46.第6章<幻想>「迷子のお知らせ」
「それじゃあみんな、張り切っていきましょう」
「お~」
「元気良いわね葵ちゃん。ちょっと後輩君、元気出して元気」
なんで……。
なんでこうなった?
「はいここにみんな並ぶ」
「嘘ですよね先輩!?これみんなパンダ待ちの列ですか?」
「これでも短い方。ラッキーだねみんな」
「マジか」
まさかの朝5時、駅前集合。
さすがに野球部もこんな早くから練習はやっていないはず。
バイトを減らした事もあり、久しぶりに1日フリーとなった日曜日。
その貴重な日曜日が空いている事を知っている岬。
パンダ研究部の部長こと、南夕子先輩に俺の個人情報をすべて漏らしてしまう。
『今度の日曜日、私と一緒に上野動物園行ける人~』
『は~い』
『はい』
『……』
『後輩君は何か用時?』
『こいつ暇です』
『バラすなよ岬。俺は勉強で忙しいの』
無邪気にはしゃぐ神宮寺葵。
岬と俺が正式にパン研への入部を申し出た日、野球部では無くパン研の部室に現れた神宮司。
『シュドウ君も行こうよ』
『勉強したいから1日家に居たいんだよ』
『鳥獣戯画の特別展示、今度の日曜日でおしまいだよ』
『別に見に行くなんて言って無いだろ?』
俺は言葉を濁す。
パン研に入る理由は、全力予習をするための安全な自習室の確保が最大の目的。
日曜日にパンダを見に行くつもりなど毛頭ない。
この部活の最大の魅力は、何を言ってもこの旧図書館だ。
入部を申し入れてからさっそく、俺は自習室として旧図書館の住人と化した。
当初の狙い通り6月の全国模試に向けた予習はとてもはかどった。
普段は野球部のマネージャーをしている幽霊部員の真弓姉さんと神宮司姉妹。
妹の神宮司も基本お姉さんと行動を共にする。
平日彼女達3人が旧図書館を訪れる事は無かった。
意外だったのがクラスメイトの岬。
バイト先も一緒だったが、ついに部活まで同じパン研に入部した。
『ほら岬さん。先月生まれたパンダの赤ちゃん、双子ちゃんだよ~』
『可愛い……』
『今公募でこの子たちの名前募集してるの。一緒に考えようよ』
岬は南先輩の指導により、パンダの世界へ引きずり込まれていった。
俺が自習している旧図書館の席から、2人がパソコンを眺める姿が終始見られる。
パン研の備品なのか、私物なのか分からないが、WiFiで繋いだインターネットを使って2人で楽しくパンダの世界に没頭している。
パンダの先輩こと、南部長の後を継ぐ後継者が現れたようだ。
岬がパンダになろうがなるまいが、予習の邪魔にならないなら好きにやってもらって俺は一向に構わない。
事件が起きたのはそこから次の日。
太陽、成瀬、岬たちとS2クラスで昼食を食べていると、突然クラスに楓先輩と真弓姉さんの2人が訪ねてきた。
妹の神宮司は少し離れてクラスの中を覗き見ていた。
『なんですこのチケット?』
『国立博物館の特別展示展のチケット』
『なんでそれ……はっ!?嫌ですよ僕、日曜日は家で勉強しますんで』
『高木、お願いしたいのはあの子の引率』
『引率?幼稚園児じゃあるまいし』
『葵ちゃん……すぐ迷子になっちゃうの……』
『そんな切なそうに言わないで下さいよ楓先輩』
野球部の部活がある楓先輩と真弓姉さんは、日曜日は1日部活で動けないとの事。
それは同じ野球部の太陽と成瀬も同じ話。
特別展示展で鳥獣戯画を楽しみにしている神宮司葵。
同じ上野動物園と国立博物館が隣接している事もあり、パンダ観察と抱き合わせで引率するよう勝手に俺に白羽の矢を立てたようだ。
『南先輩にお願いして下さい』
『夕子ちゃん、パンダにしか興味ないの……』
『高木、十中八九、夕子はパンダの前から離れないから葵ちゃんの事お願いね』
『そもそも上野俺行きませんから。そうだ岬、お前一緒に……』
『頼まれてるのあんたっしょ』
『高木、私にご飯作らせといて、お願いの1つも聞けないわけじゃないでしょうね』
俺の天敵、成瀬真弓。
毎週1度は晩御飯をご馳走になっている事を周囲にバラされ、勉強なら移動中や待機中でも出来ると説得される。
未来ノートの1ページ目に記された問題は、来月6月に行われる全国模試の問題だけ。
今は模範解答作りに忙しいところだが、中間テスト直後という事もあり、通常授業の小テストが未来ノートから姿を消していた。
全国模試まで時間的猶予はたしかにある。
単に日曜日にわざわざ電車で上野まで行くのが面倒くさかった事の方が大きい。
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「岬、お前部活に時間を拘束されたくないとか言ってただろ?」
「パンダは別」
「別なのかよ」
南部長を先頭に、神宮司と岬、そして俺のパン研部員4名が開門前の上野動物園に並ぶ。
パンダを見るための行列は、通常入場を待つ人の列とは別に形成されていた。
ディズニーランドじゃあるまいし、パンダ見るのに朝から並ぶ人の気持ちは俺には分からない。
一応勉強道具もカバンに入れて持っては来た。
スマホがあるのが大きい。
いつ、どこでも調べものが出来る。
「シュドウ君なにしてるの?」
「うわ、見るなって神宮司。勉強だよ勉強」
「あんたこんな時まで勉強してんの?」
「調べものだよ。良いだろ別に?」
「真面目過ぎでしょ」
はたから見ればパンダの列に並んでいる合間にも勉強している努力家の学生。
その裏では、まだ習ってもいない全国模試の範囲に入る世界史を検索中。
昔の中国、隋と唐の時代、唐の首都の名は長安、これで2点。
南先輩の話では、この頃の唐の古典書物にパンダの記載があったらしい。
先輩がパンダの研究をしている間も、隙間時間に俺は全力予習と言う名の模範解答作りを続ける。
「あれ、神宮司さん戻ってくるの遅いね」
「えっ?いつの間に……岬、あの子どこ行った?」
「トイレ行くって」
「マジか……ちょっと探してきます」
俺が世界史を検索している間に、さっそくパンダが1頭行方不明になったらしい。
上野動物園周辺は、国立西洋美術館や国立博物館以外にも、ちょっとした遊園地の遊具まであるレジャースポット。
トイレに行ってかなりの時間が経過していたようだ。
神宮司はどこへ行った?
……
………
…………いた。
動物園とは逆方向。
まだ営業してない遊園地のメリーゴーランドの前でキョロキョロ辺りと見回している。
「こら」
「シュドウ君!」
「ぐはっ!?」
いきなり抱き付かる。
本気で迷子になっていたのか、神宮司の目が潤んでいた。
「こっち動物園と逆だろ?」
「あれが気になって。どっち行くのか分かんなくなって」
「あれ?メリーゴーランド?」
「うん」
気になる物が目に留まり、戻るべき場所を見失ったようだ。
今になって俺の引率を強く主張した楓先輩が心配する気持ちが良く分かる。
この子を1人で外に放したら、地球の反対側まで向かいかねない危うさがある。
「ほら帰るぞ。もうすぐ開門時間だから部長に怒られるぞ」
「うん」
「掴むなって俺の服」
「えへへ」
袖を掴まれ、離れまいとする神宮司。
不安そうにしていた顔から無邪気な笑顔がこぼれる。
俺は貴重な日曜日に、一体今なにをしている?




