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行き遅れ子育てメイドは冷徹侯爵さまに玉砕前提のプロポーズをする!~「わかった、結婚しよう」って私たち初対面ですけど大丈夫ですか!?~  作者: 有沢真尋
【5】

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子どもの頃は、夜寝る前に月にお願いしていましたけれどね。魔法使いになりたいです、って

「そうでした。モリス公爵が普段吸っているのとはべつの葉巻を調達してくるというミッションですよね」


 これは、モリス公爵邸に住んでいるアンナの事前調査に成否がかかっているのは間違いない。しかし、アンナはここで申し訳ない思いとともに打ち明けた。


「普段遣いの葉巻の銘柄は、聞いても教えていただけませんでした。『任せるんだから、なんでもいいよ』と。購入場所は、紹介状なしでは入れない四十三番地の高級たばこ店ということはわかりました。看板も出ていないそうです。特徴は家令に聞いてきたんですが、現地の下見はしていません」


 そこまでがアンナの調べられた全てである。ウォーレンはアンナの冴えない様子がぴんとこない様子で言った。


「四十三番地ならここからすぐだ」


 そこでアンナは「すみません」と、はっきり詫びを口にして頭を下げる。


「紹介状も入手できていないんです。紹介状があればそのお店でモリス公爵家のお使いとして『普段とは違うものを』とお任せもできたかと思うんですが……もしくは銘柄がわかれば他の店でそれとは違う品を探せたんですけど、どちらも難しくて」


 アンナが何を気にしているのか、ウォーレンはそこで了解したようだった。


「俺が葉巻に詳しければどうにでもなったことだな。実は葉巻はまったく嗜(たしな)まないので、詳しくないんだ。店に伝手(つて)もない」


 あっけからんとした調子でそう言って、ウォーレンは思案するような顔になる。


「何を隠そう、俺は葉巻が苦手だ。どれほど香り高いと言われているものでも、なんだか体に悪い匂いがする」


 あ、とアンナは思わず声を上げてしまった。


「わかります! だって、煙ですものね。人体に煙を入れるってどういうことですか? 内臓燻(いぶ)して無事で済むんですかね?」


 それだよと、ウォーレンは力強く頷く。


「葉巻を吸うひとに聞いたら、吸い込まないで煙を口の中で味わうだけとは言っていたけど、なんの修行だ? 大気中の第五元素であるエーテルを取り込むことで魔法使いになれるとか、そういう論法なのか? いや、煙を取り込む程度では魔法使いにはなれないと俺は思うんだよな。多分、他にもっと何か」


 真面目な顔で「多分」と控えめに表現するところが妙におかしくて、アンナはこらえきれずに小さくふきだした。

 ウォーレンはそのままぶつぶつと「そもそもエーテルは煙を吸ったところで摂取できないだろう。存在もあやふやなんだ」と科学的なのか非科学的なのかわからないことを呟いている。

 その気持ちは少しだけわかると思いながら、アンナは自分の考えを口にした。


「子どもの頃は、夜寝る前に月にお願いしていましたけれどね。魔法使いになりたいです、って。私が薬草を勉強したのはその延長かもしれません。でも、葉巻を吸おうとは考えませんでした。私の知る限り、まだはっきり医学的に定義されてはいなかったと思いますが、おそらくたばこには依存性がありますよね……?」


 ぱっとウォーレンが目を見開いて「俺もそう思う」と身を乗り出してきた。


「絶対美味いわけがないのに、紳士の嗜みだからと無理して吸っているうちに手放せなくなるのは依存性だよ。経験上、依存性のある薬物は体に良くない。その観点からも俺は葉巻やたばこに手を出したくないんだ。煙と苦い香りをまとうことでグリズリー避けになるならその限りではないが、そういった効果も望めないならな……」


 最終的にグリズリーに行き着いた。

 アンナはそこで完全に笑いが止まらなくなってしまう。


「す、す、すみません。笑い事ではないと思うんですけど、考えが一貫していて全然ぶれないのが本当にすごいなって思いまして……!」

「それはね。生活ド真ん中だから、グリズリーが」


 即座に言ってから、ウォーレンは眉をひそめてアンナに尋ねてきた。


「やはり、嫌だろうか。毎日グリズリーと死闘している我が領での暮らしは」


「嫌か嫌じゃないか以前の問題として、私のような一般人は遭遇したら生き延びるのも危ういと思うんです」


「戦闘そのものはできる人間に任せてくれていい。領民の大半は非戦闘員だ。人里に降りてくる前に確実に仕留める役目の人間は常に確保している。……減るが」


 ウォーレンは少しだけ切ない顔で遠くを見る目になった。

 見つめるだけで胸がきゅっと痛くなって、アンナはためらいながら声をかける。


「早く領地にお帰りになりたいと焦っておいでなのでは……」


 討伐や採取人員の頭数に入っているから、本来は抜けられないと言っていた。いまの状況は歯がゆいのではないかと心配になったのだが、ウォーレンはすぐにアンナに笑みを向けてきた。


「ああ、うん。それはある。だけど、弟の件が解決しないうちは王都から動けない事情がある。どうしてもそちらに時間をとられているからアンナさんとのデートはその合間にということになっているけど、すごく良い息抜きになっているよ。それで……」


 屈託なく言い切ってから、ウォーレンは上着の内ポケットに手を伸ばした。

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