第四十一話:不落の海岸線、そして喧騒の始まり
リリィが古代エルフの禁書から引き出した知識――「アビサル・レギオン(深淵の軍勢)」という存在は、ユウマたちの心に小さからぬ波紋を投げかけた。神話の時代より続く、世界の底に蠢く闇。彼らの目的が地上の命を冷たい黒い水に沈めることであるならば、海に面したこの里は、まさに彼らにとって地上侵攻の格好の足がかりであり、同時に最前線ということになる。
「……とはいえ、気になるからってこっちから深海に攻め込むわけにもいかないしな」
翌朝、ユウマは執務室で机の上に海岸線の地図を広げながら、ぽつりと呟いた。
潜水艦も高度な魔法の酸素ボンベもないこの世界において、未知の魔力と水圧が支配する海底へ討ち入るなど自殺行為でしかない。ならば、ユウマたちが取るべき道は唯一つ。
「奴らが上がってきたところを、確実に、一匹残らず叩き潰す『絶対防衛線』を築くことだ」
ユウマの言葉に、部屋に集まっていた面々が力強く頷いた。
今回の作戦会議には、ユウマと四人の少女たちに加え、里の建設・防衛の要である土竜族の親方と、植物の性質を熟知した妖花族の長も招かれていた。
「昨日の戦いで、奴らの決定的な弱点が見えた」
ユウマは地図の海岸線を指差した。
「奴らは深海の水圧と浮力に最適化されている。そのため、重力があり、足元が流れる『地上の不安定な砂地』での戦い方に全く慣れていない。方向転換のたびに重心がブレるし、武器の重さに自らの身体が振り回されていた」
「なるほどねぇ! じゃあ、その弱点を徹底的にイジめてあげればいいんだぁ!」
リリィがポンと手を叩いた。彼女が動くたびに、薄手のブラウスに包まれた豊かな胸が**ぷるん**と弾む。昨日までの深刻な表情はどこへやら、今の彼女は新しい防衛計画に興味津々といった様子だった。
「……そうですぅ」
ルネがユウマの椅子の背もたれに寄りかかり、ジト目で地図を見つめながら言った。彼女の小柄な体躯から伸びる二つの「果実」が、ユウマの肩口に**むにゅっ**と押し当てられ、甘い体温が伝わってくる。
「……ただでさえ歩きにくい砂浜を、もっと歩きにくくして、罠まみれにしてやるですぅ。ドスケベなユウマさまに相応しい、陰湿で嫌らしい罠をいっぱい仕掛けるですぅ」
「おい、ドスケベは余計だろ。……でも、ルネの言う通りだ。親方、長、協力してほしい」
ユウマは土竜族の親方と妖花族の長に向き直った。
「おう、村長! 俺たち土竜族のツメを舐めてもらっちゃ困るぜ。砂浜の地下を空洞にして落とし穴にするか? それとも、踏んだら底なし沼みたいに沈み込む流砂の罠でも仕掛けてやろうか!」
「妖花族もお手伝いいたしますわ、ユウマ様」
妖花族の長がしとやかに微笑む。
「海岸の塩水や砂地でも力強く根を張る、特殊な『海魔藻』を植え付けましょう。この植物の根は地中を網の目のように覆い、外敵が踏み込むと、その足首に絡みついて動きを完全に封じ込めます。さらに、おまけとして足元から神経を麻痺させる毒の胞子を吐き出させましょうか」
「素晴らしい。土竜族の『流砂』と、妖花族の『絡みつく魔藻』。これを組み合わせれば、奴らは一歩進むことすらできなくなるはずだ」
ユウマは作戦の実現性に確信を得て、地図に次々と防衛陣地を書き込んでいった。
「そして、ティオ。君にはその罠のすぐ後ろに、強固な防衛陣地を構えてもらう」
「はいっ! お任せください!」
ティオが快活に応じる。彼女は昨日の戦闘でさらに自信を深めたようで、大盾を抱える腕にも一段と力がこもっていた。
「土竜族の皆さんに、海岸線を見下ろせる位置に石造りの頑丈な『防壁』を作ってもらいます。私はそこに陣取り、罠を抜けてこようとする敵の攻撃をすべて正面から受け止めます!」
「ええ、そしてそのティオさんの盾の隙間から、わたくしがすべての首を刈り取らせていただきますわ」
ララがしっとりと微笑みながら、ユウマのもう片方の腕を抱きしめた。
ミッドナイトブルーの髪から漂う深海の香りと、彼女のはち切れんばかりの爆乳の感触が、ユウマの右腕を完全に包み込む。左にはルネ、右にはララ。ユウマは両側からの圧倒的な質量に挟まれ、一瞬呼吸が止まりそうになった。
「ら、ララ、嬉しいけどちょっと離れて……。……コホン。とにかく、この『足元を奪う罠』と『ティオの不落の防壁』、そして『ララの神速の奇襲』。この三段構えで海岸線を要塞化する。ルネは海水の魔力の乱れを常に監視し、敵が接近した段階で、里に一歩も近づける前に海岸で迎撃する体制を整えてくれ」
