足して二で割る前に引くと?純度の高いグリズリーが残る。
「最初に、先日のプロポーズを謝罪致します」
たどり着いたドローイングルームで、発言を許されたアンナは真っ先にウォーレンに頭を下げた。
公爵夫妻は並んで座っており、ウォーレンは一人掛けの椅子に腰を下ろしている。アンナは着席をせぬまま玉砕前提のプロポーズを思い立った経緯や、ウォーレンに狙いを定めた理由を簡潔に説明した。
すぐにシャンテルが眉をひそめながら口を挟む。
「真面目なアンナを追い詰めてしまったのは私よ。縁談を用意したところで納得しない限り従う性格ではないとわかっていたのに。アンナには、どうしても良いところに嫁いでほしいと釣書を集めてきてしまったから」
未婚かつ、本人にも家族にも特段の問題はないようなめぼしい相手は、すべて公爵邸経由で声がかかっていた。アンナが迂闊に接触を持とうものなら、そのまま婚約に至る可能性があったのである。
そのため、公爵邸と関わりのない相手の中から「振ってくれそうな相手」を探す必要があり「冷徹侯爵」に行き着いた――アンナの説明に、ウォーレンは得心したように「なるほどなぁ」と頷いた。
「何か事情があるんだろうとは思っていたけれど、穏便でいかにも俺に執着心のなさそうなプロポーズをされたのが新鮮で嬉しくて舞い上がってしまった。普段俺がされるプロポーズといえば『あなたを殺して私も死ぬわ』ばかりだから」
「それは求婚ではなくて、心中のお誘いですよね?」
どう曲解しようにもプロポーズとイコールにはならない、とアンナは見解を述べる。ウォーレンはにこにこと笑いながら言った。
「実際に刃物持参の女性もいたからな」
笑うポイントではない。
「お怪我などは」
青ざめて尋ねると、ウォーレンは初めて物憂げな顔になり「それは大丈夫」と呟いてから小さく溜め息をこぼした。
「グリズリーと違って、殺意を向けられたからと言って殺意で応じるわけにはいかないところが女性の難しいところだ。社交界は恐ろしい」
前半を聞き流して結論だけ聞けば常識の範囲に収まることを言っている。アンナはどうにかそのパスを拾うべく、考えながら口を開いた。
「足して二で割ればちょうどいいのかもしれませんね」
どう足すのよ、とシャンテルが声を上げていたものの、エリックが「ここは黙って聞こう。若い二人に任せるんだ」とすかさず制した。
ウォーレンは切ない微笑みをアンナに向ける。
「二で割る前に女性をひいてくれたら俺にもどうにかできるんだけどな」
「純度の高いグリズリーしか残っていませんよ? むしろ女性の要素がゼロ」
「苦手なんだ」
あっさりと言い切ってから、ウォーレンは「まず座って」とアンナに言って着席を待つ。自分が動かねば話が進まないと了解したアンナが一人掛けのソファに腰を下ろすと、ウォーレンは公爵夫妻にも視線を向けつつあらたまった様子で切り出してきた。
「先ほど申し上げた通り、俺は領地からほぼ出ることがなかったんです。採取と討伐と研究が生活のすべてでした。王都での社交は双子の弟に任せきりで」
「あーっ!」
思わず声を上げたアンナに、ウォーレンは「そう。弟はこれとまったく同じ顔をしている」と自分の頬を指で摘みつつ先回りした説明をしてくれた。
「双子というのは何かと難しい。先に出てきたものを兄や姉とする考え方もあれば、後から出てきたほうが『腹の中で生まれたのは先だから』という理由で兄や姉とすることもある。これほど恣意的な分類だというのに、いざ『兄』『弟』となると家督を継ぐもの継げないものに分かれる。『弟』とされている側が割りを食ったと考えても不思議はない」
「もしかして、弟さんに悪評を広められたんですか?」
アンナの問いかけに、ウォーレンは首を振った。
「もっと悪い。悪評通りのことをしでかしたんだ。俺と同じ顔で、俺の名前を使って」
「女性の恨みを買って歩いた」
こく、と重々しくひとつ頷きつつ、ウォーレンは淡々と続けた。
「あの流行病の数年間、両親が相次いで倒れてあっという間に亡くなり、双子のどちらがと話し合う猶予もなく兄とされてきた俺が家督を継ぐことになった。俺はそのまま領地で特効薬を作るために寝る間もなく働き続け、王都のタウンハンスは弟に任せきりになった。弟は薬の流通に関わる仕事を率先して引き受けてくれていたんだ。実際かなり役に立ってくれていたよ。その件について本人は『兄さんの名前で進めている』と言っていたが、俺はてっきりそれを『領主代行として働いている』という意味だと考えていた。事実は違った……」
流行病の時期は大きな集まりがまったくなかったため、例年であればシーズンに必ず顔を合わせていた者同士でも数年会うこともなければ、気軽に噂話に興じる機会もないという状態にあり人の動きも情報も何もかもが鈍くなっていた。
停滞は経済にも影響を及ぼし、観光業や交易は特に打撃を受けた。貴族や実業家たちの中には没落して社交界に戻ってきていないどころか、どうなったかよくわからないまま消息が途絶えた家もあるという。
