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44.「旧図書館」

 校舎1階の部活専用の掲示板。

 そのほとんどが新規部員を募集するチラシが貼られる。

 ボ~っと掲示板を眺めていると、謎の先輩に危機迫る勧誘を受けてしまう。


 先輩から駄菓子のビックカツを差し出されるが、こんなお菓子で入部を即決する事など当然不可能。



「あっ、高木」

「真弓姉さん……げっ!?なんで楓先輩たちも一緒なんですか」

「シュドウ君いたよお姉ちゃん」

「まあ」



 今日の授業が終わって太陽や成瀬たちは野球部に行ってる部活が始まる時間。

 野球部の女子マネージャーは基本フリーの立場。

 ここにいても不思議ではない3人だが……。



「楓ちゃん、真弓ちゃん。もしかして、もしかしてなの?」

「この子野球部にも出入りしてるの。お名前だけでも良いかしら?」

「楓ちゃん~」



 パンダの先輩が号泣している。

 楓先輩が差し出したのは妹の神宮司。

 ビックカツをパンダの先輩からもらって喜んでいる。

 これで俺は開放される。



「では僕はこの辺で失礼します先輩」

「ねえ夕子。なんで高木と話してたの?」

「それがね真弓ちゃん」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「シュドウ君、良かったねこれ」

「嬉しくないよ」



 俺の手元に無理矢理渡されたビックカツ。

 真弓姉さん、楓先輩の3年生2人に加えて、妹の神宮司も連れてパンダの先輩の部室に向かう事になった。

 駄菓子をもらって大喜びの神宮司と対照的に、俺の心境は複雑。

 部活に興味はあるのは間違いないが、パンダを研究する気持ちは毛頭ない。


 話だけでも聞くようにと真弓姉さんに説得され、無邪気にはしゃぐ神宮寺と対照的に渋々俺もパンダの観測室へと連行されていく。

 

 部室といっても着いた先にとても驚く。

 校舎1階の部活紹介掲示板からしばらく廊下を歩いた先。

 校舎の1階の角にある大きな部屋……そこはどう見ても図書館だった。



「私たちの部室、今はここの旧図書館を間借りしてるの」

「旧図書館……ですか」



 情緒あふれる昔ながらの図書館。

 貸出などしていないのか、他の生徒の姿は1人も見当たらない。 



「ここ来年廃館だったわよね」

「来年ですか?」

「新しくなった新図書館の地下に蔵書保管庫が整備されてるの。耐震工事が来年終わったら、ここの本は全部そっちに行く予定」

「来年の廃館と共にパン研は消滅ですね」

「こら高木、不謹慎な事言わないの」



 間借りしているのが旧図書館にある一室。

 とは言っても外に立派な新図書館がすでにリニューアルオープンしている。

 そちらの方がネット環境もあるし、蔵書も豊富、おまけにDVDで映画視聴も出来る上雑誌に漫画まで置いてある。

 ここの旧図書館は新図書館の蔵書保管庫が整備されるまでの、一時的な保管場所に過ぎないらしい。

 


