しい物音が鳴った。痛みで認識が遅れたが、俺がぶつかったせいでいろいろなものが倒れたらしい。

 正直に言ってしまえば、このまま倒れ伏していたかった。ついでに言えば気絶できていたらどれだけ楽だったことか。

 立ち上がる理由なんてないし、そもそも俺の役割はここで終わりだ。こういう結末になることは可能性の一つとして予想できていたが、任務は達成できた。

 だが、それじゃああんまりにもつまらないというものだろう。


 「上垣、これはやりすぎだろ!」

 「おい、大丈夫かよ」


 男四人が俺に駆け寄ろうとしているのを上垣が制止する。

 俺が左頬を押さえ、痛みに耐えながらも懸命に体を起こそうとしているのを見たからだろう。

 他の四人もその様子に驚いたようにこちらを見ている。

 顔面が痛い。ついでにぶつけた身体の節々も痛い。どうしてこんな状態で冷静に周囲の状況を把握できているのかわからないくらい思考はぼんやりとしている。

 立ち上がり、正面を見据える。


 「これで正統防衛って立派な理由が、できたな」

 「あ?」

 「はっきり言うとな、俺だって少なからずムカついてたんだよ。―――っ、事態をここまで大きくして、何の罪もない雨桐を巻き込んで、余計な手間、かけさせやがって」


 痛みに耐えつつも、上垣を睨む。

 そもそもこの事件は引き起こす必要のなかったものだ。

 前に九に説明したが、運動部側は俺が「例外」を起こさなければ確実に勝利できていた。たとえこちら側の何かを警戒していたのだとしても、わざわざ犯罪に手を染めてまでその可能性の芽を潰すリスクを背負う必要などなかったはずなのだ。

 いや、それよりももっと前。

 どうして雨桐が動く必要があった?

 最初の最初、雨桐が俺達に依頼をしてきた理由。

 運動部が部会を掌握し、文化部を迫害していたから。

 そんなくだらない理由で、どうして雨桐が動く必要があった?

 誰かがおかしいと気付くべきだった。力のあるものが、しかるべき方法で解決すべきだった。

 何年も続いているとなれば尚更だ。力を持っているはずの運動部の誰かが正義感を持ってこの事態を解決し、部会を良い方向へ持って行けばよかった。数年の間にそういうヤツが一人くらい現れてくれていれば良かった。

 どうしてそれがなかった? どうして力のない雨桐が立ち上がらなければならないほどにまでこの問題を放置してしまった?

 そして、なぜそれで俺が巻き込まなければならなかった?

 なんとも理不尽な話だ。運動部のヤツらが自分のケツを自分で拭けないからと、俺がその尻拭いをさせられているようなものだ。

 これが憤らずにいられるだろうか。


 「雨桐、目瞑ってて、くれ」


 あの時と同じ命令。

 彼女が本当に目を閉じてくれたのかどうかはわからない。

 だが、もはやそこに気を配る余裕などなかった。


 「さっき、意地があるって、言ったな」


 ゆらりと俺は右手を前に出す。


 「そりゃそうだ、俺にだってプライドくらいある。だから、悪いけどお前ぶん殴るわ」


 そして、魔法を行使した。

 雨桐と出かけた日曜日にも使った黒い球体の映像を作る魔法。

 ただし、今回はその球体の位置と大きさを調整している。

 前にいる五人の頭、その一つ一つを覆う程度の大きさ。ヤツらからしてみれば、ぱっと暗闇に囚われたようなものだっただろう。


 「なんだ、何が起きた!?」

 「野郎、照明を落としやがったのか!!」


 まぁ、そういう認識になるのも無理はない。

 この舞台下用具置き場には窓が一切なく、照明を落としてしまえば真っ暗になる。

 魔法なんて常識外れな技を知らない彼らは、当然そう認識するのだが。

 一方で、俺の視界はクリアだった。

 照明は相変わらず点いているので、ヤツらの体がはっきりと見える。

 喧嘩の経験はほぼないし、人を殴るのだって苦手だ。上垣のように人を吹き飛ばすような真似はかなり難しいだろう。

 だが、暗闇に囚われて棒立ちになっている木偶の棒を殴る程度のことは俺にでも容易くできる。

 痛みを堪え、駆け出す。

 勢いをつけて、拳を握り、魔法を解除した。


 「一つだけ、言っておいてやる」


 上垣からしてみれば、突然俺が目の前に現れたようなもので。

 反応が追いつくはずもなく、俺は拳を振りぬいた。


 「仮にもスポーツ選手なら、こんな汚い手使ってんじゃねぇ!!」


 渾身のアッパーを打つ。

 それは見事に上垣の顎を捉え、ぐらりと巨体が揺らいだ。

 突入部隊が扉を開けたのは、上垣の体が地面に倒れ伏すのと同時。

 そして、俺が脱力してその場に座り込んだのと同じタイミングでもあった。

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