奥の手というほどでなはい
ウォーレンが取り出したのは、くったりと使い込んだような滑らかな光沢のある葉巻ケースであった。
「絶対に体に良くないと俺は考えているから、自分では吸わないけど一応薬草絡みと考えれば守備範囲だから少しだけ勉強したことがある。出来が良いかどうかはわからないが、父は好んで吸っていた」
くるりと巻き付けてあった紐を解き、折り曲げて被せるタイプの蓋を開くと中には葉巻が三本収まっていた。艷やかな葉の表面が美しい。
煙で内臓を燻すなんて体に悪そうとか、常習性が怖いなどと色々言いたい放題をしたアンナもこの素晴らしい作品を前にすると厳かな気持ちになった。
(かなり高級な葉巻に見えますが……あれ? 「勉強した」って)
顔を上げると、ウォーレンが目を細めて穏やかな微笑を浮かべていた。
「もしかして、ミッドフォード侯爵が手ずからお作りになったのですか?」
「そう。父が生きていた頃のものだから少し古くなっているけど、熟成させると味が落ち着いて良いと聞いていたから処分はしていなかったんだ。モリス公爵に差し上げるようなたいそうなものではないんだが、たばこ店でめぼしいものが見つからなかったら出すつもりで持ってきた。奥の手というほどでなはい、出さないならそれでもいいかと思っていたんだ」
はにかんだように控えめな微笑で言われて、アンナは軽く目を瞬いた。
(嗜んでいないから詳しくないとか、苦手だと仰っていたのに。自作できるというのは「詳しい」のではないかしら?)
アンナが何を考えたのかは、ウォーレンにも伝わったらしい。
「市販品を買うことはないから、店には詳しくないし伝手もない。苦手だから自分で吸おうと思ったことはないので味もわからない。だいたい、値をつけたこともないものだ。高級も下級もないというか」
「そうは言いますけど、見た目は完璧です。私が葉巻に詳しくないということもありますが、公爵様がお持ちになるのにふさわしく見えます。見た目だけではなく、葉や構造についても研究なさったのでは?」
薬草の研究をしている流れで葉巻も自作してしまったと聞いて、アンナは思わず前のめりになる。
ウォーレンも気を悪くした様子もなく目を輝かせて「うん」と同じく身を乗り出してきた。
タイミングが合ってしまい、こつんと額がぶつかる。睫毛がすり合わされるような距離で向かい合って、何があったか理解してから二人は同時にがばっと身を引いた。
「す、すみません!」
「ごめん。大丈夫? 痛くなかった? 俺、石頭だよ」
慌てて謝ったアンナに、ウォーレンは冗談とも本気とも判別つかないことを畳み掛けてきた。
額に手をあてて呆然と見返してから、アンナはくすっとふき出す。
「石頭……っ。頭蓋骨が脳をしっかり守ってくれるタイプなんですね。大切なところですからそれはとても良いことだと思います」
「ああ、うん。グリズリーに噛みつかれてもあちらの歯が折れてくれることを期待している」
「そうなったら良いですね。頭で返り討ち」
言いながらアンナ自身そんな馬鹿なと思いつつ、グリズリー生活密着型ウォーレンのことだから案外本気かもしれないと思い直した。実際にそのような事態にはならないでほしいが、なったらなったで絶対頭蓋骨には負けないで欲しい。
椅子の上で座り直し互いに顔を見合わせてから、ウォーレンは何事もなかったように自分が葉巻制作で得た知見を話し始めた。
「葉巻は一本の木から作ることができる。木の上のほうで、太陽に近い部分はとにかく味も香りも強い。中間はバランスが良くて、地面に近いところは味も香りも弱いけど可燃性があるから材料としては使いやすい。つまり無駄な部分というのはない。ちなみに、たばこの味は芯の部分に使った葉で決まる」
「では、上の方の葉で芯を作るんですか?」
「うーん……ただそうすると、ものすごく重い味わいになるらしい。なんというか、気軽に吸えないから吸う場面をすごく選ぶというのかな。少なくとも朝には向かない。ディナーの後に吸うにしても、食事内容や食後酒もしくはお茶との相性があるから、よほどトータルで計算していないと吸い難いと言われた。だから、俺はもう少し普段遣い用を想定して上の葉は少なめにして真ん中あたりの葉を多めにブレンドしていた。刻んで芯にして、周りを押さえるために葉を巻いて、さらに表面を見た目の良い葉で巻くんだ。人前で吸うのであれば、見た目は重要だからね」
実際に作ったときを思い出すように軽く手振りを添えて話すウォーレンを見て、アンナは唐突に悟った。
なぜ、自分では吸わないのにウォーレンはこうも葉巻に詳しいのか。
(もしかして「体に悪そうだけどお父様が常用していたから」少しでも自分で工夫して作れないかお考えになったのではないかしら)
重い味わいがあるということは、葉の成分が強いということだ。薬を扱う身としては常に「適正量」を考える習慣がある。過ぎたるは及ばざるがごとし、どんな良薬でも量を見誤れば体に害となることもあると心得ているものだ。たばこは薬ではないので同列に語れない部分もあるが、必要ないひとには必要のないものだけに体のことを考えれば多く摂取しないほうが良いようにアンナには思われる。
ウォーレンは父の健康を案じて、少しでも体の負担にならない葉巻を作ろうとしていたのかもしれない。
少なくとも自作であればおかしな混ぜものは絶対にない安心感がある。本人は味がわからないというが、吸ったときの味わいを父から聞いて改良を重ねてきたのだろう。アンナには葉の説明が通じるという安心感からか、ウォーレンは木の生育条件からたばこになるまでを事細かに話をしてくれた。
真剣に聞いて、アンナは深く納得した。
ミッドフォード侯爵の位をウォーレンが継いだのは、流行病の時期に両親が相次いで亡くなったからとアンナは聞いていた。
吸う人のいなくなった葉巻は、いわば形見のようなものだ。
「とても真剣にお作りになった葉巻なんですね。モリス公爵はそういった来歴のある品物がお好きだと思いますので、きっとお喜びになると思います」
アンナがそう告げると、ウォーレンは目に見えてぱっと顔を輝かせた。
「葉巻は湿度の影響が大きいから管理状態も重要なんだが、大体十年以上は持つらしい。これはまだ耐用年数があるはず。味は公爵閣下の好みに合うかはわからないけど、実は父の友人にも頼まれて作ったことはあるんだ。また作って欲しいと言われたくらいだから、そこまでおかしな味ではないと思う」
そう言いながら、ウォーレンは葉巻ケースを革紐で巻いて元の状態へと戻す。アンナに渡そうとして、途中で手を止めて窺うように尋ねてきた。
「……本当にこれでいいかな?」
「これがいいです。今から高級たばこ店へ行き、癖のある店主のおすすめを言い値で買う子どものお使いをして帰るよりもずっといいです。思っていたよりも格段に素敵なものが入手できて安心しました」
そこは間違いないとアンナが言うと、ウォーレンは破顔して「良かった」と言ったのだった。




