17.裏切り
エドは歯を食いしばりながら、そのまま左手の短剣で目の前の男の喉をかっ切った。
【瞬歩】
気絶している姉を左手でしっかりと抱き、移動スキルによってその場から距離を取る。
エドは焼けるような痛みに頭の中が真っ赤になるのを感じながら自らの腕を切った人物を睨みつける。
「首を狙わせていただいたんですが、非常に優れた反応をお持ちですね。」
ダリルは短剣にベッタリとついたエドの血を払いながら、抑揚もなくのっぺりとした声色で語りかけてきた。
「正直、油断しましたよ、ダリル殿。先程話していたときはそれなりの雰囲気がありましたが、今はそれが一切ない。まさかこれほどの手練が皇国にもいるとは。」
「王国屈指のアサシンにお褒めいただけるとは光栄です。正直、舐めていましたが評価を一つ上げざる負えないですね。お仲間と比べても遜色ないレベルでしょう。」
"王国屈指"として名を馳せるエドであるがこれは王国側のカモフラージュに過ぎない。
王国でも最強クラスの力を持つ隠密部隊の人物の名前が王国はまだしも敵国に知れて良いはずがない。
そもそも、5つ持ち程度の実力で務まるはずも無かった。
王国が護衛であるはずのエドを最前線にも積極的に送り込むのは、隠密部隊の実力を誤認させる狙いがあった。
エドはそれなりに鍛えてきた洞察力でも一切図ることのできない相手の実力に、背筋がゾクリとした。
エドは優しくソールを石畳に寝かせ、短剣を構えた。
ダリルが突如として肉薄した。
同時に7つも放たれた斬撃をエドは何とか致命傷を避けて左手一本でしのぎ切る。新たにできた傷からの出血と、肘のあたりから失われた右手の出血でわずかに視界が霞む。
エドは2つの斬撃をダリルの首に向け放つが難なく凌がれ、再び7つの斬撃がエドを襲う。
【陽炎】
斬撃が届く瞬間、幻影がかき消えダリルの背後に現れたエドがダリルの首に短剣を振り下ろす。
【影渡り】
ダリルは突如自らの影に飲み込まれ、エドの背後の影から現れた。
【三つ影】
三人に分身したダリルがそれぞれ背後から、エドの首に向け投げナイフを投擲する。
エドは2つのナイフはどうにか躱しきれたが、一つだけ右肘のあたりに突き刺さった。
(シェリルっ!)
そのシンプルなナイフを見やり、一瞬エドは硬直した。
「おや、何かお気づきになられましたか?かなり強力な麻痺毒のようです。最近手に入れた私のお気に入りでして。女性の隠密だったんですが、拷問の間に12個もの隠し持っていた暗器をお使いになられましてね。こちらも五人ほど仲間を失ってしまいました。」
「全身の穴という穴に、いろんな毒虫を入れて差し上げたときの表情がとても美しかったと覚えております。相当な努力をされたのでしょうね、毒への耐性も高いようでした。そのまま三日も耐えていらっしゃいました。もっとも、その努力が無ければもう少し早く死ぬことができたでしょうに。とても不憫な方でした。ははは。」
三人のダリルは全く楽しそうでない、抑揚のない声のまま、嗤っていた。
エドは即座に麻痺毒が回るのを防ぐため、右肩を自ら切断した。
先程のように痛みで、頭が真っ赤になることはなく、むしろ自分でも驚くほど冷静だった。そして、心に浮かぶ新たな力を口にする。
【陽炎龍鱗】
エドを赤いオーラが包む。
父の敵である、ラングが持っていたスキルと同様にステータスを一分間大幅に上昇させる。しかし、ラングが持っていたものはすべてのステータスであったのに対し、こちらは敏捷性のみである。その分上昇量は爆発的であり、遂に6つ持ちに至ったエドであるが、敏捷性のみならこのスキル発動中は、通常の7つ持ちの値すらも超えていた。
一人の分身を囮にして二人のダリルが背後から切りかかる。しかし、囮を一瞬で屠ると二人合わせて14も放っていた斬撃を凌ぎきられた。
同じ6つ持ちのダリルであっても今のエドの敏捷性に対してはまだまだ遅かった。
(何ということでしょう。迂闊に煽るべきではなかったですね。)
「少し本気を出しましょう」
【影剣舞】
黒い5本の刃が中空に浮かぶ。分身も合わせて10本にもなるそれらは、ダリルの切り札であった。
分身を使ってエドを挟み撃ちし、両手の短剣も合わせて100回弱の斬撃を放つ。王国の間者を含む数々の強敵を屠ってきた斬撃は、最早空間ごとエドを細切れにするほどの速度と数だった。。
斬撃が届き鮮血が飛び散る。
ーーーーダリルの首がやけにゆっくりと地面に転がった。




