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魔法使いにできないコト  作者: 水無雲夜斗
第四章 どうしようもなく世話焼きで、
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どうしようもなく世話焼きで、 4-24

 上履きから外靴に履き替えて校舎を出ると、既に陽は沈みかけていた。

 まだ後者に残っている生徒も、遅くまで練習していた運動部や、だべっていただけの女子といった面々ばかりで、それもまばらである。

 どちらにも当てはまらない俺はというと、まぁ補助委員室で頭を冷やしていただけだったりするわけだが。

 おかげでだいぶ冷静になれた。

 九にああいう言い方をしてしまったのは後悔すべきことだが、いずれにせよ彼女にはこの選挙に対する意欲を失ってもらう必要がある。

 元々相浦先輩の支持率があまりよろしくないということもあったし、俺の言葉がトドメになったのならそれはそれで結果的には良かっただろう。

 これで九は自分一人の力ではどうにもできず、唯一頼りにできる俺という切り札を失った。……自分で自分を切り札とか評するのちょっと痛すぎるな。

 ともあれ、これで何も起きない限りは今回の部会長選挙も例年通りの結果に終わるだろう。

 そう、俺の考えが変わらない限りは。


 「あれ、弟くんじゃん」


 グラウンドの方を見つつ、立ち止まって考え事をしていると、後方から声がかかった。


 「……東雲先輩」


 まさかのふわぽわ眼鏡先輩だった。

 むしろ助かったというべきか。

 これが結月だったら最悪だったし、九でも最悪だった。雨桐も最悪かもしれない。すげぇな俺、誰と出会っても最悪だぞ。まぁコミュ障の俺はいつどこで誰と出会ってもあんまり気分はよろしくならないんだけどね!


 「何してるの?」


 歩み寄ってきた東雲先輩は、俺が先程まで向けていた視線を辿るようにしてグラウンドを見る。

 そこには誰もいない。下校時刻間近ということもあって、運動部の連中も切り上げた後である。

 薄暗くなったグラウンドは、昼間の活気が嘘のように静まり返っていた。


 「運動部の視察? もうみんな帰っちゃったけど」

 「いや、そういうわけじゃないっす」


 最悪の相手ではなかったが、思えば東雲先輩と二人きりで話をするのも初めてのことだ。何を話していいのかわからない。

 こういう時はさっさと話を切り上げてしまうに限る。

 今こそ俺が編み出した折無流ぼっち術「それじゃあ、用事があるので」を使う時だ。


 「じゃあ先輩、俺用事が―――」

 「選挙活動の方はどんな感じなの?」


 おおう、まぁこの先輩相手に対一般人用の技が通じるわけもありませんよね。

 しかしここでその話題に触れてくるか。タイミング的には最悪と言って過言ではない。


 「まぁ、ぼちぼちっす」


 なのでここは常用句で通しておくことにする。

 それにしてもこの言葉を考えた人は偉大だな。これほどまでに曖昧かつ相手に追及をさせ辛くする言葉もそうないだろう。


 「ぼちぼちってどれくらい?」


 そうでしたこの人には対一般人用の言葉は通用しないんでしたッ!!


 「あー、まぁ」


 ここで「あー、まぁ」って何だよ俺。アーマーなの? そうです何も言いたくないんです絶賛防御態勢中なんです。

 とはいえ言葉が全く浮かんでこないのも事実。どのような言葉を捻り出そうかと悩んでいるところで、東雲先輩がふわりと微笑んだ。


 「あんまりよくないんだよね?」


 驚きだった。

 結月ならともかく、当事者ではないはずの人にここまで見抜かれていることは。

 今の「あんまりよくないんだよね?」は、表面上のことだけを指した言葉ではないということが、俺にでもわかった。

 この人は知っているのだ。九がどれだけ頑張っても選挙に勝つことができず、俺が手を貸せばあるいは逆転もあり得るこの状況で、俺が傍観を決め込む気でいることに。

 だからこそ、俺は思わず一瞬だけ表情を固くしてしまった。それは図星だと言っているようなもので。


 「やっぱりそうなんだ」

 「……カマかけました?」

 「違うよ。あえて言うなら確信はなかったけどそれに近いものはあった、かな」


 まぁその辺はそうか。

 これが結月なら確信をもって最初からばっさり切り込んで来ていただろうが、あれほどの人間はそうはいない。

 だが、それでも。


 「やっぱり、東雲先輩って結月の友達っすね」

 「それってどういう意味?」

 「いわゆる類友ってヤツだと思います」


 結月は弟である俺から見ても天才だ。

 それは魔法使いとしてでもあるし、人間としても常識の枠に収まらない才能をいくつも持ち合わせている。

 その結月の友人である東雲先輩は、普段ふわぽわしていてちょっと頼りがいがなく、実のところ最初の頃は「何故こんな人が結月の友人なのだろう?」という疑問を持ってすらいた。

 だが、生徒会初期であり結月の友人でもあるこの人も、やっぱり他の人にはない才能を持っている。そういう「すごい人」の中に入る人間の一人なのだ。

 東雲先輩は俺の言葉を受けて儚げに微笑んだ。

 今の俺にはその微笑みの裏に何があるのかを想像することはできなかったが、このふわぽわしていて心に深みがないように思える先輩も、きっと何かを抱えているのだろう。


 「それで、何でうまくいってないのか、よければ聞かせてもらってもいいかな?」


 東雲先輩はそれ以上は話を伸ばそうとはせず、話題を元へと戻す。

 つまり、これ以上は触れてほしくない部分なのだろう。そして、俺も東雲先輩のそういった部分に触れる気はさらさらない。わざわざ藪をつついて面倒なものを引っ張り出す趣味はないのだ。

