第三十七話:夕凪の果実、深海より迫る漆黒の触手
数日前の嵐が嘘のように、里の夕暮れは穏やかだった。
橙色から深い紫へと移り変わる空の下、新設された中央広場からは子供たちの無邪気な笑い声が響いている。猫娘族の少年が土竜族の子供と追いかけっこをし、それを見守る妖狐族の母親が優しく声をかける。他種族が入り混じるこの里において、今や当たり前となった、そしてユウマが最も愛する平和な光景がそこにあった。
「……にぎやかで、いい匂いですぅ」
ユウマの隣を歩くルネが、小さな鼻をひくつかせながら呟いた。
今日はルネの索敵任務が早く終わったため、二人は夕方の広場をのんびりと散歩していた。広場の端には、妖狐族や猫娘族が営む屋台が並び、香ばしい焼き肉や甘い果実のタレの匂いが漂っている。
「そうだね。少し前までは、夕暮れ時は狼男族への警戒でみんなピリピリしていたのに。……ルネ、何か食べようか。あそこの屋台の串焼き、美味しそうだよ」
「……食べるですぅ。ユウマさまと半分こ、ですぅ」
ユウマは屋台で、ハーブと塩で香ばしく焼かれた大きな肉串を購入した。一本の串を二人で分け合いながら歩く。ルネは口元にタレを少しつけながらも、美味しそうに目を細めて肉を噛み締めていた。
普段は吸血鬼の混血としてクールに振る舞う彼女だが、こうしてユウマと二人きりで歩くときは、年相応の少女らしい甘えを見せる。
今日の彼女は、いつもの戦闘用マントを脱ぎ、動きやすいノースリーブのサマードレスを身に纏っていた。そのせいで、昨夜の宴でも話題に上った彼女のプロポーションが、夕暮れの光の中でいやが応でも強調されていた。
小柄な体躯には不釣り合いなほどに、豊かに、そして自己主張するように膨らんだ二つの果実。ドレスの薄い生地越しでも、その圧倒的な密度と柔らかさが伝わってくるようだった。歩くたびに、彼女の背中の羽根がパタパタと揺れ、それに連動して胸元が**ぷるん、ぷるん**と心地よいリズムで弾む。ユウマはなるべく意識を逸らそうと串焼きに集中していたが、隣から伝わってくる甘い体温と、視界の端で揺れる圧倒的なボリュームに、どうしても生唾を飲み込んでしまっていた。
ハプニングは、広場の端にある古い石畳の段差で起きた。
子供たちが蹴った革製のボールが、不意にルネの足元へと転がってきたのだ。
「あ……」
ルネがそれを避けようと小さくステップを踏んだ瞬間、雨上がりで少し滑りやすくなっていた石畳に足を取られてしまった。
「おっと、危ない!」
ユウマは反射的に手を伸ばし、倒れそうになったルネの体を抱き留めようとした。
しかし、不規則な体勢のまま飛び込んだため、ユウマの手はルネの肩を通り過ぎ――そのまま、彼女のサマードレスの胸元へと、ストレートに飛び込んでしまった。
**ぎゅにゅっ。**
手のひら全体を包み込んだのは、想像を絶するほどの柔らかさと、信じられないほどの弾力だった。小柄なルネの胸が、ユウマの両手の中で完璧な形で収まり、指の隙間からはみ出るほどの圧倒的な質量を持って主張している。
「あ……ぅ」
ルネの口から、微かな、熱を帯びた吐息が漏れた。
普通なら、ここで驚いてすぐに手を離すところだった。しかし、昨夜の「サイズ品評会」の記憶が脳裏をよぎったこと、そして何より、手のひらから伝わってくる肉体の圧倒的な心地よさと温かさに、ユウマの脳の思考回路が完全にショートしてしまった。
(うわ、すごい……柔らかい……。小柄なのに、こんなに中身が詰まってるなんて……)
あろうことか、ユウマは我を忘れ、そのまま指先に力を込めて**むにゅ、むにゅ、むにゅ……**と、いつまでもその極上の果実を揉み解し続けてしまったのだ。親指の腹でドレスの生地越しにその形をなぞり、手のひら全体で重みを堪能する。
ルネは拒絶するわけでもなく、ただ顔を真っ赤に染め、ユウマの手の中で胸を何度も形を変えさせながら、じっとその刺激に耐えていた。
やがて、ルネは潤んだオッドアイで、下からユウマをじっと見つめる上目遣いの姿勢をとった。
「……ユウマさま。……私の、おっぱい……どうですか?」
恥ずかしそうに、しかしどこか期待を込めたような、しっとりとした声。
「はっ!?!?」
その声で、ユウマは一気に我に返った。大慌てで両手を突き出し、まるで熱い鉄板に触れたかのように飛び退く。
「ご、ごめん! ルネ! 違うんだ、今のは不可抗力というか、バランスを崩したから支えようとして、その、手が滑って、でも滑ったにしては随分と長く揉んでた気がするけどそれはその、あまりの柔らかさに脳の命令系統がバグを起こしてだな……!」
額から滝のような冷や汗を流しながら、必死に言い訳の言葉を並べ立てるユウマ。
そんなユウマを、ルネはサマードレスの乱れた胸元を両手で少し整えながら、完全に「ジト目」のモードに切り替えて見つめていた。
