どうかしていない登場人物が誰ひとりいなかったってこと?まあいいわ
「で、ですから、振られて終わるつもりだったんです! 婚活はした、でもだめだった。そういう実績を作りにいっただけなんです!」
「アンナ、綺麗に言い換えている場合ではないわ。そうね、男女逆で考えてみればわかりやすいかしら。『自分の実績作りのためにプロポーズをする』はい、そんな男がいたらどう思う?」
「大変罪作りな男だと思います……」
「その通り。八つ裂きにして火あぶりにしてもまだ足りないくらいよ。でもね、遊びじゃなくて本気でなおかつ両思いなら別よ。アンナは侯爵と両思いだったってことよね? おめでとう!」
反論しにくい意見を並べ立てた上で祝い事にされてしまい、アンナは往生際が悪いと思いつつも自分の思いを口にした。
「私は公爵邸でのお仕事をこのまま続けたいと思っているのに、奥様も旦那様も最近口を開けば縁談ばかりじゃないですか! まるで『もう用無しだから出て行け』と言わんばかりに」
「それはそうよ。あなたのご両親にも申し訳が立たないもの。あなたに子育ての才能があったばかりに辛い時期に頼り切りになってしまったけれど、いまはもうそうじゃないでしょう? あなたは私たちに黙って恩を返されていればいいのよ。盛大に祝いながら嫁に出す気でいますからね!」
ぴしゃりと言い終えてから、シャンテルはカップに口をつける。アンナもまた気持ちを落ち着かせるためにお茶をひとくち飲んだ。
いかに公爵邸とはいえ、ハウスメイドは平民が担っている。どれだけ主人と近しい間柄であっても、このように面と向かい合って同じテーブルでお茶を飲む機会はないであろう。アンナがシャンテルに友人のように扱われているのは、もともと子爵令嬢で侍女として勤め始めたからだ。
アンナの仕事内容が現在のような状況になっているのは、まさしくアンナに「子育ての才能」めいたものがあり過ぎたからに他ならない。
アンナは常日頃子どもを一人ないし二人小脇に抱え、歌を歌い、物語を語って聞かせながら「坊ちゃま! 急に走り出さない!」「お嬢様はカーテンにのぼらない!」と声の限りに叫んでいる。
他の侍女やメイドが誰一人として追随できない八面六臂の活躍であり、アンナ自身、自分の適性と能力の高さにプライドを持って仕事人として生きてきたつもりなのだ。
シャンテルにここまで言われても、自分はこの仕事を続けたいという強い願いを抱いていた。
そのアンナに、シャンテルはさらに冷ややかに言い放ったのである。
「だいたい、子どもたちはいずれ大人になり、あなたの手を必要としなくなるわよ」
「奥様があと何人か産んでくだされば解決では?」
「名案みたいに言わないで」
「それを言うのなら、私のことはもうそっとしておいてくださればいいのに。私はこの八年仕事しかしていませんでして……子育て仕事に特化した服装と髪型をしているために『クソダサイ』と若いメイドたちにも言われているんですから」
ですからもう嫁入りなんて……と続けようとしたアンナであるが、ぴくっとシャンテルの細く描いた眉が動いたことで言葉を止めた。
「そのメイドは今すぐクビにするわ。名前は教えてくれなくて結構よ。私の権限で調べ上げるから」
処されてしまう。
アンナは意識して落ち着いた声でシャンテルに具申した。
「たしかに、噂話をするのはあまり品が良いことではないですね。注意しなかった私がいけませんでした。奥様ももしかしてお耳にすることがあるかもしれませんが、いきなりクビにすることなく一回目は指導くらいでお願いします。ひとを育てるとは信じることで、誰だって変われる、大人になっても成長できるものだと真心を持って接する必要があると思います」
「あらアンナ、さすが当家の子どもたちを育てているだけあるわ。本当はね、私だってあなたを手放したくないの」
でしたら、とアンナは前のめりになりかけたが、シャンテルはここで話は終えるとばかりにさっと席を立ってしまった。
アンナを見下ろして、にこやかな笑みを浮かべて言う。
「優秀であると知っているからこそ、私の元にずっと留め置いて年を取っていくだけのあなたを見ていたくないのよ。子どもを産みたい気持ちがあるなら、産んでよ。私の子どもたちの同世代にあなたの子がいる未来はとても素敵。そうやって私たちは未来を作っていくのよ。今ならまだ間に合うわ」
年齢が行き過ぎると、結婚するのも子どもを産むのも難しいと夫人は言いたいのだろう。「私は行き遅れですから」と言っているくらいなら、まず行動しろと。
それはアンナにもよくわかる。
(奥様の描く未来は私にとってもきっと素敵……)
子どもたち同士で交流を……と未来を思い描いたところで、アンナは気を引き締めた。「たとえ公爵夫妻は気にしなくても」公爵家と交流を持つのであれば結婚相手は誰でもいいとは言えないのだ。
人品卑しからぬ人物にして、公爵家と付き合っていける身分や財力がなければならない。
考えるまでもなく、そんな人物が売れ残っているわけがない。
もしいたとしても、アンナを妻に迎えたいとは絶対に考えないはずだ。クソダサイ行き遅れなのだから。
(それこそ公爵夫妻にひとこと言えば、お金に糸目をつけずに着飾らせてくださったでしょうけど。あとから優良誤認したなんて文句を言われても、その通りで相手に申し訳が立たないですからね。だから……だから私は昨日ありのままの姿で夜会へ行ったのに! 振られるつもりで! 振ってくれそうな相手に狙いを定めて!)
返す返すも、前夜の一幕はアンナにとっては想定外すぎた。
黙り込んだアンナを見下ろし、シャンテルは「うふ」と艶っぽい笑みをこぼして小首を傾けた。
「あなたが振られるつもりだったとしても、昨晩のミッドフォード侯爵は『あなたからのプロポーズを受け入れて』結婚に対して前向きはお返事をくださったのでしょう? 教えてくれてありがとう。悪い噂も含めて早急に身辺洗ってくるから。ここからは公爵邸にお任せあれ。一気に結婚へもっていくわよ!」
とんでもないレールが敷かれそうな気配を察して、アンナは立ち上がって「だめです!」と叫んでいた。
「あの、本当に……。昨日の私はどうかしていました。あの方もどうかしていましたし、乱入してきた女性も少々変わってらしたかもしれないのですが」
「どうかしていない登場人物が誰一人いなかったってこと? まあいいわ」
「まあいいわではなくて、ですね! もう昨日の話はここでいったんおしまいです。私は仕事に戻りますから。とにかく、結婚に向けて動いてみたけどやっぱり自分には合わないなって結論がでたということでここはひとつ!」
そのときメイドが「旦那様がお越しになっていまして」とモリス公爵エリックの来訪を告げ、ほとんど同時に金髪を振り乱した美青年がバルコニーへと飛び込んできた。
その手には何やら上品な便箋の手紙が握られている。
エリックは愛する妻であるシャンテルに微笑みかけてからアンナに視線を向けてきて、興奮した様子で言った。
「水臭いよアンナ、ミッドフォード侯爵と良い仲だったのかい? ついさきほど手紙が届いた。正式に訪問したいという内容だったよ」
ひっ、と息を呑んだアンナに対して、エリックは実に感極まった様子で言った。「もう、いつでも大丈夫だという返事をした。早ければ今日来てもいい、とね」と。
モリス公爵家のお子さんメモ
長女……ニコル
長男……アンドレイ
次男……トーマス
次女……ステファニー




