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65.「背に腹は代えられぬ」

 金曜日の授業が進む。

 岬のお兄さんにボコられた哀れな男、高木守道。

 額の傷口は痛むが、周囲の目が気になる以外は生活に特に支障はない。

 

 昼休憩の時間になり、岬が俺の席にやってくる。



「部室行く?」

「ああ、災いが降りかかる前に早く行こうぜ」

「ふふっ、なにそれ?」

「シュドウ君」

「げっ!?光源氏」

「神宮司だっつーの」



 隣のS1クラスから来た神宮司が俺と岬がいるS2クラスを後ろの入口から覗き込んでいる。

 ヒョッコリと顔だけ出して、可愛さ半端ない。

 視線が合うと満面の笑みで勝手にS2クラスに侵入してくる。



「お前勝手に入ってくるなって」

「えへへ……シュドウ君ケガしたの?」

「えっ?ああ、別にたいした事ないよ」

「これ痛い?」



(ツンツン)



「痛てぇー!?つんつんするなって!痛いだろ」

「あ~」

「あ~じゃないよ。お前が行く前に俺が病院送りになっただろ」

「う~ん……一緒に行く病院?」

「行かないよ。どうした神宮司?まさか俺を病院に誘いに来たわけじゃないだろうな?」

「あっそうだ。わたしの大事なお仕事」

「バイトでも始めたのか神宮司?」

「うん、これシュドウ君に渡してきたらお姉ちゃんがお菓子くれるの」

「随分安いバイトだな……手紙?」



 最近手紙と名のつく物に恐れを感じている。

 スマホやラインと違って、紙に書かれた文字の威力は半端ない。



「これ誰から?」

「お姉ちゃんだよ」



 楓先輩?

 昨日楓先輩とは話半分で未来ノートの件は終わってしまっていた。

 先輩とは電話番号やラインも交換していない。

 それで手紙をよこしてきたのか……。


 まだ開けてもいないのにドキドキする。

 手紙の封にはパンダのシールが貼られていた。

 女の子の手紙感が半端ない。


 嫌われている可能性の方が大いに高いが、この世界で認知した未来ノート所持者からの手紙。

 パンダのシール……もしかして嫌われていない?


 普段の俺なら楓先輩から手紙がくるだけでもん絶してしまうが、事情ここに至り落ち着いて手紙を開く事にする。

 












『屋上で待ってます 楓』













「おいアホヅラ、どうしたっしょ?」

「なにも言えねえ」

「なんか言えし」

「……先輩から呼び出し。終わったら部室行くわ」

「オッケー……あのさ……」

「えっ?ああ、今日明日バイトだろ俺たち?昨日は帰り1人にして悪かった、今日はちゃんと送ってく」

「うん……お願い」



 神宮司はキョトンとした表情で俺と岬の会話を聞いていた。

 岬は同じパン研部員の神宮司にあいさつを終えると、パン研の部室に向かいS2クラスを先に出て行く。


 パン研の幽霊部員である神宮司は真弓姉さんとお茶会の設営準備に向かうらしい。

 シートとお弁当箱を広げるだけのようだが……。



「神宮司、迷子になるなよ」

「わたし大丈夫。美味しいお菓子のところまで迷わないの」

「お前お菓子が無いと迷うのかよ」

「えへへ。バイバイ」



 いつものように胸の前で小さく手を振り小走りに去っていく神宮司。

 小動物のような美少女は俺の想像を遥かに超える存在。


 未来ノートの所持者と彼女の事を考えた事もあったが、実際に所持者が楓先輩と判明した以上、彼女の学年トップの学力は認めざるを得ない事実。


 頭が良いのに謙虚で自然に振舞っている彼女を、俺は尊敬の念すら抱き始めている。

 まあちょっと色々とあれだけど……。

 

 迷子癖のある彼女。

 校庭中庭の噴水前までは、あの子は嗅覚を使って辿り着く事が出来そうだ。


 屋上へ向かう。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 屋上に到着。

 扉を開けると心地よい風が吹き抜ける。


 梅雨時に珍しく太陽が顔をのぞかせる。

 日差しに照らされ、白い肌が輝いて見える。


 美しい1人の女性が、俺の目の前に立っていた。




「守道君」

「楓先輩……」

「……守道君、その傷どうしたの?」




(ツンツン)




「痛てぇー!?痛い、痛いっすよ先輩」

「ごめんなさい、わたし……」

「妹と同じ事しないで下さいって」

「葵ちゃんも?」



 ふいに先輩に近づかれ、傷口をツンツンされる。

 初撃で傷口をエグられ重傷。



「触りたいのは分かりますけど、マジで痛いですから勘弁して下さいって」

「ごめんなさい」



 傷のおかげで逆に打ち解けて話を始められた。

 どうやら怒っているわけではなさそうだ。

 


「それより先輩、手紙で呼び出しとか反則ですって」

「あら……ふふっ、昨日のお返しです」

「マジっすか?」

「座ります?」

「え、ええ……」



 先輩にリードされて座って話をする事になる。

 2つも上の先輩から言われると、太陽で無くても何でも指示に従ってしまいそうだ。


 お互いこの後向かうべき場所がある。

 まるで昨日の話の続きをするように、昨日と同じ場所に並んで座る俺たち2人。


 体育座りで両手に膝を抱える先輩が半端なく可愛い。

 今日は笑顔でニコニコしているし、嫌われているわけではなさそうだ。



「あのね守道君。今日は守道君にお礼が言いたくて」

「お礼?」



 なんだろ……。

 昨日は先輩泣かせちゃったし、お礼を言われるような事は何も思いつかない。



「葵ちゃんがね、手術、受けるって初めて言ってくれたの」

「えっ?」

「守道君に頑張れって言われたからって。わたしが言ってもダメだったのに……それが嬉しくて」

「そんな事たしかに言いましたけど……なんかビビってるだけにしか見えなくて。すいませんでした、余計な事言っちゃいまして」

「ううん、本当にありがとう」



 葵……。

 お姉さんの説得でも手術を受ける事をためらってたようだな。


 なんの病気かもよく分かってないし。

 無責任に言っちゃって良かったのだろうか?

