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63.「梅雨空の下」

 今日の授業が終了する。

 野球部の太陽が試合で投げる日が近づいきた。

 来月7月には期末テストと共に、高校球児たちが甲子園を目指す地区予選が開始される。


 今日の夕方からはバイトのシフトを入れている。

 ここ数日、楓先輩の一件もあり勉強時間が不足しているように感じる。

 大丈夫かな全国模試……。


 全国模試まで2週間を切った。

 楓先輩も……全国模試の予習してるのかな……。


 S2クラスを岬が無言で出ていく。

 今日は昼休憩の時間、楓先輩と話をしてから部室に行ったがすでに岬の姿はなかった。


 なんか昨日のあれですっかり嫌われた感じだな……。

 顔のホホも痛いし、自業自得か。

 まあいい、今日は予習頑張るか……。


 校舎の1階、下駄箱まで降りてくる。



「キャー」

「雨降ってきたー」



 マジか……。

 俺傘持ってないよ……。


 6月の梅雨だし、雨が降りやすい季節だった。

 家にテレビが無いから季節感を感じない。


 今日は夕方からバイトあるし、部室にはコモれないし。

 しょうがない、ちょっと濡れるけど……。



「高木君」

「えっ?ああ、成瀬か。野球部どうした?」

「雨だから今日は室内練習。狭いし、マネージャーは今日お仕事なしです」

「そうか。俺は仕事あるから先に帰るわ」

「ちょっと待ちなさい。また傘持って無いでしょ?」

「ああ……」

「もう……いつも用意が足りないんだから」



 


 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 ヤバい。

 なんでこうなった?



(コツン)



「あっ、ごめんね」

「傘……俺が持つ」

「……うん」



 1つしかない成瀬の小さな折り畳み傘を2人でシェアする。

 雨は意外に強い。

 正直傘は助かる。




(コツンコツン)




「狭いから……当たっちゃうね」

「ああ……」



 傘は助かるが、成瀬との密着が半端ない。



「6月ってもう暑いよね。ムシムシするし」

「だな」



 6月に入って女子の制服はすでにクールビズ。

 地球温暖化の影響を肌で感じる。



「知ってる?『作新祭さくしんさい』」

「『作新祭さくしんさい』?なにそれ」

「やっぱり知らなかった高木君。今度の全国模試が終わったら6月末に毎年やってる文化祭だよ」

「へ~」



 うちの高校の年間イベントにそんなのあったかな?

 テスト関連はすべて調べたけど、正直文化祭なんて興味すら無かった。



「来週は選挙もあるでしょ?」

「選挙?また総理大臣変わったっけ?」

「それはしょっちゅうだけど、うちの生徒会は年に1回。毎年6月だよ」

「なるほど、出るのか成瀬?」

「出ません」

「はは、成瀬が生徒会入ったらますます校則厳しくなりそうだしな」

「ちょっとそれどういう意味?」



 成瀬の話では、現職で2年生から生徒会長をしている叶美香が、3年生になって2期目の生徒会長に立候補しているらしい。



「また出るのあの人?」

「高木君、生徒会長と仲良いんでしょ?」

「その真弓姉さん情報でたらめだって成瀬。目付けられてこの前お茶の作法まで直接指導されたよ」

「やっぱり仲良いんじゃないの?」

「全然、アデューだよアデュー」

「なにそれ?」



 俺の家までこのまま送ってくれると言う成瀬。

 遠慮はしたが、さすがにこの雨で傘無しは厳しい。

 幼なじみのよしみ。

 甘える事にする。



「あのね高木君……」

「ああ、なに?」

「……やっぱりいい」

「なんだよそれ。変なやつだな」

「昨日はお姉ちゃんが悪いから叱ったの。でも話を聞いたら……一番悪いのは高木なんだからね」

「それなんの話?」

「う~~~もういい!」



 成瀬は勝手に怒り出して勝手に黙り込む。

 なんかあったっけ昨日?

 昔から思ってたけど、成瀬は凄く可愛くて凄くおかしな女の子だ。

 


 俺の家に一番近いスーパーが見えてきた。

 うちのアパートまではもうすぐ。


 成瀬が立ち止まる。

 雨で小さな傘をシェアしている俺も同時に止まる。



「どうせ家寄るから、晩御飯作ります」

「いいよそんな事しなくても」

「わたしがそうしたいの。お金は自分で払って下さい」

「う~ん……頼むわ成瀬」



 成瀬に甘える事にする。

 というか週一で成瀬家に俺の胃袋はすでにお世話になっている。

 俺の体の半分は成瀬家に支えられている。


 スーパーに2人で入る。

 成瀬とこのスーパーに入るのは初めての事では無い。



「高木君覚えてる?」

「小学校の時のあれなんだっけ?みんなでバーベキューしたのは凄い覚えてる」

「ふふっ、美味しい物食べた記憶だけ残ってるのね。林間学校の買い出し、わたしと高木君同じ班だったでしょ?」

「そうそう、肉買い過ぎて先生に怒られたやつ」

「そうです」



 俺の黒歴史の1つ。

 成瀬との楽しかった思い出。

 俺と成瀬は昨日今日の付き合いじゃない。

 楽しかった思い出ならいくらでも語り合える自信がある。


 入口すぐのフルーツコーナー。

 成瀬が日本で一番有名な兄弟を発見する。



「見て見て高木君。わたしこれ好き」

「キウイブラザーズだろそいつら?」

「知ってるの高木君?」

「この前ローソンでそいつらの付録付いた雑誌が秒で完売したんだって」

「え~それ早く言ってよ~。ネットも雑誌も完売しててお姉ちゃんと一緒に探してたの」

「今度雑誌の付録あったら取っとくよ」

「2つお願いします」



 何年先になるか分からないが、覚えていたら取っておこう。


 続いて野菜コーナー。

 成瀬から何が食べたいか聞かれる。



「野菜はちょっとな~」

「子供みたいな事言わないの。カレーにする?」

「最高。大好きだけど自分じゃ絶対作らないやつ」

「自慢みたいに言わないの。しょうがないんだからもう~」



 野菜コーナーで人参を成瀬が選んでいると、俺のスマホがブルブル震える。


 ラインかな?

