どうしようもなく世話焼きで、 4-29
というわけで放課後になった。
ほぼ一時間ずっと座りっぱなしという軟禁状態を六回こなし、それから開放された生徒達。
これから遊びに行く者もいれば、家に帰ってゲームの世界にのめり込む者もいるだろう。もっとも大半の者は部活に向かうわけだが、とにかく大抵の生徒が歓喜の色に満ちている。
そんな生徒達を後目に、俺はさっさと荷物を纏めて教室を出た。
「行くのか?」
意気揚々(というほどではないが)と教室を出たところで、高野が待ち構えていた。なんかお久しぶりな気がしますね。
それにしてもおっかしいなぁ。誰よりも早く教室を出たと思ったのだが、どうしてこいつは俺より先に教室の外にいて、俺を待ち伏せできていたのだろうか?
考えるだけ無駄なので、とりあえず対応することにする。
「ああ、まぁな」
「ふっ、とりあえず例の件は任せておけ。既に仕込みは済んでいる」
「そうか、助かる」
素直に礼を言うと、高野はふっと笑って俺に背を向ける。
「妙に素直な折無は、正直気持ち悪いな」
「その言葉お前にだけは言われたくなかったわ」
一番(いろんな意味で)気持ち悪いヤツに気持ち悪いとか言われてショックを受ける俺を後目に、高野はすたすたと廊下を歩いていく。
なんだか出鼻を挫かれた気分だが、とりあえず気を取り直して目的地に向かうことにする。
さて、そんな俺に待ち受けているのは、問題の部会長選挙である。
ついに本番がやってきたのだ。
部会長選挙が始まるのは午後四時三十分から。ホームルームが終わって生徒達が開放された現在が午後三時五十分なので、あと四十分弱程度の時間がある。
既に会場の設営は終わっており、あとは細かい準備をするだけだ。
生徒会補助委員である俺だが、その準備を手伝う必要はないらしい。だが、なんにせよ会場には集合しなければならないので、特に用事のない俺は早々に体育館に向かうことにしたというわけだ。
鳳城学園の体育館は部室棟からほど近い場所にある。
唯一変わっているのは、体育館のある建物が三階あるということだろうか。
一階には学食やら剣道場やらといった施設があり、体育館の本体(?)は二階にある。
本校舎と体育館は、本校舎の二階から行くことのできる直通の連絡通路で繋がっており、俺は本校舎の方から二階へ上がって体育館に向かうことにする。
途中に通過する連絡通路はほどよく広く、そして長い。形状としては橋のようになっているここは学生達が青春を刻む一ページの舞台としてはうってつけの場所だが、今は部活に所属している者が多く体育館になだれ込むだけのただの通路に過ぎなかった。かくいう俺もその人波に逆らわず、体育館へ。
そして体育館入り口前にまで来ると、そこで人波を抜けて左脇に向かう。
体育館二階の外周には細い通路があり、普段は一般生徒もここを通行することができるが、今日は関係者用通路となっていた。
もちろん俺は関係者で、特に何の負い目もなく通って左脇の通路にのみある階段を上へ。体育館の三階へ向かう。
無骨なコンクリートの階段を上りきると、年季がいって錆付いた扉があった。それを開けて中へ。
体育館内部には、バスケコートなどのある、いわゆる体育の授業で使われる二階部分。そしてイベントなどの際に活用されることの多い、二階を一望できる狭い三階部分がある。
垂れ幕を垂らすための欄干があったりする体育館の上階部がある学校はそう珍しくないだろうが、この鳳城学園の三階は他校とも一色違っている。
垂れ幕を垂らす欄干のある通路は他校とそう変わらないが、舞台の対面側、いわゆる体育館の後方部分(入口上部)にあたる箇所に、広いスペースがある。
ここがイベント時に使われる、関係者専用スペースである。
「来たようだな」
俺が三階に上がってきたのは体育館の横手にあたる箇所だったので、そこから細い通路を通って例の関係者用スペースに出ると、さっそく結月に発見された。
関係者専用スペースには生徒会以外の人間(おそらく風紀委員や部会長選挙実行のために集められた人員などだろう)がいたが、それでもまばらだ。誰かがここに来れば、それに気づくのは容易い。
ホームルームが終わってからすぐにここへ向かってきたというのに、結月や東雲先輩、九といった生徒会の主要メンバー(九は正確にはまだ生徒会役員ではないが)が既に揃っていた。ワープでもしてきたのかこいつら……?
