そこにミッションがあるならコンプリートしたいんですよ!
デート一回目。
ミッション内容は街のティーショップで待ち合わせをし、お茶をして小一時間ばかり会話を楽しむこと。
決めたのはシャンテルである。
「初回ですからね。小手調べといきましょう」
まるで自分自身がデートするかのように、シャンテルは意気揚々と言ったのであった。
* * *
公爵邸での食事会の夜のこと。
王宮の夜会もかくやというほど飾り付けられた広間で、集まれるだけ集まった公爵邸の面々にクラッカーを向けられ飛び出した紙吹雪や紙テープを浴びつつ入場したアンナは「お待ちください!」と叫んだ。
そして、ウォーレンとの間で決まったことを打ち明けたのである。
「本日はせっかく用意して頂いたのに申し訳ないのですが、話し合いの末に結論を先送りすることで合意に至りまして。その……まずはデートから……と」
ヒューと誰かが口笛を吹き、おぉ~というどよめきがある。ぱらぱらとした拍手がまたたくまに大きな拍手となった。
(羞恥プレイすぎませんか……!? なんで私は勤め先の全員の前で婚約者候補と連れ立って歩き、デートの予定を開陳しているのでしょうか……!?)
年少組のトーマスとステファニーまで、にこにこしながら一生懸命手を叩いている姿はとても可愛い。めでたい気持ちがある一方で、アンナはひたすら居た堪れない。
ちらっとウォーレンを見ると、楽しげな笑みを浮かべて服にからみついた紙テープを集めていた。その姿を見てアンナは「あっ」と思わず声を上げる。
「す、すみません。大切なお召し物にっ」
「大丈夫。火薬の匂いにも慣れてる」
なんでもないことのように言われたが、アンナの顔からは血の気が引いた。
楽隊が待ち構えていてファンファーレからの結婚行進曲で出迎えられなかっただけ良かったとは思うが、火薬を使ったクラッカーを客人に向けるなんてとんでもない。
(こういうことはしてはいけませんよって、あとで子どもたちに言わなければ。「お父様とお母様もやっていたよ?」と言われたときの返答をあらかじめ考えておかなければいけませんね)
すぐさま仕事に結びつけて考えてしまう。
なお、ドローイングルームにアンナを呼びに来たのはアンドレイと家令であった。先導していたためアンドレイもまた入場と同時にクラッカーの紙吹雪を浴びていたが、顔をしかめて髪に絡んだ色とりどりの紙テープを引き剥がしながら「婚約そのものも中止でも良かったのに」とぶつぶつと言っていた。
アンナの視線に気づくと、上目遣いに睨みつけてきて口を開く。
「デート?」
天使のような美貌だけに、鋭い目つきには得も言われぬ迫力があった。アンナは緊張しながらも、なんとか笑いかける。
「お勉強会のことですよ」
嘘は言っていない。お互いを知るために会う、すなわち勉強会である。
そのとき、ニコルがすっと横から出てきた。ニコルもまたまなじりを吊り上げたきつい表情をしており、アンナではなくウォーレンを睨みつけて言った。
「アンナは私たちの先生なのよ。デートだなんて言って屋敷から連れ出して、二人きりでいったい何を教えてもらうつもりなのかしら?」
デートの意味をかなり正確に掴んでいる。
(お教えしていないのに!? お嬢様はいったいどこでこのような単語を知るのでしょう!?)
まだ早いです、と地団駄を踏みたい思いに駆られる。しかし、ではいつから教えるのが適切かと言われればそれもまた難しい話であった。
ニコルは貴族の生まれであるだけに、成人年齢を迎える前に婚約ということもあるだろう。そうでなくとも、この先邪な思いを抱く相手へ警戒心を持てるように「男女で二人きりになるのはいけない」といったことは絶対に教えていかなければならない。
このままアンナが子どもの教育を続けていくのであれば、その話題は避けて通れない。そのアンナが「男性と二人で出かけます」と言うのは矛盾していないだろうか。相手は夫でもなければ婚約者でもないのだ。
(つまり、これは不純異性交遊にあたりませんか……!?)
