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陽炎  作者: 音音
二章 スカビオサ
20/24

19.別れ

夏特有の激しく降る雨の中白い風が国境付近の草原の中を疾走する。


「グレン!頼む!もう見えているんだ!あと少しだけ!」


"白の国防壁(ホワイトウォール)"は王国と皇国の国境に横たわる、南北約1000kmにも及ぶ防壁で、平均で高さ8m、幅は6mにもなり、幾度となく帝国の侵略を弾き返してきた。名実ともに王国を守る巨壁であった。


1km程までに迫ったその壁を見つめながら、エドは懸命に手綱を握り長い旅を共にしてきた仲間を鼓舞し続けていた。


懸命に疾走するその白い馬は何本もの矢を受け、既に半身は血で赤く染まっている。


その500メートル後方には15体もの騎兵が追いすがる。皇国の騎兵はなおも何本もの矢を射かける。


「ヒヒィィィィーーーーン」


背後から膝を射抜かれたその白馬は、ついに転倒する。


体が浮遊する感覚に、エドは即座に手綱を離しミラを抱き抱えグレンから飛び降りる。


「グレンっっっ!!!」


「殿下早く!彼の思いを無駄にしてはなりません!」


しっかりと着地したエドは白馬を振り返るミラの手を強く引く。


(済まない。いや、ありがとう。)


「ブルルっ」


二人が立ち去る背後でその白馬は最後の力で立ち上がり、騎兵達の射線を塞ぎ続けた。


2人は脳裏に浮かぶ白馬の姿を振り払いながら草原を疾走する。しかし、当然のようにぐんぐんとその距離は縮まっていく。エドはミラへの射線を切るため、ミラの背後に回った。


そして、何本もの矢が降り注ぐ。



ーーーー皇国の騎兵に。


二人がすぐそこにそびえているのに、遥か遠くに感じる巨壁を見ると、何人かの王国兵が壁の上に集まっているのが見えた。


2人は走り続ける。

突然の攻撃に怯む騎兵とわずかに距離が開く。

永遠に届かないと思った壁が迫る。

後、100m。


2人は走り続ける。

何人かの王国兵が縄梯子を降りている。

後、90m。


2人は走り続ける。

梯子を降りきった兵士が、こちらに向かって走り始める。

後、80m。


2人は走り続ける。

背後から飛来した矢がエドの背中に刺さる。

痛みを無視して走り続ける。

後、70m。


2人は走り続ける。

雨に濡れた、白いワンピースがやけに重い。1歩1歩踏みしめる足が鉛のようだった。

後、60m。


2人は走り続ける。

何事かを叫ぶ2人の王国兵とすれ違った。

決死の表情が、印象的だった。

後、50m。


2人は走り続ける。

(すまない。いや、ありがとう。)

2対15という絶望的な戦いに望んでいった王国兵を想う。

後、40m。


2人は走り続ける。

壁の前に降りた2人と壁の上の何人かの王国兵が何か叫んでいる。

後、30m。



ーーーーそして、5羽の悪魔が降り立つ。


2人は走り続ける。

そして、壁の前に5人の朱と金の鎧を着た兵が突如現れた。

後、20m。


2人は走り続ける。

(朱雀隊っっ!!)

皇国最強の7つ持ち(・・・・)、悪魔級の暴力の前に、壁の前にいた2人の王国兵の命が一瞬で刈り取られる。

後、10m。


2人は走り続ける。

【瞬歩】

高速の移動術でエドが悪魔達とミラの間に躍り出た。左手で短剣を構えて、悪魔達を睨みつける。

後、5m。



2人は少しずつ王国へと近づく。

【陽炎龍鱗】

赤いオーラをまとったエドが悪魔と切り結ぶ。

神速で放たれた三本の槍がエドの腹を貫いていた。

後ろから追いついた騎兵がミラの後頭部を剣の柄で殴る。

後、4m。


2人は手を伸ばす。


「殿下ぁぁぁぁぁぁ!!」


(こんなに必死な表情を見るのは初めてです。)


薄れゆきながら走馬灯の巡る意識の中で、ミラはそんなことを考えていた。


出会った日の優しい目。

からかったときの困った顔。

父の死の前で無理矢理に浮かべた仏頂面。

国王に怒られて珍しくしょげた顔。

そして、大好きな優しく微笑んだ顔。


(最後にもう一度彼の笑顔が…)


2人の指が触れ合う。


ぼやけてほとんど見えなくなっていた彼女の瞳に一杯に彼の優しい微笑みが広がる。



ーーーー【】




転移をさせるにしても距離は10m先が限界。


生物、非生物を問わず手に触れている対象を転移させられるが50kgまでという制限付き。


大抵の兵士なら50kgなんて超えてしまうため、敵を10m上空にふっ飛ばすなんてことはできない。


また、転移によって対象と転移先の物質で座標の交換が行われるが、エドは空気以外の場所へは転移させられない。


つまり、敵の体内に凶器を転移させるなどの使い方もできない。


消費魔力も尋常ではなく3発も使ったらすっからかんである。


極めつけに自分を対象にすることもできない。


はっきり言って使えない魔法だが、エドは意外と気に入っている。


ーーーーいつか、彼女だけでも救えるかもしれないと思ったから。



(ーーーーさようなら)



【転移】



ミラの前から、巨壁も悪魔も王国兵の亡骸も、そして大好きな笑顔も消え失せた。



そして気を失い背後(・・)の巨壁に寄りかかった。


いつの間にか上がった夏空に揺れる陽炎から彼の優しい笑顔が現れることはなかった。

お読み頂有難うございます。


泣きながら書くと疲れますね。

誤字多かったら申し訳ありません。


後日チェックさせていただきます。

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