64.「深夜のアクシデント」
(ピコピコ~)
「ありがとうございました~」
「……」
「おい岬。お客様への愛が足りないぞ?」
「死ねし」
時刻は夜に差し掛かる。
俺と同じ時間にバイトのシフトを合わせている岬。
仕事中にも関わらず、今日の岬はウンともスンとも言わない。
俺と岬は完全に冷戦状態に突入した。
夜の中央通りはそこまで人が多くはない。
コンビニの客の入りもまばらだ。
楓先輩との一件があったにも関わらず、俺の周りの時間はいつも通りに進んでいく。
仕事をしていると時間の経過も早く感じる。
今日のバイト終了。
ロッカーがある店内の従業員用スペース。
岬はいつも通り先に店の外へ出て行く。
岬を家に送ったら、家に帰って成瀬と紫穂の作ってくれたカレーでも食べる事にしよう。
店の外に出る。
いつも店の外で待ってるはずの岬の姿が……無かった。
……あいつ。
なんだか今日は1日機嫌悪かったもんな……。
夜道を恐れていつも岬のマンションまで岬を送り届けていた。
まあ、すぐそこなんだけどね。
今日は良いか。
これを機会に別々に帰る事になるかも知れないな……。
一度は俺も、自分の家に1人で帰ろうと歩を進める。
……
………
……………ダメだダメだダメだ。
太陽なら絶対こんな事はしない。
いくらへなちょこでも男だろ俺は?
そもそも俺が家まで送る前提でバイトのシフト合わせてるのに、ちょっと喧嘩したからって女の子夜道に放り出すのはどうかしてる。
ましてやあの子、夜道が怖いって自分から俺に言ってくれた。
女の子1人で放置させる俺は人間のクズだ。
中央通りを岬の自宅マンションに向かって走る。
いつも震えていたあいつを放っておいて、俺はなに1人で帰ろうとしてるんだよまったく。
いつも岬と歩く道を注意しながら駆け抜ける。
もしかして俺と出会うまいと、車道の反対側を歩いているかも知れない。
でもいない。
もう帰ったか?
街灯は一定間隔にしか灯っていない。
夜は薄暗い中央通り。
たまに行き交う車のヘッドライトが一瞬道を照らす。
そしてまたすぐに、辺りは漆黒の夜道に姿を変える。
……いない
………いないな
…………もう、岬のマンションに着く
いつも岬と別れるマンション1階の入口まで到着した。
ここまで岬には出会わなかった。
最後にエントランスを覗いて、それでもいなければもう家に帰っているだろう。
こんな心配するくらいなら、さっさと岬を探しにいけば良かった……。
……岬の声がする。
……男の声も。
……マンション1階のエントランス。自動ドアの前に岬の姿。
……その近くに頭にフードを被った男の後ろ姿。
「岬!」
「高木」
フードを被った男が俺の方を振り向いたスキに、壁際に追い詰められていた岬が俺の方に走ってくる。
男はフードを拭い、顔を見せる。
知らない男……岬はこいつの事知ってるのか?
「岬、知ってるやつか?」
「うん」
「この前言ってたやつか?」
「うん」
岬が言うこの前言っていた男。
以前付き合っていた彼氏。
岬に付きまとっていたのはこいつの事か?
「れな、よりを戻そう?」
「知らないし」
「誰だよそいつ?」
「今うちはこいつと付き合ってるの!」
「嘘だろれな?」
とんだ修羅場に出くわしてしまった。
状況からして無理やりこの元彼氏が岬の後をつけて自宅まで押しかけてきたのは明らかだ。
「こんなアホヅラのどこが良いんだよ!」
「このアホヅラでもあんたみたいに叩いたりしないの。もううちに構わないでよ!」
なんか俺、今カレにされてる?
アホヅラの今カレ……かなり嫌な響き。
岬を叩いた?
同情の余地もない元カレ。
付き合った事が無い俺。
男女の関係は俺には理解できない。
男女の会話に口を挟む余地がまったく無い。
どうしたらいい、アホヅラ今カレの俺?
マンション1階、オートロックの自動ドアが開く。
新たに入ってきた男が1人、岬の顔を見て驚いている。
この人たしか……。
「どうしたれな?お前たちなにやってる?」
「兄貴……」
まさかのお兄ちゃん登場。
たしか太陽と同じ野球部の4番打ってた巨漢の先輩。
岬とこの人が兄妹とはとても思えない。
「つけられたのか、れな?」
「……うん」
「貴様……」
長身で筋肉マッチョ、屈強なお兄ちゃんの登場に元カレもビビりまくり。
なんか解決しそう。
「このアホヅラ!俺の妹になんて事してくれたんだ!」
(バコッ!!)