「集合時間ギリギリだが、まぁいいだろう。合格にしておいてやる」
え、集合時間とか聞いてないんですけど。
というか現在時刻が三時五十九分ってことは集合時間は四時だったということなのだろうか。ホームルームから十分しか猶予時間がないとか軍隊かよ。いやまぁ最速で来たから間に合ったけど。
欄干の上からちらりと下を見ると、体育館には既に生徒が集まりつつあった。そのほぼ全てがなんらかの部活に参加している生徒ということになる。全校集会ほどの規模ではないとはいえ、その数はなかなかのものである。
壇上には椅子が八つ。その主は未だ一人として現れていないが、今日の選挙では八人の立候補者の内、六人が実質的に外野扱いということになるはずだ。
しかしこうして普段は入ることのない三階部分から下を見下ろしていると、なんというか気分が高揚する。
優越感、というのが一番近いだろうか。いや別に下々の者を見下ろすのが楽しいとかではなく、自分が普段は位置している「参加する側」ではなく「主催の側」であることを実感できることが楽しいのだろう。
「折無君折無君、こうして普段は入らない三階部分に立っていると、なんというか気分が高揚してきますよね」
九が若干興奮気味に話しかけてくる。
そうだろうそうだろう、やっぱりお前もそういう気分になるよな。共感者がいるというのは嬉しいことだ。
「わかるぞ、沙奈。私も一年前はそうだった。今はもう慣れてしまってあまり有難みを感じないがな」
結月が腕を組んでうんうんと頷く。
えぇ、なんか結月と同じというのはそれだけで嫌な気分になる。いや理由はよくわからないが、この姉と同じというのは俺の中で細胞レベルで嫌悪に値するものなのだ。
「しかし、ついにこの日がやってきてしまったな」
既に百人程度の生徒が集まりつつある二階を見て、結月は何の感慨もないような声色でそう言った。
確かに、ついにこの日がやってきてしまった。俺や九、雨桐にとってはこの上なく重要な日であり、ここが勝負所ではあるのだが、結月からしてみればそうではない。
「私達はそちらの準備にあまり手を割かなかったが、実際のところはどうなんだ?」
結月や東雲先輩といった生徒会役員達は、選挙活動に必要な演説内容や備品作り、その他手続きなど様々な面で俺達をサポートしてくれていたが、選挙活動そのものに深く関わってくることはなかった。
それはおそらく、今回の選挙について雨桐から依頼を受けたのは俺達補助委員であり、生徒会ではなかったためだ。
補助委員が発足された目的は、多忙な生徒会に代わり生徒の様々な面をサポートすること。となれば今回の依頼に生徒会が手を出さないのは当然といえば当然だが、それ故に今回の部会長選挙に対する思い入れはそこまでないだろう。
それでもこうして俺達に様子を訊ねてくるのは、もちろん単純な興味本位で気になるからというのもあるだろうが、生徒会から派生した組織の初仕事がどうなっているかを確認しておく必要があるからだろう。
結月の目線の先にいた九は、その質問が自分に対してのものだということに気づき、少し目を伏せる。
「正直なところ、あまり良くはないです。事前調査では圧倒的というほどではないにしても、サッカー部の菅原先輩がかなりの支持を集めています。相浦先輩も多くの支持率を集めていますが、それでもあと一歩足りません」
「ふむ、まぁ予想通りの展開だな」
九の凶報を聞いて、結月はあっけからんとそう言い放つ。
「だが沙奈、お前はよくやった。これ以上ない戦果といえるだろう。だから、お前の仕事はここまでだ」
急に褒められ、惚ける九を置いて、結月は俺を見る。
「で、沙奈のお膳立てがあって、その先に勝算はあるのか?」
「は? なんで俺に聞くんだよ」
「今の状況で全てを掌握できる存在がいるとすれば、お前を置いて他にいないだろう」
なんで俺はこんなに過大評価されてるんですかねぇ。
これでもあなたの不肖の弟であり、姉と違って出来損ないの生徒会役員(性格には以下略)だ。そのことはこの姉が一番良く知っているはずなのだが。
「勝算はある。けど、策を今言うことはできないな」
「ふむ、ということは生徒会にバレるとまずい作戦ということになるのか?」
「そうだ。言ってみりゃ最終手段みたいなもんだからな」
別にもったいぶっているわけではなく、これは本当に生徒会の面々の前では言えないことだ。