「……ユウマさま。言い訳が、苦しすぎるですぅ。……支えるだけなら、いつまでも『むにゅむにゅ』揉む必要はなかったはずですぅ。……やっぱり、昨日の夜から、ずっと私のここを狙ってたですぅ。ドスケベ村長ですぅ」
「違うんだ! 本当に狙ってたわけじゃ……!」
「……でも、嫌じゃなかったですぅ」
ルネはツンとそっぽを向きながら、小さな声で付け加えた。
「……ユウマさまになら、少しくらい揉まれても、減るもんじゃないですからぁ……。でも、お仕置きとして、今夜のデザートの果物は全部私がもらうですぅ」
「あ、ああ……いくらでも食べてくれ……」
ユウマが情けない声を上げ、ようやく冷や汗を拭った、その時だった。
ルネのジト目が、一瞬にして凍りついた。
彼女は突然、言葉を切り、ガバッと西の方角――つまり、里の崖の先にある「海辺」の方角へと振り向いた。
背中の羽根が、これまでに見たことがないほど鋭く逆立ち、オッドアイの瞳孔が猫のように細くなる。
「ルネ……? どうした?」
「……おかしいですぅ。……波の音が、変ですぅ」
ルネは地面に膝をつき、大地に耳を当てた。彼女の表情から先ほどの甘い空気は完全に消え去り、極限の緊迫感が張り詰めている。
「……違う。地響きじゃない。これは……海。海の底から、何かが大量に這い上がってきてるですぅ! 全部、冷たくて、どす黒い殺気の匂いがするですぅ!」
「なんだって!? 狼男か?」
「違うですぅ! 陸地からの接近じゃない……みんな、海の中から、水中を通って岸に近づいてきてるですぅ! だから……だから私の索敵が、水の壁に遮られて気づくのが遅れたですぅ……っ!」
ルネは唇を噛み締め、その顔を悔恨の念で歪めた。
「……ごめんなさい、ユウマさま……っ! 私が、おっぱいの話なんかで浮かれてたせいで、敵の接近を許しちゃったですぅ……! 私の目が、索敵が、役立たずだったですぅ……っ!」
「自分を責めるな、ルネ! 水中からの接近なんて想定外だ、君のせいじゃない!」
ユウマはルネの肩を強く叩き、即座に立ち上がった。
夕暮れの平和な広場に向かって、ユウマは村長としての最大級の怒号を響かせる。
「守備隊! 敵襲だ! 広場にいる全員、今すぐ頑丈な建物か地下貯蔵庫に身を隠せ! 火を消せ! 急げ!!」
ユウマの切迫した声に、広場は一瞬にして静まり返り、次の瞬間には大混乱の渦へと変わった。猫娘族の戦士たちが子供たちを抱え、土竜族が女性たちを地下へと誘導する。
「ルネ、僕たちは一度自宅に戻る。リリィとティオと合流して、防衛線を張るぞ!」
「……分かった、ですぅ!」
二人は夕闇が迫る里の道を、全速力で駆け抜けた。
走りながら、ユウマの脳細胞は激しく回転していた。
(海からの襲撃……? この辺りの海賊か? いや、ルネは『海の底から』と言った。それに、冷たくてどす黒い殺気……。まさか、一昨日ララが言っていた、彼女の故郷を滅ぼしたという『名もなき暗黒の軍勢』か!? ララを追って、地上まで上がってきたというのか!?)
もしそうであれば、これまでの狼男族のような「地上の亜人」とは根本的に異なる、未知の脅威との戦いになる。
息を切らせて自宅の扉を蹴り開けると、中では既にリリィとティオが武器を手に立ち上がっていた。
「ユウマさまっ! 外の騒ぎは一体何事なのぉ!?」
リリィが槍を握り締め、青ざめた顔で叫ぶ。
「敵襲だ。海から大量の軍勢が迫っている。……ティオ、すぐに前線へ……」
ユウマが指示を出そうとした時、ふと、室内の「違和感」に気づいた。
いつもなら、ユウマが戻れば真っ先にしっとりと寄り添ってくるはずの、あの青い髪の剣士の姿がない。
「……待て。ララはどこだ?」
ユウマの問いに、ティオが悲痛な表情で応えた。
「ララさんなら……少し前、ルネさんが叫ぶのとほぼ同じ同時に、突然立ち上がって……。私たちが止める間もないくらいの、今まで見たこともないような恐ろしい顔をして、二振りの刀を持って外へ飛び出していってしまいました……!」
「……ララちゃん、『来たわね』って、それだけ呟いて……海の方向へ走っていっちゃったのぉ!」
リリィの言葉に、ユウマの予感は確信へと変わった。
間違いない。敵の狙いは、漂流してきたララ――いや、彼女を追ってきた執念の追撃手だ。
「ララが一人でカタをつけようとしてるんだな……。そんなこと、させるわけにいかない!」
ユウマはティオとルネ、そしてリリィを見つめた。
「みんな、行くぞ。ララはもう、この里の仲間だ。僕たちの家族を、地獄の底の連中に渡してたまるか!」
「はいっ!」
ティオが大盾を叩き、力強く応える。
里の再建が進む中、突如として突きつけられた最大の試練。ユウマたちはララを救うため、そして新しき故郷を守るため、闇が支配し始めた西の海岸へと走り出した。
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