久しぶりだね!
「アンナ! 久しぶりだね~! 連絡もなく来てしまったから、会えなければ出直すつもりだったんだ。会えて嬉しいよ!」
公爵邸のアンナを訪ねてきたのは、隣国におけるかつての研究仲間でロジェ・フォンタンという青年であった。
アンナが応接室に姿を見せると、腰掛けていたソファからぱっと顔を輝かせて立ち上がる。
栗色の髪に透き通った緑色の瞳で、細面の顔にひっかけたやや無骨な眼鏡までアンナが知っている頃のままだ。年上のはずだが、童顔なのであまり年を取ったようにも見えない。
いかにも人好きのする優しげな顔立ちをしており、派手さや華やかさはないものの立ち居振る舞いや身に着けているものには気品があって、まとう空気には清涼感がある。
見るからに育ちが良い。
とはいえ本人曰く「貴族の生まれだが跡継ぎではないので平民同然だから、構えず接して欲しい」とのことで、留学中のアンナはそれ以上の家柄や身分を詮索したり気にしたりすることもなく友人として切磋琢磨してきた仲であった。
「この間、手紙を受け取っているわ。『周辺国を旅行している最中で、日時ははっきりわからないけどこちらの国に立ち寄る予定がある』と書いてあったわね。期待して待っていたのよ。私も会えて嬉しい。本当に久しぶりね」
腕を伸ばせば届くくらいの距離で向かい合って、アンナはしげしげとロジェの顔を見つめる。一緒に過ごしたのは二年間だけで離れてから八年も過ぎているが、会えばすぐに「あの頃の空気」を懐かしく思い出せるのは旧友ならではである。
にこにこと見返してきたロジェは、腕を伸ばしかけてすぐにひっこめ、少しばかりためらってからアンナの前で片膝をついた。
「え!?」
どうしたの? とアンナもまた続けてしゃがみこむ。
アンナが知る限りロジェも草にご執心の研究者ではあるが「さすがに公爵邸の床にはどんな草も生えていないですよ?」と言いそうになった。
額がごつんとぶつかりそうな距離で向き合うと、ロジェは感じよく笑った。
「アンナにはできれば立っていて欲しいな。言っておくけど、僕は別に草を探しているわけじゃないからね」
くすっと楽しげに笑いながら言われて、アンナは「もし草が生えているところが見たいなら裏庭に薬草園を作っているわ」と告げて立ち上がる。
ロジェは「それはぜひとも見てみたい」とお世辞でもない様子で言ってから、素早くアンナの手を取り目を伏せて指先に軽く触れる程度の口づけを落としてきた。
まるで舞台の一シーンのような恭しい仕草で、アンナはぴしっと固まってしまう。
(ど、どうしたのロジェ……!)
記憶にある限り、アンナは彼からこれほど甘やかな扱いを受けた覚えはない。
ロジェはまるでアンナの動揺を予期していたかのような余裕のある様子でふっと目を細めて、片膝をついたままアンナを見上げてきた。
「向かい合っていると、あまりに懐かしくて抱きしめてしまいそうで。さすがに君の夫に悪いかと遠慮したんだ」
瞳に熱っぽいものを感じてアンナは落ち着かなくなりながら、忙しく瞬きをした。
「夫なんていません。なので、そういった気遣いは不要です。立ってください、ロジェ」
「……そうなの?」
半信半疑といった様子で、ロジェは立ち上がる。
「ええ、ええ。まあその……流行病ですとかこの数年怒涛のように色々ありまして」
早口で言い訳めいた説明をまくしたてたアンナであるが、どうしてロジェに既婚だと思われていたかはもちろん考えずともわかる。年齢だ。
(私の年齢であれば当然結婚していると思われましたよねー!!)




