どうしようもなく世話焼きで、 4-25
自宅に帰ってきて、俺は真っ先に自室に足を運んだ。
暗くなった部屋で電気もつけず、うっすら見える視界と馴染んだ記憶を頼りに鞄を机の上に放り投げ、制服のまま仰向けにベッドへダイブする。
問題を整理しなければならない。
今回雨桐が持ちかけてきた依頼は、部会をどうにかしたいというものだった。
その方法として俺は雨桐に近しい仲で、唯一部会長に立候補する権利のある相浦聖奈先輩に目をつけ、彼女を部会長にしたてあげ、それを雨桐が手助けすることで、実質雨桐が部会を支配している、という状況を作り出すことで解決しようとした。
この依頼を額縁通りに捉え、完遂するのであれば、この路線のまま突き進めばいい。他の何かを気にする必要などない。
だが、俺は雨桐が人の上に立つべき人間ではないと判断し、この依頼を失敗へと導こうとしている。
その際、言い出しっぺである雨桐と、気合を入れて依頼に臨んでいた九は多少なりともダメージを受けてしまうだろうが、この先雨桐が部会を仕切ることになって受けるダメージよりかは極端に小さなものだと思っている。
少し逸れてしまっただろうか。
まずは問題の根幹について定義しよう。
考えるべきは「成功させるものは何なのか」だ。
今回、成功させるべきものは二つである。
雨桐から受けた依頼か、この件に関わった者達が最も軽傷で済む場所へと着地させることか。
もしも雨桐が俺に直接依頼をしていれば、俺は何を置いても前者を優先しただろう。だが、この依頼は補助委員に対しての依頼で、突き詰めれば九に対する依頼だ。
まぁ、俺がそう勝手に決めつけてあえて逃げ道を作っているだけだが、これによって俺の「頼み事を絶対に断れない」という厄介すぎる性分は発動しない。
よって、本来であれば俺は依頼など放っぽりだしてしまうところなのだが、この問題は今やどう転がしても無視できない存在となり果ててしまっている。それは、「自分のせいで誰かが悲しむことになるのは避けたい」という俺のエゴによるものだ。
故にこそ俺はこの件を自分の手で終わらせる必要が出てきた。
即ち、先程俺が挙げた二つの成功例―――依頼を完遂するか、無難な地点に着地させるかだ。
あるいは俺が手を出さずに激流に身を任せるという手もあるのだが、いずれにせよどれを選んでも厄介なことになるというのは確定している。
より具体的に説明しよう。
まず依頼を完遂させた場合。これについては東雲先輩に説明した通り、部会において雨桐が多くの悪意を目の当たりにして心を痛める可能性が高い。
これを失敗させる方法は簡単だ。ただ相浦先輩を落選させてやればいい。
そもそも相浦先輩を部会長役として選出したのは、部会長に全てを話、雨桐に協力してもらった方が効率がいい。という理由だったのだが、これは建前でもし運動部の誰かが部会長になった場合、運営が例年通りなら文化部から出る意見は全て無視されることになるだろう。もちろん、雨桐が部会長補佐というポストに就くことなど不可能だ。
よって、今となっては文化部からの唯一の立候補者である相浦先輩が落選した場合、雨桐には打つ手がなくなる。実質的に今回の依頼は達成失敗ということになる。
次に誰もが軽傷で済むようにこの件を着地させた場合。軽傷で済ませるつもりではあるが、どうも軽傷で済まなそうな人物がいる。
それが九沙奈だ。もし誰もが軽傷で済むように取り計らった場合、この依頼を失敗させる必要がある。
もしも依頼を失敗させた場合、真面目な九はひどく責任を感じ、間違いなく落ち込むだろう。
俺はまだ九のことをよく知らない。だから、落ち込むということがわかっていても、それがどの程度のものなのかわからない。あるいは、俺が一番恐れている「雨桐が傷ついた状態」と同じレベルのものになる可能性だって十分にあり得る。
