いろいろと諦めているけれど、 3-3
「これか?」
「えっと、あ、それです」
横からぴょこりと俺のアイフォンを覗き込んでくる九。
せっかく体を離したというのに、彼女はまたその距離を縮めてきた。先程のように触れ合うほどではなかったが、その近さからふわりとラベンダーのような香りが漂ってきて、俺の鼻腔をくすぐる。
そうだよね、近づかないと見えないよね。でも見えたのならもういいだろうと、俺はまた横にずれて体を離すとアプリを立ち上げて操作する。
幸いアプリの機能は簡単で、QRコードの表示は俺にもできた。
「ほら、これでいいか?」
「それで大丈夫です。ちょっとの間、端末を私の方に向けていてくださいね」
俺がQRコードの表示された画面をずいっと差し出すと、九は自分のスマホについているカメラの部分をQRコードに近づける。
そのカメラでQRコードを読み取ればアドレスの交換は完了なのだろうが、なかなか読み取りが行われない。
どうやらお互いに立っている状況では、とても機微ではあるが画面のブレがあるせいで、QRコードの読み取りが難しいらしい。
なかなかうまくいかないせいか、焦れてきたのか九はぱっとアイフォンを持っている俺の右手を取った。
「お、おい」
思わず距離を取ろうとしてしまったが、九が俺の手を握る力は思ったより強く、少し強くしないと振りほどけそうにない。
「動かないでください」
女の子に乱暴するほど性格が腐っているわけでもないし、すぐ離れなければならないという状況でもない。仕方ないので、言葉に従うことにする。
しかし、九の行動はそこで終わらない。
俺の真正面に立ったままでは手が握りにくいのか、また俺の横につくと、ほぼぴっとりと密着してきてしまう。
「おまっ」
「すみません、端末を正しい向きで持ち直していただけませんか?」
思わず講義の声を上げようとしたが、九の素早い指示によって遮られてしまう。
なんだが逆らい難い雰囲気になってしまったので、俺はおとなしくアイフォンをいつもの向きで持ち直す。
いったいこの九という少女は何なのだろうか。昨今の日本人にしてはスキンシップが激しすぎやしませんかね。あ、こいつクォーターだった。
そうこうしている内に、お互いのケータイから「ピロリン」という電子音が鳴る。どうやら、アドレスの交換が完了したらしい。
「できたみたいですね、ありがとうございました」
「ああいや、こちらこそありがとう」
いや、このありがとうは決して密着してくれてありがとうとかじゃなくて、アドレス交換できたことに対してなんだからねっ!
「何してるの?」
そのタイミングで後ろから声をかけられ、俺はびくっと体を跳ねさせてしまう。
ぱっと九から離れて後ろを振り返ると、そこにはふわぽわメガネ先輩がいた。
「こんな廊下のど真ん中でぴったりくっついて、もしかして逢瀬の途中だったのかな〜?」
にやにやしながらそう訊ねてくるふわぽわメガネ先輩に、俺は冷や汗をたらたら流しつつ考える。
この状況、どう言い訳すればいいのだろうか。俺が素直に「メアド交換してました」とか言ってもいろいろ勘違いされてからかわれそうだし、適当な理由を並べて嘘を吐いても、九がそれに合わせられるかどうか。
万事休すか、と思われたこの状況。
「今後の生徒会活動で連絡手段がないと不便なので、メアド交換をしていました」
しかし、九はあっけからんとストレートに答えた。
その曇りなき眼に真実を見出したようで、ふわぽわメガネ先輩も「あ、そうなんだ」と、とても残念そうに納得していた。