ミッドフォード侯爵家のようにこの期間に代替わりをしてもお披露目の機会もない家もあれば、まさにデビューするような年頃の令嬢令息たちもその機会を数年見送ることになったりもしていた。名前は聞いたことがあっても、本人の人相やひととなりはわからないという例も珍しくない。
ウォーレンの双子の弟はその状況をうまく利用して、領地には薬の流通に尽力することで信頼を取り付け、王都では双子である事情が広く行き渡っていないことを利用して「自分こそが代替わりしたミッドフォード侯爵である」と吹聴して遊び歩いていたということなのだろう。
アンナの理解を裏付けるように、ウォーレンはしみじみと言った。
「最近になって所用があって俺が王都に出てきたと同時に、弟は雲隠れした。二人揃った状態で人前に出ることが一度もないままだったから、弟に騙された女性に『あなたと今まで会っていたのは双子の弟だ』と言っても苦しい言い逃れをしているだけとまったく信じてもらえず、まともな話し合いにもならない。だいたい俺は弟が遊んだ相手を一切把握していないので『よく私の前に顔を出せたわね!?』なんて夜会でいきなり掴まったりして、目を覆うような修羅場になる。落ち着いて話し合う間もなく、主催に引き剥がされてもみ消されるところまでがいつもの流れ。が、目撃者は残る」
「そして『真剣な女性に対してシラを切り通そうとしたヤバい男、人呼んで冷徹公爵』という噂話だけが出回る……」
「そう。弟の行方を探してはいるが、成果は芳しくない。俺のほうとしては事態の収拾をはかるためにも、弟とはまったく無関係の女性とさっさと結婚しておいたほうが良いかもしれないと思い始めていた。そんなときに目の前に現れたのがマンドラゴラ――いや、君だ」
アンナは真剣に考えてから尋ねた。
「探せばいくらでもいませんか? ミッドフォード侯爵と結婚したい女性。つまり、本当のあなたと結ばれたい相手が」
「いない。弟の遊び方がえげつなすぎたようだ。社交が断絶していた時期、大きな集まりがなく女性同士が一堂に会する機会がなかったのを逆手に取り、狭い範囲で何人も……。これから俺が社交界で相手を探す場合、被害者本人でなくとも被害者とつながりのある女性ばかりだ。たとえ俺が別人だと言い張っても、恨みを買っている相手と同じ顔の兄であり、絶縁手続きでもしない限り結婚と同時にあいつが親族になる事実は変わらない」
ウォーレンはそう言うが、アンナはそれがそこまで彼自身の評価を下げるだろうか? と不思議に思ってしまう。弟がどんな人間であれ、ミッドフォード侯爵と一度話してみればその人柄はおのずと知れると思うのだ。
しかも、彼の場合はとんでもない研究の実績まである。
(領地の研究者の成果ではなく、まさか本人が材料の採取からがっちりと関わっている研究者とは思いませんでしたが……)
優秀で、見目も良い。それでこの性格で……と考え始めたところで、アンナは自分の心象ではなく客観的な条件に終始しようと思い直した。
「ミッドフォード侯爵は薬の件で財を成したと言われています。大富豪なのでは?」
「成してない。稼ぎはそのまま研究につぎこんでいるし、余剰は領民に還元した。グリズリーに家族を奪われた家への保証とかだな」
「でもそのお顔が」
「見た目で選んでくる相手というのは、社交の場での付き合いを期待しているんじゃないだろうか。俺は長く王都にとどまって社交はできない。領地では研究所の頭数に入っているので、いないといろいろ遅延が発生する。特段の用事がなければ帰って仕事をしたい。できれば結婚相手を連れ帰りたいところだが、グリズリーと戦えるか、薬草に詳しい女性が良い」
「わ、私はグリズリーとは戦えませんよ?」
とんでもないことを見込まれていると気付き、アンナは正直に自己申告した。
ウォーレンは特に気にした様子もなく、笑顔になる。
「薬草には詳しいだろう? アンナ・ギボンズという名前はどこかで聞いた覚えがあると思ったんだが、論文を読んだことがある。本人だな?」
「薬草は……たしかに研究をしていたことはありますが……」
でも、あの日は私が名乗る前に結婚を了承していませんでしたか? と言おうとして、アンナは周囲が静かであることに気づいた。
ハッと見回すと公爵夫妻もメイドも侍従も皆部屋から出ていこうとしている。
「ま、待ってください!」
変に気を回して二人きりにしないでください! と心で叫びながら呼びかけると、シャンテルは扇子で口元を隠しつつ、笑顔で振り返った。
「気にしないで、すぐに呼びに来るから。私たちは一足先に婚約パーティー会場の確認に行くだけよ! もう準備はばっちりだと思うけれど、一応ね。ほほほ」
アンナがもう一言何か言う前に、バタンとドアは閉ざされて辺りは静まり返る。
二人きりで残されてしまった。