十代のとき以来、久しぶりに思い出した言葉を胸にアンナはウォーレンを見た。
一方のウォーレンは、おっとりとした笑みを浮かべてニコルを見下ろしている。
「アンナさんは物知りな女性なんだよな。俺もいろいろと教えてもらいたいことがある。いまからすごく楽しみなんだ、勉強会」
響きの良い声を耳にして、アンナはぐっと奥歯を噛み締めた。
(そつがない……!! なんというそつのない返答!! ニコルお嬢様の質問を無下にせず、私の言い逃れも拾ってらっしゃってパーフェクトです!! 子どもの扱いを心得てらっしゃるのでしょうか?)
子育てに関しては一家言あるつもりであったが、アンナは自分の思い上がりを恥じた。ウォーレンを見ていると、できる男はきっと何をしてもできるのだと感心してばかりいる。
ニコルも、自分なりに考えて精一杯感じ悪く「おとといきやがれ」とばかりに食ってかかっただろうに、大人の男性に優しく受け止められたことで居心地が悪くなったようで「な、なによぅ……」ともごもごと言っていた。
だが、ウォーレンと視線がぶつかったところで勢いを取り戻し、頬を染めて啖呵を切る。
「そんなに言うなら連れていってもいいけど、自分のものだなんて思わないでよねっ。アンナは私の大切なひとなんだから!」
「お嬢様……!!」
もったいないお言葉です……!! と、赤子時代から見守ってきたニコルの成長にアンナは感無量で目をうるませてしまった。
しかし、集まった使用人たちの間からまたもや「おぉ~」というどよめきと「ヒュー!」という口笛が聞こえて「さすがに冷やかすポイントが間違えているでしょう?」と我に返る。
完璧な笑みを絶やすことのないウォーレンは、ニコルと目を合わせたまま「うん」と頷き、甘くとろけるような低音ボイスで続けた。
「ありがとう。俺も大切にするよ、彼女のこと」
凄絶な美貌の持ち主の決め台詞に、その場の全員が気圧されたようにしんと静まり返る。
(そ……そこは冷やかすところですよー!! 男性陣まで頬を染めて黙り込んでいる場合ではないですー!! 冷やかしてこの甘ったるい空気をぶっ飛ばしてくださいよー!!)
あの公爵邸らしからぬ「どよどよっ」「ヒュー!」でお願いしますよぉぉぉとアンナは心の中で叫んだ。
唯一アンドレイだけは、つまらなそうに横を向いて「けっ」と言っていた。
そのアンドレイに、シャンテルは笑顔で「めっ!」と言ってからすぐさまアンナとウォーレンに向き直って「わかったわ」とにんまり笑ったのだった。
「思い出に残るデートにしましょうね♡」
その後食事の席上で、あらためて十回分の計画を立てようとしていたシャンテルに対し、ウォーレンは「ありがとうございます」と言いつつもしっかりと自分の意見を口にしていた。
「まだアンナさんの興味関心がよくわかっていないので、この場で決めるのは三回目までにしませんか? 四回目以降に関しては、その三回のうちに話し合います」
そつのない主張を聞いて、アンナは内心で「これは破談を見越してのことでは」と考えた。三回会ってお互いが運命の相手ではないと確認が取れたら、そこで終わりにする。
そのくらい自由度が高い設定のほうが、アンナとしてもありがたい。
(この方の立場を思えば慎重であるのが当然だわ。私も、その期間に自分の気持ちを整理しなければ)
引き際を間違えないように、と自分に言い聞かせる。
もともと振られるつもりだったのだ。しかもこれだけ公爵家の全員に知れ渡った状態で振られたら、同情をひけるのは間違いない。
その一方で「自分は決して同情を引きたいわけではない」という負けん気もうっすらとある。
アンナの性格上、そこにミッションがあるのであれば当然コンプリートしたい。十回の設定なら十回つつがなくデートを終えたいと考えてしまう。
それは、長年の付き合いであるシャンテルにもお見通しであっただろう。
にこにこと笑いながら「わかったわ!」と言って、ひとまず三回分のデートの予定が組まれることになったのだ。その一方、アンナに向かって素早く耳打ちをしてきた。
「絶対絶対、最高の十回にしてみせるわ!!」
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