「そうか高木、あんたも協力してくれるのね」

「ちょっと待って下さいよ真弓姉さん。まだ入るなんて一言も言ってませんし、なんで姉さんまで僕を勧誘してるんですか?」

「私と楓もここの部員だからよ」

「嘘でしょ!?野球部は……もしかして掛け持ちですか?」

「名前だけね」

「楓先輩と一緒にって事ですね……」

「夕子ちゃん……パンダが無いと生きていけないの……」

「そんな切なそうに言わないで下さいよ楓先輩」



 どうやらパンダの先輩は南夕子(みなみゆうこ)という名前らしい。

 パンダが無いと生きていけない……真弓姉さんと楓先輩とは友達関係だと容易にうかがえる。

 さしずめこのパンダ大好きの先輩のため、部を維持するために名義貸しをしているのだろう。



「今まではこの部……パン研でしたっけ?どうやって維持されてたんですか?」

「私の上の先輩が3人卒業しちゃったの」

「それで3人足りないと……ちょうどいい機会ですから、一度廃部の方向で」

「こら高木、パンダは夕子の命なの。名前だけでいいから、あんたもちょっと協力してよ」

「そう言われましても……」

「シュドウ君も入ろうよ。部活一緒だよ?」



 ここは俺の想像していた部活と大分違う。

 基本活動しているのはパンダの先輩ただ1人。


 刻まれるのはパンダの生育日記のみ。

 神宮司がいようといまいと、俺の青春は1ページも刻まれない。

 このパン研に青春を捧げるのはかなり違う気がする……。


 ただ……気になる事が1つあった。

 パンダの研究はともかく、今いる場所が図書館という事実。

 旧図書館という事もあり本は古いが蔵書は豊富にある。

 しかも他の生徒が新図書館に向かうため訪問者は皆無。


 ネット環境はスマホを手に入れた俺にはすでに不要。

 予習するにはもってこいの場所にも感じる。



「あの……南先輩」

「なになに後輩君。何でも聞いて」

「ここで自習とかしてても良いんですか?」

「全然オッケー」

「先輩はその間なにしてるんですか?」

「わたしは平日動物園のサイトでシャンシャンのリモート映像チェックしないといけないから忙しいの」



 部長はシャンシャンに夢中で特に邪魔にもならない。

 真弓姉さんに神宮司姉妹は本職の部活は野球部での活動がメイン。

 この旧図書館に部員として来るのは、これまで楓先輩たちも月に1度程度だったらしい。


 妹の神宮司がどう動くか分からないが、基本お姉さんと一緒に行動するはず。

 ここの部室は蔵書豊富な旧図書館。

 皆無と思われたパン研の存在価値を徐々に感じ始める。



「自習が出来るなら考えてみます」

「本当、後輩君!」

「うわ!?そんな興奮しないで下さいよ先輩。それに俺と神宮司入っても、元々いた先輩2人足してなお1人足りませんよね?」

「そうなのよね~あと1人、あと1人探さないと。私の論文、作新高校の部として出したいし」

「論文ですか?」



 先輩には何か部として活動したい目標があったらしい。

 とはいえあと1人部員がいないといずれパン研は廃部の運命。

 俺自身の入部に関しては、少し検討させてもらう事にした。



「真弓姉さん。成瀬はどうですかね?名前だけならあいつも」

「あの子真面目だから、一度始めちゃうと最後までってタイプでしょ?」

「たしかに……名前だけって絶対やらないですね成瀬」

「でしょ~一応声掛けたんだけど、やっぱり掛け持ちはやらないって」

「なるほどですね……」



 これで成瀬が入る事は無しと……自習室としては良いかと思ったけど、やっぱり廃部かな……。

 

 ん?

 妹の神宮司が、パンダの先輩に親しげに話しかけている。

 知り合いなのかなこの2人?



「『葵の上』、よくぞパン研へ参られた」

「えへへ」

「それ『源氏物語』ごっこです?先輩と神宮司は知り合いなんですか?」

「そだよ。うちによく遊びに来るの」



 どうやらパンダの先輩は神宮司の家に遊びに行く仲らしい。

 楓先輩の友達なら、当然と言えば当然かも知れない。

 

 部の存続のために入部してくれる妹の神宮司とも顔なじみの様子。

 さっきから妹の神宮司とパンダの先輩がおかしな話をしている。

 この2人はフィーリングが合うらしい。

 パンダと古典の話で盛り上がっている。



「古典書にパンダの記録?」

「古く中国唐の時代にパンダに関する記録が残ってるの」

「昔の古典にパンダですか……そういえば『源氏物語』にも犬や猫なら出てきますよね」

「それ私も知ってる。凄いシュドウ君、やっぱりちゃんと見てる」

「ま、まあな」

「凄いね後輩君。現代の動物が過去どのように扱われていたのかを研究するのも大事な私の仕事なの」

「あなた本当に高校生ですか先輩?」

「ふふふ」



 夏に国で主催するコンクールに向けて今まさに論文を書いているらしい謎の先輩。

 パンダの先輩のパンダ研究は中国4000年の歴史までさかのぼっているようだ。

 本当に青春のすべてをパンダに注いでいる。

 ただ単にパンダ好きの危険な先輩というわけではなさそうだ。


 南先輩はほぼ週末、都内にある上野動物園へ愛しのシャンシャンの観察に向かうそうだ。

 上野動物園の隣には、国立西洋美術館や国立博物館がある。

 南先輩と妹の神宮司が盛り上がっている。

 お互い今週末に動物園と国立博物館に向かう予定らしい。



「シュドウ君、鳥獣戯画って知ってる?」

「ああ、ウサギとかカエルの絵のやつだろ?」

「今ね、国立博物館で特別展示されてるの。私それ見に行くの」

「ふ~ん、お前そういうの好きそうだよな」

「一緒に行く?」















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