 少し心配になってきた。



「病院とか決まってるんですか?」

「うん。京都にある大きな病院。検査もそこに通ってるの」

「京都まで……やっぱり大きな病気なんですね」

「うん……」



 なにか権威のある先生でもいるのだろうか?

 わざわざ京都まで足を運んでいるなんて、俺は葵の事情を本当に知らな過ぎる。



「全国模試……近いよね」

「そうですね先輩……俺、最近ちょっと忙しくて予習不足ですよ」

「そうなの?ごめんなさい、わたしもお勉強邪魔しちゃって」

「良いですよ先輩。おかげで本当の先輩の事見つけられたんですから」

「まあ……そうね。わたしも本当の高木君と出会えたわ」



 本当の俺たち2人。

 平均点の高木守道、そして神宮司楓の事。



「全国模試の英語……あれ長文ヤバくないですか先輩?」

「そうなの。もうあれどうしましょう……」

「はは、先輩以外に弱気キャラだったんですね」

「いつもそう……もうテストの結果が悪かったらどうしよ~って……」

「分かります。それ凄い分かります」



 化けの皮がはがれる瞬間。

 未来ノートの所持者に模範解答は与えられない。

 常に必死に問題を調べ、自分で調べた解答が合っているのか不安になる毎日。



「守道君、あの英語どうやって調べてる?やっぱり辞書?」

「最初俺もジーニアス、メチャメチャ使ってましたけど。あれ一字一句訳していくのヤバくないですか?」

「そうなの、そうなのよ。大変でしょあれ?」

「俺もうとっくにジーニアスメインから卒業しちゃいましたよ」

「えっ?なにそれ……」

「嘘でしょ先輩。まさか英語の模範解答探すの、辞書と問題集だけでまだ頑張ってるんですか?」

「ウソ、ウソ。それ以外どうするの?」



 俺はスマホを取り出す。

 未来ノートの予習のやり方を人に話すのはかなり変な話。

 はた目にこの光景を見られていれば、勉強を教え合っている先輩と後輩にしか見えないだろう。



「翻訳アプリ?ウソでしょ守道君」



 未来ノートを最初に手に入れて英和辞典ジーニアスを必死に開いていた俺。

 今でも細かい翻訳を求める時には当然使っているが、一字一句全部やっているとバイトも生活も成り立たなくなる。

 時間は24時間しかない。


 永遠には予習だけに時間も当てられない。

 模範解答を作った後は正答と解法を暗記する時間も必要になる苦行が待っている。


 語弊もあるが、正答だけ導ければ良いテストも存在する。

 未来ノート所持者にしか分からない感覚。

 

 海外旅行に行く岬れなが俺に教えてくれた翻訳アプリ。

 スマホの写メを撮ってアプリのボタンをポチる。

 かなりいい加減ではあるが、英語の長文も大まかな翻訳をしてくれる。



「……結構いい加減な翻訳」

「そうなんですよ。時と場合というか、小テストレベルの語群選択ならこれで十分いけますよ。俺も英語全然分かってませんけど、何言ってるか何となくこれでも分かりますよね」

「本当ね……これなら他の予習に時間が有効活用できるわ」



 これまで辞書と問題集だけで必死に解答を探していたであろう先輩。

 俺の未来ノート七つ道具の1つ、翻訳アプリを先輩に教えてあげる。



「このアプリ無料ですよ先輩」

「本当?どこ?」

「これっす。そう、それ」

「うん……写メしたら良い?」

「そうそう。ピント合わせないと文字化けするんですよ……これでここのボタン押して」

「あら……凄い」

「でしょ?でも良いんですか先輩?ジーニアスで調べてた方が罪が軽いと思いますよ」

「……わたしたちの罪に今さら重いも軽いもありません」

「やっぱりそうですよね……」



 実力では英語の長文問題で良い点取れない頭の悪い俺たち2人。

 背に腹は代えられない。

 今さら偏差値の低い高校に転校なんてもっとできない。


 身の丈以上の高校で学校生活を続けるには、俺たちには他に選択肢が無かった。



「守道君、日本史と世界史どっち選ぶ?」

「今回世界史にしてます。なんか検索しやすかったんで」

「わたしも」



 全国模試では歴史は地理、日本史、世界史の3つから科目を選べる。

 色々試した結果、模範解答が最も作りやすかった世界史をチョイス。

 

 未来ノートの所持者なら100%世界史を選ぶ。

 先輩も世界史を選んで予習しているようだ。



「大航海時代あるでしょ?」

「そうそう、あれ難問ですよね。マゼランの後が難しくて」

「マゼラン?違うわよそれ守道君。あそこ紛らわしい設問だけど正解はコロンブス」

「え!?世界一周の方じゃないんですか?」

「卵の方です」

「危ない……後で直しときます」



 万一誰かに会話を聞かれていても、誰も今度行われる全国模試の問題の話だとは気づかないだろう。


 先輩との話は意外にもヒートアップ。


 お互い実力が無いので余裕がまったくない。


 今さらおバカちゃんでしたなんて通用しない。


 背に腹は代えられず。


 互いに落第しないように必死にテストに向けた情報交換を続ける。










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