 ではここで本題に集中しよう。

 俺が抱えている問題。それは表に出す必要のないものだ。

 このまま俺が沈黙を貫けば、全てが比較的安定した道を辿ることになるだろう。

 多分、東雲先輩もそれはわかっている。その上で、あえてそう訊ねてきたということは、それなりに理由があるということだ。

 東雲先輩は「よければ」と前置きをした。つまり、これは俺に対する選択肢だ。

 沈黙を貫いて安定の道を辿るか、あるいは、まだ心にほんの少しの迷いがある、もう片方の道を選ぶか。東雲先輩は、この場で選択を決定させる気でいる。


 「……」


 すぐに返事をすることはできなかった。

 確かに現状では俺は九や雨桐に手を貸すつもりはないが、それでもまだ迷っている部分がある。

 熟考の余地はあった。でも、どうしてもこの場で答えを出すことはできない。

 だからこそ、せっかくの機会を俺は棒に振ろう。語りはするが、これを判断材料の一つとすることにしよう。


 「雨桐のヤツ、泣いたんすよね」


 どう切り出していいのかわからず、自然と出てきた言葉はそんなものだった。


 「あの日、あの事件の後、運動部連中を撒いて一息ついたところで、あいつ泣きながら言ったんすよ。『わからない』って」

 「……」

 「多分、普通ならその『わからない』は『どうしてこんな目に合わされるのかわからない』って解釈すると思うんすけどね。なんつーか、恐怖から来る言葉だって」


 それならそれで良かった。

 ただ自分が危険な目に遭ったことを恐怖しただけなら、慰めるなり激励するなりある程度のやりようはあった。


 「でも、そうじゃなかったんすよ」


 これは完全に俺の思い違いかもしれない。

 その可能性を完全に捨てきったわけではない。俺はただ深読みをしすぎているだけで、真実はもっと単純なものなのかもしれない。

 だが、俺の脳裏に焼き付くあの涙が、それを肯定してくれない。

 雨桐は、多分―――


 「あいつは、理不尽ってヤツを理解できてない。今まで真っ当な道しか歩いてこなかったから、外道を知らない」


 だから、きっとあの涙の意味は。


 「雨桐は、人の心の醜い部分を見て恐怖するタイプの人間なんすよ。それこそ、危険な目に遭った恐怖なんか気にならないくらいに」


 肉体ではなく、精神的な恐怖。

 自分の身に危険が迫っているから恐怖したのではなく、人の心が生み出す悪意に怯え、竦んでしまう。

 俺が思っている以上に、アイツの心は強いようで脆かった。

 それこそが、俺の最大の誤算。それも、全てをひっくり返すほどの決定的なものだ。


 「あいつに人を引っ張っていく力はない」

 「それって……」

 「部会長になる―――今回の場合は部会を裏で操るには力不足が過ぎるってことっすね」


 人の上に立つと、それなりに人のことを見る機会が多くなる。

 そうなると当然、人の汚い部分も見なければならなくなるだろう。今回の場合は、部会の一端を担う運動部が既に汚い部分を曝け出しているので、部会長になればそういう人間を見ることになるということはほぼ確定しているようなものだ。

 雨桐はきっとそれに耐えられないだろう。あるいは自分が始めたことだからと気丈に振る舞うかもしれないが、それでも心に小さな傷をいくつも負うことになるはずだ。それは間違いなく雨桐の心身を削り、最後には崩壊させてしまうだろう。

 そんなことになるくらいだったら、いっそ部会なんぞに過度に関わる必要なんてないだろう。俺がこのまま手を出さず、精一杯やった上で選挙に負けてくれれば、ダメージもある程度は少ないはずだ。


 「ま、そういうわけなんで、俺は雨桐を部会長に―――じゃなくて部会を影で操る裏のトップにしたくないんすよ」


 肝心な部分は言葉にしなかった気がするが、それでも東雲先輩は察したことだろう。

 その証拠に、彼女は嬉しさの混じった微笑みを見せる。


 「優しいんだね、弟くんは」


 ……どこが優しいものか。

 俺は自分の勝手な考えで雨桐の未来を決定し、それに伴い九に最低な言葉を浴びせた。

 これはどうしようもなく俺のエゴだ。エゴというものは優しさから来るものではなく、自分の心を満たすために出てくる勝手な言い訳だ。


 「優しいよ、あなたは」


 だが、東雲先輩はそんな俺の考えを否定するかのように、重ねて俺をそう評価した。


 「今の話を聞いて、私も同じことを考えたもん。きっと、弟くんのそのやり方は、誰もが大きな傷を負うことなく今回の件を終わらせる、最も安定したやり方だって」

 「安定っすか」

 「うん、安全第一」


 そう、安全第一。危険なことが起こらないのであれば、それに越したことはない。それこそが今の俺の信条であり、であればきっと迷う必要などないはずなのに。


 「だったら、私としては何もアドバイスはできないかな」


 東雲先輩は薄暗くなった道を歩き出す。俺を置いてけぼりにして。


 「弟くんはちゃんと迷えてる。それこそが、なによりの答えだよ」


 やがてその小さくなる背は、恐ろしく大きく見えてならなかった。

 迷えているのなら、それがなによりの答え。

 大きな背中が残したその言葉は、俺の心に十分すぎるほど大きな杭を打ち込んでいた。

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