 誰だろ。




『お兄様、今日はわたくしがご自宅までお食事を作りにお伺いさせていただきます』




 ヤバ……。

 妹の紫穂。

 今日料理人なら間に合ってるって。




『晩御飯なに食べたい?』




 ライン打つの早いな紫穂のやつ。

 アナログ男子のお兄様。

 対応が追いつかない。




『ご飯にしますか?お風呂にしますか?まさかのわたし!?キャーー』




 言いたい放題言いやがって。

 ご飯なら間に合ってるって……。



「キャーー」

「えっ!?」

「紫穂ちゃん!?」



 まさかの紫穂と鉢合わせ。

 キウイブラザーズも悲鳴にビックリ。

 野菜コーナーに悲鳴がこだまする。


「お兄ちゃんに成瀬先輩……大失敗、ごめんなさい、失礼します」

「紫穂ちゃん」

「ちょっと待て紫穂!」






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「わたしお邪魔じゃありません先輩?」

「そんな事はありません」

「そうだぞ紫穂」



 スーパーで鉢合わせになった紫穂。

 成瀬と俺の姿を見るなり、逃げ出そうとしたところを確保。

 一緒に家に連れて帰る。



「まさか先輩とお兄ちゃんの仲がここまで進んでいたとは……」

「そんな事はありません」

「そうだぞ紫穂」



 妹の紫穂は好き勝手な事を言いながら台所に立つ成瀬の隣に並んで料理を始める。

 なにやら2人でヒソヒソと話をしているがこちらまで聞こえてこない。


 2人は俺も通っていた中学で同じ美術部の先輩と後輩。

 紫穂にとって成瀬は頭の良い憧れの先輩。


 机で勉強をしていると、2人がキャッキャと女の子してる声が聞こえてくる。

 とてもじゃないが勉強に集中などできない。


 そのうちカレーのいい匂いがこちらまで漂ってきた。

 2人とも超優秀な料理人だ。



「お兄ちゃん、バイトでしょ?先食べてく?」

「もち」

「成瀬先輩の手作りだよ~この幸せ者~」

「サンキュー成瀬」

「どういたしまして」



 紫穂のイタズラをサラリと受け流す。


 この後コンビニにバイトに行く。

 その前に腹ごしらえ。


 行く前にカレー。

 帰ってからカレー。

 2人の作ってくれた晩御飯は本当に助かる。



「先輩とアイアイ傘とは、計画的犯行ね」

「うるさいぞ紫穂。俺にそんな策が打てるわけないだろ?」

「そうよ紫穂ちゃん。高木君が折り畳み傘なんて持ってくるわけないでしょ?」

「そのダメお兄ちゃんを助けてくれる成瀬先輩は素敵です」

「悪かったなダメ兄貴で」



 女子2人に散々罵られるダメなお兄ちゃん。

 カレーを作り終わり、成瀬は家に帰ろうと席を立つ。



「成瀬先輩。今度『作新祭』わたしも行きますね」

「分かったわ。紫穂ちゃん、わたしが高校案内してあげる」

「本当ですか?わっほい~」

「ありがと成瀬。今日はサンキュー」

「天気予報はちゃんと見て下さい。もうスマホあるでしょ?」

「朝出る時、持って出るか空見て決めてる」

「そしていつも傘を忘れると」

「うるさいぞ紫穂」

「ふふっ、ちゃんと注意。じゃあわたしはこれで」



 玄関の扉を開ける。

 いつの間にか雨が止んでいた。

 陽もまだ高く、周囲も明るい。

 家まで送る必要はなさそうだ。


 玄関で成瀬と別れて、バイトの時間まで紫穂と過ごす事になる。



「お兄様、先輩と何か進展あった?」

「そんなものねえよ。いつも通りだっただろ?」

「家まで来て料理作ってくれる女の子普通じゃないから」

「そうなのか?」

「そうです」



 言いたい事を言い終わると、紫穂はリビングにゴロリと横になりダラダラし始めた。

 成瀬が帰って家の中モードになっている我が妹。


 なにやら仰向けに天井を見ながらスマホをいじっている。

 この後バイトがあるので台所で食器の洗い物を始める。

 台所に向かい、背中にいる紫穂は見えなくなる。



「お兄ちゃんが浮気して無いかチェックしとこ~」

「えっ?何だって紫穂?」



 なに言ってんだ紫穂のやつ?

 構わず洗い物を続ける。


「お前に会いたい……今すぐ!?しかも返事が……待ってるとかヤバ過ぎ!?ケダモノ!嘘、信じられない!!」

「馬鹿紫穂!?お前、俺のスマホ勝手に見てんじゃねえよ!」



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