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47.「モグモグタイム」

 朝、上野動物園はまもなく開園する。

 パンダの列に並ぶパンダ研究部のメンバー4人。

 俺は事前に目を通しておいた世界史の問題をスマホで調べながらの順番待ち。


 パンダ待ちでテンションの上がる女子たち3人。

 うちの部長と話が盛り上がっている岬と神宮寺の2人をよそに、俺は世界史の予習を続ける。



「シュドウ君スマホ買ったんだ」

「あ、ああ。そうだけど」

「これあげる」

「それ……この前言ってた光源氏か?」



 スマホのデータ通信で、神宮寺のスマホから『源氏物語』関連と思われる待ち受け画面のデータが送られてくる。



「シュドウ君は『紫の上』好きでしょ?」

「俺がさも好きみたいに言うなって」

「でも好きなんでしょ?」

「ああそうだよ」



 今風に表現された『源氏物語』のキャラクターたち。

 スマホの待機画面を設定していなかったので、神宮司にもらった『紫の上』を待受画面に設定する。

 俺の推しメン『紫の上』はスマホの待ち受け画面で光源氏が向かえにくるのを今か今かと待っている。


 そうこうしていると上野動物園の開園時間になる。

 一斉に園内に入っていく大衆とは別に、パンダ待ちの列は少しずつ前へ移動を開始する。


 さしてパンダにあまり興味がない俺だが、列が進むと少しずつ高揚感が湧いてくる。





 ……






 ………






 ……………いた。





「キャー」

「可愛いー」



 女子のかん高い声が響く。

 バンダはどっしりお尻を地につけ、笹の葉を両手にむしゃむしゃ食べている。


 フラッシュ無しの撮影も大丈夫なようで、ガラス越しに至近距離でパンダの雄姿を眺められる。


 入園口から進み、パンダのエリアで2列に別れる。

 1列目の観覧者の後ろ、2列目の観覧者は一段高い階段を上がり視線を遮られずパンダを観賞できる。


 うちの部の女子3人は1列目を進み、俺は2列目からパンダを眺める。


 あの巨体を竹や笹だけで維持するためには一日中食べ続けないといけないはず。

 餌には困らないだろうが、赤ちゃんができたかできてないか毎日全国ニュースに流れる彼らが本当に幸せなのかどうか俺には分からない。

 


「時間になりましたので、前の方からお進み下さい」



 動物園の職員から誘導の掛け声。

 前に進むとパンダが間近に見られたエリアから外に出る。

 朝一番から並んで先ほどの特別エリアを堪能できたようだ。

 俺の感動は微妙だが、女子3人の興奮ぶりは半端ない。

 

 今度は列に並ばなくてもパンダが見られるゾーンに出てきた。

 始めからここに来ても俺は良いのだが、パンダを一列目の至近距離から観察できたうちの女子たちの笑顔を見て、野暮な事は言うまいと心に誓う。



「11時からモグモグタイムだから、この最前列を確保しましょう」

「嘘でしょ部長。まだあと2時間もありますよ?竹とか今すでにむしゃむしゃ食べてますよ」

「この後モグモグタイムでシャンシュンの大好きなリンゴが出るの。1日で1番活発に動くの」



 まさかのモグモグタイム2時間待ち。

 ただの場所取りなら……ゆっくり勉強もできそうだ。



「俺ここ確保してますよ先輩。良かったら3人で他見てきます?」

「高木君は?」

「勉強してます」



 観賞席が何段も横一列に並ぶ。

 うちの部の女子3人のカバンを置いて席を確保。

 一番前の席は小さい子専用らしく、2列目に2時間前から座る。


 世界史の予習の続きができて俺は好都合。

 悪い事ではあるが、インターネットを使った検索にも大分慣れてきた。


 まさか上野動物園で未来ノートを開く事になるとは夢にも思わなかった。

 太陽たちのいる野球部は、今頃どこかで練習をしているはず。


 実は今日の夜、太陽と会う約束をしている。

 男同士の話をする時は、決まって太陽の家の近くにある公園。

 楓先輩との現在地を今日は根掘り葉掘り聞いてやろう。


 スマホがあれば予習もはかどる。

 外で勉強するのも悪くない。

 俺の前にいる檻の中のパンダ。

 この後この子が活発に動き始めるらしい。


 来月の全国模試、世界史の科目をあらかた調べ終わる。

 ネットで検索しきれない不明な問題もいくつか残った。

 この問題は明日図書館の問題集から解答を拾って模範解答が完成するはず。


 答えが載っていない未来ノート。

 俺はこの模範解答作りを通じて奇妙な事に気づく。

 自分の勉強時間が大幅に長くなっている事実。


 中学時代は勉強をサボりにサボり続けた。

 そのツケを今まさに払わされている気持ちになる。

 


