10.西方
春の柔らかな日差しで目をさました。
気絶する前と同じ木陰のようだ。
ソールは近くで静かに寝息を立てていた。
その美しい寝顔にしばし時を忘れて見入っていたが、普段見せることのない素足が太ももまで見えていることに気づきさっと目を背けた。
脇腹にはソールのドレスの裾を破いた物が丁寧に巻かれていた。どうやら、エドが所持していた薬草も一緒に巻かれているようだ。
「んっ、エド?」
ソールが目を覚ましたようだ。
「姉上、傷の手当ありがとうございました。お陰様でいくらかマシになったようです。姉上にお怪我は?」
「いえ、目を覚ましてくれて良かったです。別に体に不調は無いようです。それにしても私も寝てしまっていたのですね。エドが目覚めるまでは起きていようと思っていたのに」
「姉上もお疲れだったのでしょう。昨日から少し色んなことが起こりすぎましたから。しかし、ここもまだ安全とは言えません、申し訳ないですが少し移動いたしましょう。昨日集めた情報は歩きながらお話します。」
さて、パブロをなんとか脱出した二人は王国を目指し西に進み出した。
「なるほど、最悪間者はすべてやられていると見て行動した方が良いかもしれませんね。このまま歩いて王国を目指すのですか?」
エドがパブロで得た情報を聴きソールはそう問いかけた。
「いえ、歩いてとなると5ヶ月はかかるでしょう。まずはこの先にあるピーテルという都市を目指します。あまり大きな都市ではありませんが、馬と旅の道具くらいは集まるでしょう。」
彼らには、王国までの足である馬もそうであるが、長旅に耐えられるような装備が全くと言っていいほどなかった。アサシンとして単独で活動できる最低限のものはエドが所持していたが、薬草や火炎玉などの消耗品も枯渇していた。
「姉上の服も買わねばなりませんし」
ソールの服装は裾を破いたボロボロのドレスである。どう考えても旅人がする服装とは言えなかった。
「…えっち」
ソールは顔を赤らめながらいたずらっぽい笑顔をエドに向けた。
「そ、そういうことではなくてですね」
「あそこに休めそうなところがありますわ!水場もあるみたいだし、少し休憩にしましょう?むっつりエド。」
見ると街道沿いのキャンプ地のようだ。水場もしっかりと整備されており、幸いにして人影もなさそうである。
「はい。」
エドは力なく頷いた。
キャンプ地にたどり着いた二人は、昨日からの疲れが出たのかぐったりとしていた。
「姉上、お体を拭かれたらいかがですか?スッキリしますよ?」
エドは常備していた布を見せながら尋ねた。
「確かに汗やら煤やらでベトベトですね。ありがとう、エド。」
そして、布を受け取ろうとしながらいたずらっぽい笑顔を再び浮かべた。
「見ちゃ嫌ですからね、むっつりエド!」
「あ、そうですか。拭かなくていいんですね?分かりました!私は拭くのであっち向いててください姉上!」
少しだけいたずらっぽい笑みを浮かべ、ソールに渡しかけていた布を持ち立ち上がると、エドは水場に向かって歩き始めた。
「嘘です。ごめんなさい!あーエドは姉思いの良い弟だなー!ありがとう、エド!」
ソールは飛び上がるように起き上がり、布をエドからひったくると水場に駆けていった。
(少しは気が紛れたでしょうか)
昨日から張り詰めっぱなしだった雰囲気を僅かに崩し、してやったりと笑顔を浮かべるエドを横目で見ながら、ソールは優しい笑みを浮かべるのであった。
ーーーー
交代で体を拭き終えた二人は、昨日から何も食べていない為、エドの持っていた保存食を食べることにした。
「そういえば、馬を使うとどれくらいで王国にたどり着けるのですか?」
ソールは思い出したかのように問いかけた。
「正確には分かりませんが1ヶ月くらいだと思います。」
ソールはなるほどと呟きながらエドから手渡された保存食の包を開き一口かじったところで
ーーーー絶句した。
ビタミン豊富な乾燥果物とタンパク質やミネラルを補う塩漬けのナッツ類、それらを滋養強壮に効く苦味のある薬草を練り混んだカロリー豊富な豚の脂で硬め乾燥させた非常食。普段王城の腕の立つ料理人による料理に食べ慣れたソールでなくとも顔をしかめるそれを、ソールは半泣きになりながらなんとか飲み込んだ。
(1ヶ月っっっっ!!!)
ソールの心の叫びは、音もなく春の陽気に吸い込まれていった。