だが、安定した状況があるとすればそこだろう。あくまで「九が大きく落ち込む可能性がある」という話で、俺はそれほど深刻な事態にならないと思っている。
それでも少しの可能性があるのであれば、それもできる限り避けたい。となれば、もはやこれは八方塞がりだ。
依頼を成功させれば雨桐は傷つき、依頼を失敗させれば九が落ち込む。
ここにきて依頼を成功させるか、失敗させるかという問題は行き詰る。ここから導き出される結論は、最も安定する可能性の高い、依頼を失敗させるという選択肢を取ることだけだ。
だが、もしそれを拒絶するのであれば。
これ以上同じ問題で悩んでいても仕方がない。ということで、問題を別のものにしよう。
俺はこうして雨桐の依頼に関して一人でぐだぐだ考え込んでいるわけだが、果たしてそれは正しいのだろうか。
簡単なことだ。
この問題の当事者は雨桐であり、俺ではない。
だからといって雨桐に全ての責任を押し付けるというのも間違っている。もはやこの問題には九も深く関わってしまっている。彼女は雨桐―――ひいては相浦先輩を部会長にするために、彼女達の選挙活動において様々な支援を行ってきた。
九の支援なしに今現在獲得している支持率を手中に収めることは難しかっただろう。それほどまでに、九の貢献度は大きい。
それに対して俺がしたことといえば、せいぜい運動部連中の票数を口減らしした程度で、戦局に影響するようなことはほぼしていない。
なにより、俺はもう九に「自分は巻き込まれてしまっただけ」と宣言してしまっている。これはつまり、俺はこの問題の中心付近にいないということを明言してしまったようなものだ。いや、実際そうだと俺は思っている。おそらく、結月や東雲先輩のように第三者視点でこの件を観察している人も、同じように言うだろう。
あの日、雨桐の本質に気づいてしまった時から、俺は自分が就くべきだった裏方という持ち場を放棄してしまった。だが、もしもこの依頼について何らかの方法で関わるのならば、俺はその位置に就く必要がある。
勝手に就くことはできるだろう。しかし、その方法で得られる結果は、雨桐の傷か九の落胆だ。
理由は単純。
この件から雨桐と九をマイナスではない方向へと導くためには、彼女達に足りないものを、彼女達のどちらか、あるいは両方が補う必要がある。
そしておそらく、残り二日という短い選挙期間では得ることのできないものだ。だが、何かしらの外的要因さえあれば、あるいは獲得することができるかもしれない。
その外的要因になり得る言葉の心当たりが、俺にはある。それも、雨桐にだけに。
もしその心当たりを実行するのであれば、俺は雨桐と正面から向き合わなければならない。勝手に裏方という立場に立ってできる行動は、依頼の成功か失敗を俺の采配で決めるということくらいだからだ。
つまり、第三の選択肢を得るためには、雨桐の問題を解決しなければならないということになってしまう。
だが、これは賭けだ。
もしも賭けに敗北すれば、待ち受けるものは悲惨な結果に違いない。それこそ、全てを失う可能性だって大いにある。
こうして選択肢は二つになり、結果は三つに分かれた。
誰か一人を失い、最低限の犠牲で済ませるか。
失敗すれば全てを失うが、成功すれば万事がうまくいくかもしれない賭けをするか。
東雲先輩は言っていた。「迷っていることこそが答え」だと。
言葉の意味はわかる。
当初から考えていた「最小限の被害で済ませる」という最も安全な道を選ぶのであれば、そもそも俺は迷う必要などなかった。
出てきた選択肢を捨て、迷いを捨て、初志を貫徹すべきだったのだ。
だが、俺は迷うという愚行を犯し、あまつさえそれを他人に暴露してしまった。その時点で道は決まったようなものだ。
なら、俺は今度こそその意志を完遂しよう。たとえそれがどのような結果に終わるとしても。