「アホ面」

「なんだよ岬。もう帰ってきたのか?」

「後輩君お疲れ様。これ食べて」

「良いんですか先輩?」

「シュドウ君、モグモグタイムだよ」

「俺はパンダじゃないって」



 女子3人が戻ってきた。

 手には売店で売られているであろうサンドイッチやポテトが持たれていた。


 少し早いお昼ご飯。

 女子3人に囲まれて、俺の未来予想図には無かった不思議なお食事会が始まる。

 想像していたのとは大分違う部活動。

 パンダを前に楽しそうにおしゃべりしている女子3人の姿を見て、この部活で活動している事もまんざらでもない……そんな気持ちにさせられる。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「南先輩、いつまでパンダの観察続けるつもりですか?」

「閉園まであと3時間しかないか……」

「マジかこの人……岬、お前も部長に何か言ってやれって」

「私もう少しパンダ見てく」

「嘘だろ岬」



 モグモグタイムはとっくに終了。

 先輩と岬はパンダの前から一向に離れる気配を見せない。



「シュドウ君、私早く博物館行きたい」

「お前一人で……行かせたら二度と帰ってこないな……」

「後輩君。神宮司さんすぐ迷子になるからちゃんと付いててあげて」

「そんなフラグ立てないで下さいよ先輩」



 パンダ以外に目的のある神宮司。

 この動物園に隣接する国立博物館では、神宮司が見たがっていた特別展の展示をしている。


 楓先輩からも妹の事は頼まれている。

 迷子になられても面倒なので、仕方なく連れて行く事にする。


 今日の閉園時間は16時。

 動物園は意外と早く閉まる。

 閉園時間になったら南先輩と岬とは動物園の出口で待ち合わせる事にした。

 


「シュドウ君早く、終わっちゃう」

「焦らなくても大丈夫だって」



 特別展を早く見に行きたいのを我慢していたのか、博物館に向かって俺の手を引っ張る神宮司。

 この子は容姿に比して、本当に子供っぽさをとても感じる。

 この様子だと鳥獣戯画の展示をかなり楽しみにしていたはず。


 特別展の最終日まで見に来なかったのは、何かが理由で我慢していたのだろうか?

 彼女1人で都内まで来る事は無いはず。

 単にお姉さんとの都合が合わなかっただけなのかも知れない。


 動物園を出て隣接する国立博物館へと向かう。

 俺のいる街には無い立派な博物館。


 特別展の鳥獣戯画展は今日でおしまい。

 来週からはスターウォーズ展が開かれるらしい。


 国立博物館でもこんな事するんだな……。

 すげ、1/72ミレニアムファルコン号展示とか熱すぎるだろこれ。

 来週1人で……いかんいかん。

 こんな事を毎週やっていては、俺は間違いなく宇宙のもくずになってしまう。



「シュドウ君どうしたの?」

「え?いや、なんでもないって」

「こっちの方が好き?」

「別に嫌いじゃないよ」

「一緒にまた来る?」

「来ないよ。勉強しないといけないからな」

「ふ~ん……そっか」



 このまま毎週遊んでいては、あっという間に全国模試の試験日を迎えてしまう。

 俺には焦りがある。

 前回の中間テスト、記述式の問題にかなり不安を感じていた。


 現代文の長文問題など、100文字以内で解答せよといった記述式問題では問題集の類似問題から模範解答を作る事しかできなかった。


 未来ノートは完全ではない。

 来週発表される中間テストの結果で俺が満点を取る事はまずない。

 実力テストで結果が出たのは、単に語群選択問題という未来ノートの力を100%発揮できる問題形式だったからだ。


 今後授業が進めばさらに対応できない問題も増えてくる。

 未来ノートの未来の問題が分かるというアドバンテージがどこまで通用するか分からない。



「シュドウ君お勉強ばっかり」

「俺にはまったく余裕が無いからな」

「ふ~ん……ふ~ん」

「ふんふん言ってないで、行くんだろ特別展」

「うん、行きたい」



 神宮司に言われてふと気づく。

 俺……女の子の誘いを断ってる?

 ……しょうがないだろ、予習しないとテストで良い点取れないんだから。

 俺にはまったく……余裕なんて無いんだからな。




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