追及のメリーゴーランド
「結婚というのは、相手がいて初めて成立するものですよ」
アンナは瞬きもせずに子どもたちを見下ろして、当たり障りの無い一般論を口にした。
じっとまなじりを吊り上げて見上げてくる子どもたちの心に、その言葉はまったく響いた様子がない。
一触即発の空気の中、口火を切ったのはニコルであった。
「とんでもない大物らしいじゃないの」
うっとアンナは息を止めた。
(完全に相手が誰かまで把握してらっしゃいますね! お耳が早い!)
アンドレイは暗澹たる溜め息をつき、目を細めて尋ねてくる。
「どんなひとなの? どこが良かったの? 何が決め手?」
「あの……お二人とも落ち着いてくださいませ。まだそんな段階の話ではないですから」
「『まだ?』」
異口同音、二人同時に声を揃えて聞き返してきた。
ここで「みんなでなかよくたのしくあそんでいる」と理解したらしいトーマスとステファニーも寄ってきた。トーマスはアンドレイと手をつなぎ、ステファニーはニコルと手をつなぐ。トーマスとスファニーが最後に手をつないだことでめでたく五人で円が完成した。
なぜか円はゆっくりと回り始めた。アンナはふりほどいて逃げ出すこともできない。
アンナが目を向けると、ニコルとアンドレイが同時に笑みを向けてきた。眼光は鋭い。
円は回り続ける。
(こ、これは答えるまで終わらない追求メリーゴーランド! 何をどう答えても、絶対に揚げ足を取られて追求されそう! この四きょうだいはものすごくお口が達者だから!)
公爵家という家柄である以上同年代の友達選びも難しいという事情だけではなく、子どもたちの幼年期は流行り病で他家と交流しにくい期間が長くあったのだ。
その分、アンナとシャンテルをはじめ、エリックや公爵邸の面々といった大人たちで手塩にかけて四人を育て上げてきたのである。
発語のタイミングなどは個人差があったものの、言葉を覚え始めるや全員「ああ言えばこう言う」大人顔負けの話術をまたたく身につけた。末恐ろしいどころかすでに恐ろしい。
「アンナ結婚するの? おめでとう!」
天使……! とひれ伏したくなるような笑顔を向けてきたのはトーマスである。それにしても会話をしっかり聞きつけていたばかりか、断片的な情報からも正確に内容を理解している聡さが子どもと侮るなかれといったところであった。
「そうだね。アンナはいずれ結婚するよ。でもそれは今じゃない」
つないで手に力を込めて、アンドレイが含みのある話術を披露してくれた。どこか悪役めいている。もっと普通に話して欲しい。
「わーい、アンナの結婚式ー! 楽しみー!」
全方位清らかさしかない期待いっぱいの笑顔を向けてきたのは末っ子のステファニーである。この天使をよろこばせるためなら結婚式のひとつやふたつ! と気合を入れそうになったアンナであるが「違う違うそうじゃない」と我に返った。
「みなさん、胡乱な情報に踊らされないでくださいませ。いったいどこのどなたが、私が結婚するだなんて言い出したんです?」
「お父様」「お母様」
口々に言われて、アンナは少なくともこの公爵邸においてもっとも「胡乱な情報源」扱いしてはならない相手が率先して話題をばらまいている事実を知った。
外堀を埋め立てたところに攻城兵器で乗り付けて一気に制圧しようという気迫を感じる。大変にまずい。
五人で円になってぐるぐるまわりながら、アンナはなんとかこの話題を終えようと必死に頭をめぐらす。しかし嘘やごまかしはいけないと考えている間に、ニコルが次なる情報を開示した。
「相手の男性は美形で有名なのですって。しかも大変に優秀らしいわ」
「へぇ」
機嫌を損ねた様子で、約束された将来の美青年であるアンドレイが冷ややかに相槌を打つ。アンナはウォーレンの美貌を思い描きつつも、坊っちゃん贔屓で思わず口を挟んだ。
「アンドレイ様だって負けてないですよ!」
「それどういう意味? 勝ってはいないってこと?」
ああ言えばこう言うの本領を発揮してきた。しかしここでたじたじになるようでは、公爵邸の子守りメイド失格である。
気を強く持って、アンナは笑顔で返事をした。
「そもそもお二人は勝負する必要もないじゃないですか! ええと……そうです、あの方はアンドレイ様と話が合いそうな方です! クワガタとか好きそうでした!」
口がすべって、言うつもりのなかった冷徹侯爵情報を漏らしてしまった。
ふふっとアンドレイはニヒルに笑う。
「同じ年くらいってことか。それなら負ける気はしない」
いえ、三十歳です。言いそびれているうちにトーマスがぱっと顔を輝かせてアンナを見上げてきた。
「クワガタとアンナが好きなんて僕と同じだ! 話が合いそう」
クワガタと好感度が並んだ。
「まあ、趣味が良いのは認める。でもアンナは渡さない」
アンドレイが決然とした口ぶりで言う。
(ああ~、どうしましょう。そもそもあの方が本当にクワガタが好きかどうかもわからないのに、情報が独り歩きを始めてしまいました。確実にお好きなのはマンドラゴラだと思います!)
それを口にするのにやや抵抗があったのは、ウォーレンの中でアンナとマンドラゴラの好感度が並んでいそうだったからだ。気恥ずかしい。クワガタと並べられると微笑ましい気持ちになるのに、マンドラゴラと並べられると恐れ多い気持ちになってしまう。私はそこまですごい草じゃないですよぅ、の意味で。
「それでね、明日のお食事会に来るらしいのよ。そのクワガタ好きの男」
とっておきの情報のようにニコルが言った。
胡乱な情報が彼の呼び名になってしまったことに気づき、アンナは「あわわ」と焦る。
「そうなんだ? じゃあ一番強いクワガタで迎え撃つ」
訂正する前にアンドレイが対抗意識を燃やし始めてしまった。あう、あう、とアンナが話を遮るタイミングをうかがっているうちに、トーマスが「僕はかわいいクワガタにしよう」と嬉しそうに言う。
話が弾んでいると思ったらしいステファニーが、幸せそうな笑みを浮かべた。
「楽しみだねー、アンナの結婚式」
「明日は結婚しませんよ!? というかいつでもいいとお返事なさったとは聞いていましたけど、明日来るという話じたい私は初耳です!」
もしかしてニコルが言っていた「食事会」というのは……とアンナがようやく思い至ったところで、子ども部屋のドアがどかんと開いた。
「あ、いたいたアンナ。明日の食事会の準備について、だいたい屋敷中に指示が行き渡ったところよ。それで今ね、何がなんでもとお願いしたデザイナーさんと外商も到着したの。ここから一気にアンナの準備を始めるわよ! ああ~もう、私もエリックもこの日を待ちわびていたの! 楽しみ!」
満面の笑みで登場したシャンテルを前に、アンナは自分がいつも通り子ども部屋勤務を許されていたこの時間は、単に泳がされていただけだと知った。
ウォーレン・ミッドフォードがこの屋敷に来るのは確定らしく、公爵邸あげての迎撃体制が整いつつあるようだった。
この事態を招いたのはもちろんアンナである。もはやどんな言い訳の余地もなかった。




