遅いか早いかの問題じゃねえべさ!
女性といわず男性といわずその迫力ある美貌で薙ぎ倒す。
そんな凶悪な男がこの世にいてたまるかと思うものの、ウォーレン・ミッドフォート冷徹侯爵はまさにそれほどの存在感の持ち主であった。
すでに数人が倒れた後ということで異様な気配が漂う中、玄関ホールで対面したアンナにウォーレンは実にきさくな笑みを向けてきた。
まさに旧知の知り合いに会ったかのように、あけっぴろげな表情で唇の形など明らかに「よっ」と言っていた。軽い。とても評判最悪の冷徹侯爵とは思えない。
アンナは違和感を覚えつつも、彼こそ夜会でアンナが当て逃げしてしまった人物に間違いないと確信する。
直視するには眩しすぎるその美貌におののきながら、ひとまず口上を述べた。
「本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます……という挨拶をするところなのでしょうけれど、本来私はもう少し後に出る予定だったんです。もったいぶった方が良いと主に指南されまして。でも貴方様がメイドや侍従まで何人も薙ぎ払ったという報告があったものですから、これ以上の被害を出さないためにお迎えに上がりました」
破壊神扱いしてしまった。
(あ~~~~っもう少し奥ゆかしく会話を始めるつもりだったんですが……ここ数年子育てメインで人間の大人と会話する機会がろくになかったので早速失敗しました!)
それどころか、そもそもプロポーズ時点ですでに用件のみだったのだ。これはもう自分の性分として仕方ないと、アンナは自己完結しておくことにした。
実際のところ、ウォーレンもまた特に気にした様子もなかった。心の広い破壊神である。
「一昨日ぶりか? さすがに夜会の翌日に先触れもなく訪ねるのはマナー違反かと遠慮したんだ。俺は最近まで山暮らしをしていたせいもあって、社交には疎い。今日は来て大丈夫だったか?」
灰色がかった青い瞳に親しげな光を浮かべて、気さくに尋ねてきた。
アンナがたじろいで返事に迷うと、さらに目を見開いて軽く小首を傾げる仕草をする。
「ん? どうした?」
耳がとろけそうなほど響きの良い声であった。
ざわっと空気が揺らぎ、アンナの背後に控えていたメイドがよろけながらその場に膝をついた。口元を手で押さえて「もうだめです」と苦しげに呻き声をもらす。
すかさず他のメイドが「衛生班!」と声を上げた。
(え? 公爵邸に衛生班いるの? 初耳なんだけど)
アンナが状況を掴めないうちに、駆け込んできた男性使用人がメイドを抱え上げる。その動作中にウォーレンを視界に入れてしまったらしく「うっ」と苦悶して顔をしかめた。「人類にあの顔は早すぎる」何か言っている。
先ほど「衛生班!」と呼んだメイドが、しかめっ面で首を振りながら「んにゃ、遅いか早いかの問題じゃねえべ。人類じゃねえ」と囁いていた。お国言葉が出ていた。かなり動揺しているらしい。
行儀良く立ち止まって様子を見ていたウォーレンであるが、男性使用人が「よいしょ」とメイドを抱え上げたところですたすたと距離を詰めてきた。
「手伝うことはあるか?」
きゃああ
うぐああああ
声なき悲鳴が上がる。
さらに被害が拡大する気配を察したアンナは、果敢にウォーレンの前に躍り出てばばっと両手を広げて背後の者たちをかばい、自ら防壁となる。
「お客様のお手を煩わせるわけにはいきません!」
近づくと、思った以上に背が高い。
ウォーレンはアンナの防壁などものともせず、後ろを覗き込むようにして言った。
「体調が悪そうだ。さっきも何人かよろめいているのがいて、気になっていたんだ。本当に大丈夫か? 集団で症状が出ているなら食あたりか、もしくは感染する病気じゃないか。薬が必要なら言ってくれ。すぐに手配する。ええと手持ちは……」
自分の上着のポケットを叩き始めたので、アンナは全力で「大丈夫でございますので!」と待ったをかけた。
「お気遣いには及びません! 衛生班が対応しますのでお客様はまずはドローイングルームへどうぞ。不肖私めがご案内いたします!」
アンナ自身は未確認ではあるが、衛生班がいると言うのならいるに違いない。いるという体で話を進めた。
ウォーレンは特に訝しんだ様子もなく、むしろ感心した様子で相槌を打つ。
「やっぱり公爵邸ともなれば衛生班いるんだな。うちも領地のほうにはいる。領地がほぼほぼ山だからグリズリーとの戦闘も多いんだ。その意味では怪我の手当がメインだけど、都会のタウンハンスの衛生班とは役割も装備も違いそうだな。あっ今度衛生班同志で交流会するのもいいんじゃないかな」
どんなお誘いなのだ。
「あっと……わかりました。話を通しておきます」
どこに? どこかだ。無いなら急遽編成すればいい。アンナは平静を装って返事をしつつ、頭をめぐらせていた。
しかし、ひとところに留まると犠牲者が増える恐れがあるので「こちらへ」とウォーレンを先導して歩き出す。
通りすがりにメイドたちに「大丈夫?」と声をかけたものの「私たちに構わず先に行ってください!」と言われる。ウォーレンがすかさず「薬ならあるぞ」と言うもので、メイドだけではなく男性使用人まで血を吐きそうになっていた。人類には早すぎる破壊神は頼むから喋らないでください! とアンナは心の中で絶叫した。
(なんかもう、初っ端からペース乱されすぎてよくわからないことになってしまいましたが……。ええと私はいま何をするんでしたっけ。段取りごと記憶が飛ぶ!)
思い出そうとしたところで、さっと飛び出してきた小さな人影に行く手を遮られた。
幼い声が高らかに響き渡る。
「待ちなさい! そこのクワガタの男!」
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