危ない目には遭わなかった?
デート二回目。
ミッション内容はエリックに葉巻を選んで買ってくること。
モリス公爵邸における夕食会の際にあらかじめ決めた三回のうちのひとつであり、エリックの提案が元になっている。
「いやー、いつも決まった銘柄ばかり吸ってしまっているからね。たまにはひとに選んでもらうのもいいかな。ミッドフォード卿のセンスで頼むよ」
明るく邪気なく言っていたが、後になってこれは大変難しいミッションかもしれないとアンナは気づいたのであった。
* * *
デート当日、ウォーレンとは高級店が立ち並ぶ界隈のティーショップで落ち合った。
長居する予定はなかったが、高級たばこ店になんの作戦も持たずに行くわけにもいかないので、事前の打ち合わせをすることにしたのである。
顔を合わせたのは半個室のように他の客からの視線を遮る席だった。
いつウォーレンが他の女性から襲撃を受けるかわからないから、人のいる場では極力注目を集めたくないというのがその理由であった。
店員に案内されたアンナが衝立の陰から顔を見せて「お待たせしました」と声をかけると、丸テーブルについて本を読んで待っていたウォーレンがぱっと顔を上げる。
「時間より早いよ。今日も会えて嬉しい」
耳を溶かすような甘い声と柔らかい笑みで迎えられて、アンナは早速腰砕けになりかけてしまった。
(刺激が強すぎる……!)
使用人仲間に散々目の下のクマや肌荒れを指摘され、シャンテルにも活を入れられたのでなんとかこの日までにマシな外見レベルまで持ってくることはできたつもりであるが、ウォーレンの美男子ぶりを目にすると「恐れ多い」の気持ちが前面に出てきてしまう。
彼は今日も今日とて背後にまばゆく咲き誇る花を背負っているかのような存在感でそこにいた。
ひとまずアンナが着席すると、ウォーレンは優美な仕草で軽く身を寄せてこそっと尋ねてきた。
「危ない目には遭わなかった?」
肩がかすかに触れ合い、吐息が耳にかかる髪をわずかにゆらめかせる。アンナは一気に体温が上昇するのを感じた。
(距離感これ大丈夫です? 近すぎません!?)
おそらくアンナがそう言えば、ウォーレンは礼儀正しい距離を取ってくれるだろう。だが、離れて大きな声で話す内容でもない。アンナは膝の上で手を握りしめて、声量を絞って返事をした。
「はい、大丈夫です」
「誰かにつけられたり、通り過ぎた後に上の階から植木鉢を落とされたりは?」
かなり状況が限定的で、いかにもありそうな例示がすらりと出てくるのが恐ろしい。
「……気づいた範囲ではなかったと思います」
アンナが返事をすると、ウォーレンはほっとしたように息を吐き出して目元を和ませた。
「良かった。こちらの事情に巻き込んでしまっているので、いつもアンナさんの安否が気になって。一緒にいればある程度対応できるけど、悪意のある相手はそう簡単なものでもないだろうからな。それこそ、こっそりアンナさんのことを調べて、ひとりになったときを狙われる恐れもあるだろう。なかなか歯がゆいものがある」
その言葉に嘘があるようには思えない。
「弟さんの女性問題には、まだ決着がつきそうにないですか」
控えめに尋ねると、ウォーレンは軽く頷いた。
「そうだな。これまで騒動で明らかになった相手に対しては、日を改めてでも連絡を取って誠心誠意対応してきたつもりだが……。何人と付き合っていたのかわからないし、相手が名乗り出てこない限り特定できるわけではないので、この先いつまで続くのかわからない」
「女性たちには、ミッドフォード卿ご自身で対応なさっているんですか?」
双子で同じ顔だというのであれば、相手の女性の恋の病がぶり返してしまうのではないかと気になってアンナはつい踏み込んで尋ねてしまう。
ウォーレンは特にアンナの不安に気づいた様子もなく「基本的には」とあっさりと答えた。
「俺に掴みかかってくる女性たちは弟の現在の行き先を知らないのだとは思うが、何か手がかりがあるかもしれないからな。生きているなら一度出てきて欲しいものだとは思う」
声に滲んだ心配に気づいて、アンナは彼の心労を思いながら言った。
「それはそうですよね。名前を使って派手に遊んでいたのを知られたらまずいと思って隠れただけではなく、他に何か理由があるかもしれませんものね」