「……了解ですぅ。……でもユウマさま、右と左、どっちのおっぱいが好みか、いい加減白黒つけるべきですぅ」
「今は作戦会議中だろ! はい、解散! みんな、それぞれの配置について作業を開始してくれ!」
ユウマが真っ赤になって叫ぶと、リリィやティオたちの楽しげな笑い声と共に、防衛線の構築計画が一斉に動き出した。
それからの数週間、里は驚異的なスピードで「要塞化」と「都市化」を同時に推し進めていった。
海岸線では、土竜族の戦士たちが昼夜を問わず砂浜を掘り返し、複雑な地下空洞と流砂の仕掛けを完成させていった。その上には妖花族によって、どす黒い緑色の「海魔藻」がびっしりと植え付けられ、潮風を浴びて不気味に葉を震わせている。
さらに、砂浜を見下ろす高台には、土竜族の石造建築の粋を集めた、厚さ数メートルに及ぶ堅牢な石造りの防壁がそびえ立った。それはまさに、深海からの軍勢を迎え撃つための「地獄の門番の座」だった。
そして、この「万全の準備」が里に副産物をもたらした。
海岸線の安全がギミックと武力によって完璧に保障されたという噂は、商人たちの間で爆発的な安心感となって広がっていったのだ。
「おいおい、聞いてくれよ! あの里の海岸、神話の化け物が攻めてきても指一本触れさせずに全滅させたらしいぜ!」
「それだけじゃない、足元に一歩踏み入れただけで身動きが取れなくなる、魔法の防衛線があるんだと」
「そんなに安全な場所なら、荷物が賊に襲われる心配もないな!」
噂が噂を呼び、里へと続く街道の物流は、これまでの数倍の規模へと膨れ上がっていった。
一ヶ月が経つ頃には、里の中央広場はかつての寂れた集落の面影を完全に失い、周辺地域でも屈指の「交易都市」としての賑わいを見せるようになっていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 『石の都』から仕入れた一級品の魔鉱石だよ! 土竜族の旦那、これであんたたちのツメを研いだら最高だぜ!」
「こちらは大森林の奥で採れた、妖狐族秘伝の蜂蜜酒だよ! 旅の疲れが一気に吹き飛ぶ美味さだ、さあ寄ってらっしゃい!」
広場には、色とりどりの布で作られた天幕が立ち並び、他所からやってきた人間の商人、山を越えてきた獣人の部族、さらには珍しい品を求めてやってきたエルフの行商人までが、大声を張り上げて交渉を行っていた。
ユウマはティオを連れて、その賑やかな広場を視察していた。
「凄い活気ですね、ユウマさん! もう、どこからどこまでが里の人で、どこからが商人なのか分からないくらいです」
ティオは行き交う人々の笑顔を見ながら、嬉しそうに目を輝かせた。
「ああ。これだけ物流が増えれば、里の蓄えもさらに潤う。アビサル・レギオンへの備えで出費も多かったけど、これならお釣りが来るくらいだ」
ユウマが満足げに頷いた、その時。
「あーっ! ユウマさま、ティオちゃん! 見てみてぇ!」
人混みの向こうから、大きな荷物を抱えたリリィが、豊満な胸を**ぶんぶん**と揺らしながら走ってきた。彼女の周りには、他所から来た商人たちが「おいおい、あの綺麗なハーフエルフの姉ちゃんは誰だ?」と鼻の下を伸ばして見つめている。
「リリィ、そんなに慌ててどうしたんだ? 転ぶよ」
「大変なのぉ! ほら、これ見て! 隣の領地の大きな商会がね、私たちの里に『常設の支店』を作りたいって、こんなにたくさんの契約書と手土産を持ってきたんだよぉ!」
リリィが差し出したのは、金色の刺繍が施された立派な書簡だった。
里の急速な成長と、他種族が共生する高い生産性、そして何より「神話の軍勢すら退ける絶対的な安全性」に目をつけた大商使たちが、本格的にこの里への投資を始めようとしていたのだ。
「……なるほど。ただの『一過性の市場』じゃなくて、いよいよ本物の『都市』として認められ始めたわけか」
ユウマは書簡を受け取り、広場の喧騒を見渡した。
子供たちの笑い声、商人たちの威勢のいい声、多種族が交わす挨拶。
深海に潜む闇がどれほど深く、強大であろうとも、この地上に築かれた「豊穣なる光」を消させはしない。ユウマは隣に立つティオ、そして駆け寄ってきたリリィの温もりを感じながら、新しき故郷のさらなる飛躍を確信するのだった。
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