プルーフ
この部屋のリーダー格であるイービス先輩の号令と同時に、部屋の空気が張り詰まった。イービス先輩は俺を王の隣に座らせ、二枚の資料をそれぞれに配った。
「まずは、その資料に目を通してくれ」
イービス先輩に言われるがまま、資料に視線を落とした。
目に通した資料を要約すれば、泉さんの汚職疑惑などについてが書かれている。その数は三件。手駒の少ないイービス先輩がよく調べられたものだ、と素直に思った。
とはいえ、これは執行委員会も把握しているものだ。しかし、これといった証拠がないので、保留している。もしかしたら、これらに関する証拠が発見されたのだろうか?
「みんな、目を通してくれたかな?」
しばらくしてイービス先輩が声をかけた。それを合図に俺たちは視線をイービス先輩に向けた。
「おわかりの通り、これは現統括委員会会長、暁泉に関するものだ。しかし、表立っては調査されていない。何故だろうか?」
イービス先輩は視線を俺に向けた。
「証拠が見つからなかったんですよ。泉さ……会長はうまい具合で隠してましたからね」
発言を求められたと思ったので、俺が発言した。その回答にイービス先輩は満足がいったのか、満面の笑みを浮かべた。
「そのとぉぉぉり!今茨木君が言った通りだよ。彼女はうまい具合に証拠を隠匿、ないしは処分している。その手際の良さは素晴らしい、としか言いようがない」
そこまで言ってイービス先輩は一旦言葉を切った。そして、すぐまた話し出す。
「しかし、この世に絶対はない。絶対不落の要塞が落ちた、などという話はいくらでもある。つまり、彼女にも見落としがあったわけだ」
ほう、ほう。それは一体なんなのかな?
「資料二段目に目を向けてくれ。私はその件に関する決定的な証拠を見つけた!」
言われて、再び資料に目を落とした。
イービス先輩が言っているのは、去年の十月頃に問題になった学園内の秘蔵品紛失の件だろう。当時、厳重に管理されていた『神鎖』が盗まれたのだ。
そも『神鎖』とは、かつて上位存在を地上に堕とすことを目的としたもので、実際に多少の効力はあった。結果としてその堕とされた上位存在が神だった、という話だ。
で、何故それが盗まれたのかは皆目見当がつかないが、とにかく不審な点が多くて、お蔵入りになった事件だ。
問題は、この『神鎖』が保管されていたのが、統括委員会所有の保管室だった、ということだ。統括委員会の会長の権限でも使わない限りは、奪われない、という強固なプロテクトが施された保管室からだ。だから、真っ先に疑われたのが泉さんなのだが、彼女には完璧なアリバイがあって、尚且つ保管室のプロテクトが外された証拠も出なかった。
ゆえに執行委員会は泉さんには手が出せなかった、ということだ。結局『神鎖』は見つからずじまい。どのみちただの歴史的資料でしかなかったので、持ち出されても大したことにはならないのだが。
「この事件でもっとも疑われたのは、今の会長だ。しかし、彼女にはアリバイがあって、現場からも彼女の残滓は検出されなかった、と聞き及んでいるはずだ」
芝居がかった口調のイービス先輩に内心苛立ちを感じていた。証拠が出たなら速く出せよ。
「それでももしや、と思いあの付近を事件直後に調べたよ。そして見つけたのがこれだ!」
イービス先輩は声高らかに、胸ポケットから手に収まるサイズの小瓶を取り出した。中には紫色の液体がうごめいており、時折跳ねたりしてた。
「これはあの事件現場に残っていた暁泉の残滓だ。これは彼女に対する強力なカードになる!」
確かに、あんたの言っているとおりだろう。
しかし、だ。そんなものを今更持ち出されても信用性がない。何よりもそれを事件直後に出せば良いではないか。
手札として温存していた?そんな訳はないだろう。何か裏があるはずだ。
「とはいえ、これだけでは恐らくは不十分であろうことは私も把握している」
一度興奮したような声を抑え、イービス先輩の声が平静を取り戻した。そして、この人も頭のネジがまだ飛んでいない、ということを理解した。
ここで興奮のあまり窓からダイブとかしてくれるなら、ありがたいんだけどね。
「他にも彼女を落とす証拠は用意しているが、今は開示できない。ので、今日はこれで解散だ」
イービス先輩が解散の号令をすると同時に、場の空気が和らいだ気がした。
解散と言われてはどうしようもないので、俺はソファーを立ち、退室しようとした。しかし、その歩みは数歩で止められてしまった。
誰かが俺の右手首を掴んでいた。
振り向いて、立っていたのは渭水。彼女はその柔らかい手で俺のことを掴んでいた。理由は不明。
「茨木先輩。少しお付き合い願えませんか?」
ここで断るのは少しだけマズイだろう、と判断して俺はその申し出を肯定した。
*
引かれるがまま、俺が渭水に連れてこられたのは学園の中庭。昼休みになるとここには多くの学生が集まる。今は一限目なので、誰もいない。密談にはもってこいの場所だ。