「ぐはぁ!?」
「あーーー馬鹿兄貴!こっちのアホヅラが今カレ、あっちがツケまわされた元カレ」
「そっちか、貴様!」
「ごめんなさいお兄さん」
「誰がお兄さんだこら!!」
「高木!?しっかり」
なんで俺だけ……
(ピーポーピーポー)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……
………
…………知らない天井。
「高木!」
「お、おう岬。高木さんだぞ、どうした?」
「どうしたじゃないっしょ!」
岬が半泣きで俺に抱き付いてくる。
痛い……なんか頭が凄く。
何やら白いシーツのベッドの上。
蛍光灯の光が目に入り眩しい。
痛てて……。
マジで顔面痛すぎ……。
「申し訳ない事をした」
「痛てて……あっ、岬のお兄さんですよね?」
病室のような場所にいる俺。
ベッドの前に2人の警察官が立っている。
俺の傍にいる岬、その傍に立つ岬のお兄さん。
先ほど岬の住む自宅マンションに救急車が手配された。
ケガをして乗せられたのは俺という事になっているらしい。
岬に小声で尋ねる。
「岬、あの元カレは?」
「兄貴がボコって先に逃げた」
「マジか……」
「ちょっと宜しいでしょうか?」
「警察……」
怪我をした俺に事情を聞きたいと話す警察官。
まずいな……殴られたのは間違いなくお兄さんだけど……今ここで俺がそれを口にしたらどうなる?
「……一瞬の事であまり覚えてませんが、彼女に殴られました」
「あんた何言ってるっしょ!」
「彼女?君はこの子の彼氏?」
「俺が浮気したから。そうだろ、れな?」
「……そうです」
「なるほど……被害届はお互い出す意志はあるかな?」
「いえ」
「ありません」
「では示談という事で宜しいですね?」
「はい」
「あまり人がいる前で派手にやらないように。次にこんな事があれば、示談では済まないからね」
「お騒がせしてすいませんでした」
どうやら本当にここは病院らしい。
救急車に運ばれて、警察沙汰になってしまった。
2人の警察官は事情だけ聞いて帰って行った。
どうやら俺と岬を本当に付き合ってる男女だと思ってくれたようだ。
「あんた何よさっきの!」
「れな、分からないのか?」
「兄貴が殴ったから……兄貴が試合に出れなくなるじゃん……」
俺はとっさに野球部の事が頭をよぎった。
来月には甲子園の地区予選を控えている大事な時期。
3年生レギュラーで4番まで打ってるお兄さんが警察に捕まれば、お兄さんも作新高校の野球部もタダではすまない。
ただの不可抗力だった事は俺も岬も分かってる。
だが世間はそうは見ない。
俺はとっさに嘘をついてしまった。
「あんな嘘までついて、馬鹿じゃん」
「お前だって俺の事今カレにしてただろ?」
「それは……」
「違うのかお前たち?」
「僕ら同じクラスメイトで、バイト先も一緒なだけの関係です」
「あんただけ殴られ損じゃん」
「悪いのはあの元カレだろ?」
「……うちも半分……もっと悪いかも」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おはよう~……高木君大丈夫その顔!?」
「本当、どうしたのその怪我!」
「はは、コロんじゃって。大丈夫、大丈夫」
「嘘だよそれ~」
次の日、学校に登校。
S2クラスに入るなり、俺の顔の傷を見てクラスメイトから次々と声がかかる。
最近アクシデントが多い。
これも悪い事をしてきた代償かも知れないな。
「あんた……」
「よう岬、おはようさん」
「……昨日出た病院の薬あるっしょ?」
「ああ、一応持ってきたけど」
「早く出せ」
「えっ?」
「この下手くそ」
クラスメイトの視線を無視して、岬は俺の額の傷口に薬を塗り直してくれる。
「シップは?」
「カバンに」
「早く出せ」
「はい」
俺の家には俺1人。
適当な傷口の処置を見かねて、岬が手当てをやり直す。
「ちょっと話あるから、今日どっかで付き合って」
「りょ、了解」
俺と岬の冷戦は終わったと、アホヅラの俺は、勝手にそう思っている。