先にこの作戦がバレてしまえば、下手をすれば結月に止められる可能性もある。だが、それでも結月にこの策が「生徒会にバレるとまずい」ものであるということを伝えたのは、遅かれ早かれこの件については必ず知られると考えたからだ。
だが、どうせバレるなら後の方がいい。部会長選挙が終わり、結果が全て確定した後ならば、いかに結月といえどそう簡単には結果を覆そうとはしないはずだ。
「わかった、ならやってみるといい。私は結果を見て判断させてもらうとしよう」
そう言って、結月は心底楽しそうに笑みを浮かべていた。
相変わらず何を考えているのか読めない姉だが、ひとまずこれで結月の邪魔が入らないことは確定したと思っていいだろう。若干一名、人一倍正義感の強いヤツのジト目がこちらを睨んでいるのは気になるが。
「やぁやぁ、なんか面白そうな話してるね~」
結月と俺の会話がちょうど終了したところで、タイミング良く相浦先輩が現れた。
部会長候補者は本来二階にある舞台袖の控室に集まるよう指示が回されているはずだが、生徒会より支援を受けている相浦先輩に限っては、(結月の権限で)選挙が始まる直前までこちらで待機してもらうことになっていた。
全ては雨桐の二の舞にならないように、相浦先輩に直接危害が及ばないようにするためだ。
ちなみに相浦先輩の傍には軽音部部員が二人控えている。ボディガードのように見えなくもないが、ただの付き添いだろう。どっちも女子だし。
「来たようだな、聖奈」
「結月ちゃんおっすおっす。あ、弟くんもやっはろ~」
なんかすっげぇ軽いノリの挨拶が二つほど飛び出した。前々から思っていたが、この人絶対ネット民だよなぁ。
ところで東雲先輩といい相浦先輩といい、俺の代名詞が「弟くん」で固定されつつあるのだが。伝わるから別にいいが、なんというかその呼び方は妙にくすぐったいのでちょっと苦手だ。
などと考えている間に、相浦先輩は東雲先輩と両手のハイタッチを交わしつつきゃっきゃしていた。結月とも呼び捨ての関係になっているし、この一週間でそこまで仲良くなれる女子マジすげぇ。
「うむ、これで役者は全員揃ったかな?」
一応、ここに集合するように命じられていたメンバーはこれで全員だ。
特に準備することもなく、あとはざっと打ち合わせをして部会長選挙に臨むだけなのだが。
「待ってください、雨桐さんがいません」
九が今回のもう一人の主役とも呼べる人物がまだ到着していないことを指摘する。
相浦先輩と一緒に来るかと思っていたのが、付き添いの軽音部員は二人とも雨桐ではない。
「弥生ちゃんなら、まだ見てないけどなぁ」
当の相浦先輩も、不思議そうに首を傾げていた。
雨桐の真面目な性格であれば、もう会場に到着していてもおかしくないはずだ。
もしや二階で会場の準備を手伝っているのかと思って相浦先輩や結月が下に目を向けるが、相浦先輩が他の軽音部員達の姿を発見した程度で、雨桐の姿はない。
「う~ん、何か用事があって遅れてるのかなぁ?」
「それにしても何の連絡もなく遅れるというのは少し変だろう。ラインやメールは来てないのか?」
結月が相浦先輩に確認するが、雨桐からの連絡はないらしい。
流石に変なので相浦先輩から雨桐にコールしてもらうが、数秒間待っても繋がらなかった。
「変だなぁ。いろいろ立て込んでるし、電話に気付かないのかな?」
流石に、何かがおかしい。
あるいは考えすぎかもしれないが、疑り深い性格の俺は、どうしてもこの違和感を「杞憂」という言葉で片付けることができそうにない。
「俺、ちょっと探してきます」
「あ、私も行きます」
何故か付いてきた九と共に、俺は先程通ってきた通路を逆戻りして外に出る。
狭い通路では横になって歩かず、九が俺の後ろに付く形になった。
「折無君、私、なんだか嫌な予感がします」
後ろから話しかける九の声には、緊張があった。
軽いジョークでも言って気を紛らわせてやろうかとも思ったが、俺はそこまで器用ではない。代わりに面白い話をしてやることにする。
「なぁ九、お前の嫌な予感って良く当たる方か?」
「えっと、どうでしょう? あんまりそういう経験はありませんが」
「そうか」
まぁ、人生の中で「嫌な予感」というものをはっきりと認識できる機会は少ない。それが当たったかどうかなどを気にする者は少ないだろうし、憶えている者はもっと少ないだろう。
「ちなみに、俺の嫌な予感は割と良く当たる方だ」
ごく一部、俺みたいな人間を除いては、だが。




