第五話:三人の食卓と、不器用な吸血鬼
瓦礫の山から救い出した小さな影――ルネを連れて、ユウマたちは自分たちが生活の拠点としている、比較的明るい牢獄の前へと戻ってきた。
そこにはリリィが毎日手入れをしている「魔法の畑」から漏れる淡い光と、井戸のそばに置かれた松明の明かりが混じり合い、遺跡の中でも唯一、人の温もりを感じさせる空間になっている。
「さぁ、もう怖くないのぉ。ここはとっても安全なんだよぉ」
リリィが優しく背中を押すと、ルネは大きな布を被り直しながら、**おずおず**と光の当たる場所へ足を踏み入れた。
「……ま、眩しい……ですぅ……っ」
ルネは長い睫毛を震わせ、赤と金のオッドアイを細めた。
明るい場所で改めて見る彼女の姿は、驚くほど整っていた。髪は夜の帳を切り取ったような艶やかな黒髪。背中の真ん中あたりまで届くストレートのロングヘアが、彼女が動くたびに**さらり**と揺れる。
何より目を引いたのは、その幼い顔立ちに似つかわしくない、豊かな身体のラインだった。
ボロボロのマントの下で、膨らんだ胸元が**ゆさっ**と揺れる。リリィほどではないが、同年代の少女に比べれば明らかに発育が良く、そのギャップが彼女の危うい魅力を引き立てていた。
「ルネちゃん、とっても可愛いのぉ! そんなに震えてたら、リリィがぎゅーってしてあげたくなっちゃうのよぉ」
「あぅ……お、お姉さま……近いですぅ……っ」
リリィが**ぷにっ**とした頬を寄せて抱きつくと、ルネは顔を真っ赤にして縮こまった。その様子を見て、ユウマは少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
「さて、まずは腹ごしらえにしよう。ルネも、さっきは生のままかじっていたけど、焼いた方が美味しいぞ」
ユウマは手際よく「魔精芋」を火にかけた。
**パチパチ**とはぜる火の音とともに、香ばしい、甘い匂いが遺跡の中に広がっていく。
「……焼く、ですぅ? 食べ物に、火を通すなんて……贅沢、ですぅ……っ」
ルネは焚き火のそばに膝を抱えて座り、不思議そうに芋を見つめていた。
「贅沢なんかじゃないさ。……ルネ、君は今まで、どうやって生きてきたんだ?」
ユウマの問いに、ルネは視線を落とし、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……一族の村では、ずっと『不吉』だって言われて……地下の、光の届かない物置にいたですぅ。吸血鬼は、血を飲まないと強くなれないのに……私は、血を見るだけで、頭がくらくらして……吐いちゃう、ですぅ……っ」
「血を見るのが苦手……吸血鬼なのにか?」
「はいですぅ……。赤いものを見ると、心臓が**ドクンドクン**ってうるさくなって……怖いんですぅ。だから、みんなが狩りをしてきた獲物の血も、一口も飲めなくて……『欠陥品』だって、森に捨てられたですぅ……っ」
彼女は自分の細い指先を見つめた。
吸血鬼という、恐れられる種族に生まれながら、その本能を拒絶してしまった孤独。ユウマは、かつて会社で「期待された役割」を果たせず、周囲から冷たい目で見られていた同僚たちの姿を思い出した。
「それは……辛かったな。でも、無理に血を飲む必要なんてない。ほら、焼けたぞ」
ユウマは木の枝に刺したホクホクの魔精芋を、ルネに差し出した。
ルネはおっかなびっくりそれを手に取り、ふーふーと息を吹きかける。
「はふっ……もぐ……。……っ! 甘い、ですぅ……! こんなに温かくて、柔らかいもの……初めて、食べたですぅ……っ」
彼女のオッドアイが、ぱぁっと輝いた。
頬を**ぱんぱん**に膨らませて芋を頬張る姿は、先ほどの怯えた「化け物」の姿など微塵も感じさせない。
「美味しいのぉ? よかったぁ! ユウマさまの焼くお芋はぁ、世界一なのよぉ」
「リリィ、それは言い過ぎだよ」
ユウマは苦笑しながら、自分も芋を口に運んだ。
**しっとり**とした食感と、素朴な甘みが胃に落ちていく。
「……なぁ、ルネ。さっき君の能力が見えたんだけど。君のその目は、暗闇の中でも、この遺跡の『結界の綻び』が見えるんだよね?」
ルネは芋を飲み込み、こくりと頷いた。
「はいですぅ。この遺跡を包んでいる魔法の膜が……ところどころ、薄くなって、**ピリピリ**って震えているのが見えるですぅ。私は、そこを潜り抜けて入ってきたですぅ」
「……リリィ、彼女のこの力があれば、外に出るための『安全な道』が見つかるかもしれない」
ユウマの言葉に、リリィは**たぷん**と胸を揺らして驚きの声を上げた。
「あぁっ! そうなのぉ!? ルネちゃん、外の魔物たちがどこにいるかも、わかるのぉ?」
「……音と、気配で……遠くにいても、わかるですぅ。あっちに大きな熊がいるとか、こっちの影に蛇がいるとか……色で見えるんですぅ」
ルネの言葉を聞いて、ユウマは確信した。
今まで「外に出られない」という最大の壁が、彼女というピースによって崩れようとしている。
「ルネ。君がいてくれれば、僕たちはこの檻から出られる。……ありがとう、ここに来てくれて」
「……必要、ですかぁ……っ? 私みたいな、血も飲めない吸血鬼でも……役に、立てるですかぁ……っ?」
ルネの瞳から、また一粒、大粒の涙が零れた。
ユウマは彼女の頭を、そっと撫でた。黒髪は驚くほど**さらさら**としていて、指の間を滑り落ちていく。
「役に立つとか立たないとかじゃない。君が君のままでいることが、僕たちの力になるんだ」
「……うぅ……あぅ……っ。……頑張る、ですぅ。ルネ、一生懸命……目を凝らすですぅ……っ!」
泣き笑いのような顔で、ルネは二つ目のお芋に手を伸ばした。
それまで二人きりだった食卓に、新しい声が加わる。
リリィが楽しそうにこれまでの苦労話を**おっとり**と語り、ルネがそれに驚いたり、時折**くすっ**と笑ったりする。
**コトッ**と、食べ終えた芋の皮を置く音。
ユウマは、焚き火の向こうで賑やかに笑い合う二人を見つめながら、今後の計画を練っていた。
(外の世界。……ルネの目があれば、目的地まで安全に辿り着けるはずだ)
数日前まで、この遺跡はただの「逃げ場所」だった。
だが今は違う。
リリィの知識と、ルネの索敵。
自分の持てるすべてを使って、この二人が安心して笑える場所を作らなければならない。
「ユウマさまぁ、何をぼーっとしてるのぉ? ルネちゃんがぁ、ユウマさまのスーツのシワが気になるって言ってるよぉ?」
「えっ? あ、ああ……これしか服がないからね」
「……私、裁縫は少しだけ、得意……ですぅ。後で、直してあげるですぅ……」
ルネが少しだけはにかみながら、ユウマの袖を**つんつん**とつついた。
冷たい石壁に囲まれた牢獄。
そこは今、異世界で出会った三人の「家族」のような、温かな空気に満たされていた。
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