ストレイング
しばらく場に沈黙が流れた。誰も発言をせず、黙って俺の言葉が真実かどうか精査しているのだろう。俺個人としてはものすごく感情を込めて──というか悪意しか込めずに──イリアへの下克上を宣言したつもりだ。
その間に始業のチャイムが鳴り、廊下で慌ただしい足音が聞こえた。チャイムが鳴っても動かない、ということはこいつらは今日の授業をサボる気だろうか。
王も美人のおねーさんも序列は十三以下だから、サボれば欠席扱いになって進級なり卒業なりに差し支えるはずだ。
「……なるほど。確かに君の言うことには一理ある。それが君がこちらに与する条件、というわけか」
「ええ。こちらとしても今まで信用されてきたところを辞めるんです。これくらいの見返りがないと割に合わない」
いささか強欲だとは思う。そもそも執行委員長とは執行委員全員の投票によって決まるものだ。それを統括委員会の権力によって叶える、というのは傀儡と呼ばれてしかるものだった。
しかし、傀儡の傀儡というのも悪いものではない。当の統括委員会がイービス先輩の目論見が成功した暁にはイービス先輩のものになるのだから、会長のポストに就く人間も傀儡である。
この場合、会長の座に就くであろうエリスのことだが、もし彼女がそれを良しとしない場合は……
しばらく考えた後、イービス先輩は決定を告げた。
「いいだろう。君が執行委員長になるというのなら、それは願ったりというものだ。我々が統括委員会を掌握した際に一番厄介になる学園組織が執行委員会だったからな」
この学園には統括委員会、執行委員会の他にもう二つ委員会と名の付く組織がある。一つは記述委員会。これは学園のあらゆる記録を保管する組織だ。図書館の管理や、研究資料の管理などもこの委員会が行っている。無論、かつての校則違反者のリストも、だ。
もう一つは部活委員会。読んで字の如く、学園内のあらゆる部活動を管理するための委員会だ。体育会系の集まり、と言ってもいいかもしれない。とにかく攻撃系魔法に特化した人間で構成される危ない連中だ。規模で言えば学園最大の委員会だろう。
しかし、色々と理由があって、あまり権力を持っていない。お山の大将、と言ったところだろうか?
「ありがとうございます」
イービス先輩の言葉に俺は頭を下げる。これで相手の懐に潜り込めた。自称演技力最強の俺の腕を舐めるなよ。
「だが、私も完全に君を信用しているわけではない。言ってしまえば君は向こうにとっての裏切り者だ。他者を裏切る人間は信用できないものだろう?」
「それを言われては返す言葉がないですね。でも、少しは信用に足るであろう情報は提示できます」
「ほう?」
イービス先輩は興味深そうに顎をしゃくった。
「俺はついさっきイリアと喧嘩をしましてね。勢い余って退会届を提出しました。これで俺はイリアの部下ではなくなったわけです」
その言葉がどれだけこの場の人間に衝撃を与えたかはしらないが、少なくともイービス先輩の隣のおねーさんと王には効果覿面だったようだ。
本命のイービス先輩はポーカーフェイスだったが、恐らくは内心では驚いているはずだ。望んで退会届を出すとは思わなかった、とかかな?
しかも、いくら自分が俺を欲しているとはいえ、こちらが本当に手を貸す保証もないのに、みたいなことを考えていたら尚素晴らしい。
実に御しやすい。が、実際はそうではないだろう。
実際のところ俺はイービス先輩の考えはまるで読めない。というか、読めたくもないんだけどね。
「わかった。君の言っていることを信じよう。だが、嘘と分かればどうなるかわかっているね?」
「嘘なんてついてませんよ。こっちだてそんなすぐバレるような嘘はつきませんしね」
「ま、かもしれないがね」
イービス先輩は俺を信用していないように見えた。ああ、これはマズイ。
「さて、気分を変えようか。まず君にこの二人について教えておこうね。私の隣りにいるのは、高等部一年の渭水雫李。序列は21位で第六層魔導師だ。ソファーに座っているのは王政杯。高等部二年で、序列は529位の第五層魔導師だ」
なるほど、イービス先輩の隣にいるからそこそこ序列は高いのかな、と思ったけど21位ですか。これは厄介。でも、知らない名前なんだよなー。俺が学園に来る前から序列が今のままだったとか?
だとしても名前くらいは知ってるはずだ。一応序列三十位以上は頭の中に入っている。無論顔写真付きで。でも、序列21位の顔は別の人間だったはず……どういうこと?
あまり突っ込まない方がいいな。
「ご紹介頂きました、渭水雫李です。これからよろしくお願いしますね、茨木先輩」
木漏れ日が水面に反射しているかのようなキレイな、というよりも包み込むような声だった。美形揃いの魔導師をして、人外の美と声を有している女性を見るのは二度目だったので、驚きはギリギリ抑えらていた。
差し出された手を握れば、最高級の絹の布地のような感触だ。北欧神話における女神フレイヤ、ギリシア神話のヴィーナスもこのような感触の細腕だったのだろうか?
しかし、
「王政杯だ。一応同学年だし、これからもよろしく頼む」
転じて王も手を差し出してきたが、こちらは思ったよりも筋肉質だった。制服越しではわからないぐらいギリギリの筋トレをしているということだろうか。
多分、あの拳で殴られると、確実に歯が折れるな。融和姿勢を示している中、ふとそんな物騒なことを考えてしまった。
交互に握手を交わし、俺は仮初めの信頼関係を確かめる。どうせもくてきを果たせば裏切るんだ。今のうちに笑っておこーねー。
「さて、挨拶もしたことだし、これからの方向性について確かめようじゃないか」




