ひどく面倒くさがりで、 2-9
クラスメイトにもみくちゃにされること三十分。ようやく解放されると、今度は廊下で科学の教師に捕まった。
どうやら、荷物運びをやってほしいということらしい。性分からしぶしぶ了承した俺は、またも時間を浪費することになる。
明日どこかのクラスが科学の実験をするらしく、顕微鏡やらシャーレやら繊細な器具の持ち運びをさせられた。
科学の実験で使うというだけあって、一つ一つが繊細なものである。シャーレなど一つでも割ってしまうとどれほどの被害額が出るのか、一生徒である俺にはわからない。よって、慎重に少しずつ運んで、結果かなり時間をかけてしまった。
ようやく終えて廊下に出ると、偶然にも九沙奈の姿を見つけた。
彼女も教材運びを手伝っているのだろうか。重そうなダンボール箱二つを、縦に積んだまま両手に持ち、せっせと覚束ない足取りで運んでいる。
しかしこの学校の教師、生徒に教材運びとか雑事とか頼みすぎではないだろうか。そういうことは自分でやってもらわないと、いつか裁判所で教え子と顔を合わせることになるかもしれませんよ?
それはともかく、九をしばらく観察してみると、その歩みはまるで亀の速度。あれではいつ目的地に着くとも知れない。
まったくもって、彼女に荷物運びを依頼したヤツはどんな神経をしているのだろうか。確かに九は優等生ではあるが、だからといって十キロのバーベルを軽々と持ち上げるような、ゴリラ系女子ではないのだ。
というか、あれなら二回に分けてダンボールを一つずつ運べばいいのに。
やれやれ、である。
九沙奈と出合ったのは一昨日。
あの幻想のような夕暮れ時の屋上で、生徒会に勧誘されたのが始まりだ。
その頃から、俺と九の距離はさして変わりない。今日の昼休みとて、同じような状況で手伝ってやろうとも思わなかった。
だがまぁ、人間の心境の変化というのは、割と短時間で起きるものである。
ひょいと横から九の持つダンボールを一つ奪い取る。
突然のことに驚いたのか、九はその場で立ち止まってしまった。それを気にせずスタスタと歩く俺は、わざとらしく数歩先で止まって振り返る。
「どうした、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」
「それは、しますよ。一体どういう風の吹き回しですか?」
「別に、気分」
会話をしていると、ダンボールが一個なくなったために身軽になった九は、少し早足で俺に追いついてきた。
ちょうど横に並んだタイミングで俺も足を前に出すと、二人歩調を揃えて廊下を歩く。
「で、これどこに運ぶんだ?」
「・・・・・・生徒会室です。ゴールデンウィークを過ぎたあたりで部活動関連の大きな決め事があるので、それに備えた準備だそうですよ」
「ふーん、じゃあ結構距離あるな」
あっけなく言ってのける俺だが、持ってみると荷物が意外と重かったので、今更になって後悔しているところである。
九の話と彼女が来た方向と彼女の話から予測するに、おそらくこのダンボールは部室棟から持ってきたものなのだろう。部室棟は本校舎に通じていて、連絡通路は一階にしかない。俺が九と合流したのは下駄箱の少し前あたりで、そこから下駄箱奥にある階段に今ちょうど差し掛かったところだ。
この階段を上り、さらに連絡通路を渡って生徒会室にこの荷物を届けるとなると、かなりの労力を必要とするだろう。
ちらりと九を見ると、やはり重そうにせっせと荷物を運んでいる。きっと、彼女が抱えている箱も、俺が抱えているそれと大差ない重さなのだろう。
そんなものを二つ、まったくもって無茶をするものだ。
まだ短い付き合いだが、わかったことがある。
彼女はちゃんとしているように見えて、危なっかしい。
昼休みに人にぶつかりそうになったこともそうだし、今もそう。それに俺の後を尾けていたことも、もし俺がその気になれば、教師に報告して問題にできていたことだ。
そして、なによりも。
「あの、折無君、一昨日あなたは私のことを『傲慢』だと言いましたよね」
俺の思考を遮るかのように、階段の中盤あたりで苦しそうな声を吐き出すように九が話しかけてくる。
せめて階段を上りきってからにすればいいのにと思ったが、彼女の中では今でなければならなかったことなのだろう。




