第三十六話:躍進する共同体、そして領袖の眼差し
昨夜の騒がしくも温かな宴の余韻が残る中、里の朝は早い。
窓から差し込む朝日は、かつての荒廃した影を完全に拭い去り、活気に満ちた新しい里の姿を鮮やかに照らし出していた。
ユウマは執務机の上で、リリィが用意した最新の「里の概況報告書」に目を通していた。
昨夜、おっぱい談義に花を咲かせていた時とは打って変わり、今のリリィは有能な補佐官の顔をしている。
「リリィ、商人の往来が予想以上に伸びているね。街道の安全が確認された途端、これほど集まるとは」
ユウマが感心したように言うと、リリィは得意げに胸を張り、ぷるんと豊かな揺れを伴って頷いた。
「そうなのぉ! 狼男族を退けたっていう噂、それから多種族が一緒に働いてるっていう珍しい話が、思ってたより遠くまで広まってるみたい。昨日は隣の『石の都』からも商人が来たんだよぉ。里で採れる妖花族印の高品質な薬草と、土竜族が掘り出した珍しい鉱石……みんな喉から手が出るほど欲しがってるんだからぁ!」
「移住者の状況はどうだい?」
「うん、そっちも順調。妖狐族や土竜族の生き残りたちが、親族を連れて少しずつ移り住んできてる。現在の人口は……先週からさらに二割増えたかなぁ。でも、安心してユウマさま! 妖花族の『急速成長』のおかげで食糧の備蓄はむしろ増えてるし、土竜族が地下に作った巨大な貯蔵庫はまだ三割も埋まってないの。村の拡張具合から見ても、あと百人くらいなら明日来ても大丈夫だよぉ!」
リリィの報告は、新村長としてのユウマにとって最も心強いものだった。
急激な成長はしばしば破綻を招くが、異なる種族の「得意分野」を組み合わせたことで、里の供給能力は人口の増加速度を上回っていた。
「わかった。……よし、今日は自分の目でその『成長』を確認してこよう。リリィは引き続き、商使との窓口をお願いできるかい?」
「了解なのぉ! ぼったくり商人にはリリィがガツンと言ってあげるからねぇ!」
ユウマは自宅を出ると、同行を頼んでいたティオの元へ向かった。
ティオは村の入り口近く、新しく整備された広場で、自慢の盾を丁寧に磨き上げていた。
「ユウマさん、おはようございます! 視察ですね。準備は万端です」
ティオは昨日リリィに揶揄されたことがまだ少し恥ずかしいのか、ユウマと目が合うと少しだけ頬を染めた。だが、彼女の瞳には守護者としての誇りと、ユウマを支える決意が宿っている。
「行こうか、ティオ。今日は少し遠くまで歩くよ」
二人はまず、里の南側に新設された「商業区画」へと足を運んだ。
そこには、猫娘族が組んだ木の露店と、土竜族が堅牢に仕上げた石造りの倉庫が立ち並んでいる。
「いらっしゃい、村長! 見てくれよ、この布。妖狐族の織子たちが仕上げた最高級品だ。町から来た商人が、相場の三割増しでも買いたいって言ってきたんだぜ!」
露店を預かる猫娘族の男性が、誇らしげに商品を広げてみせた。
ユウマはその布の手触りを確認し、満足げに頷いた。
「いい出来だ。でも、あまり高く売りすぎて関係を損なわないようにね。安定した取引が里の血肉になるんだから」
「わかってるって、村長! 俺たちはあんたのやり方を信じてるんだ」
かつては他所者を恐れ、殻に閉じこもっていた猫娘族たちが、今では外部の商人と堂々と渡り合っている。その光景に、ティオが感慨深げに呟いた。
「……なんだか、夢みたいです。皆がこんなに笑って、知らない人と話をしている。ほんの少し前までは、誰もが今日を生き延びることで精一杯だったのに」
「それは君が盾を持って、皆に『安心』を教えたからだよ、ティオ。安全が保障されなければ、人は豊かさを求める余裕なんて持てないからね」
ティオは自分の盾をギュッと握りしめ、ユウマに微笑み返した。
次に訪れたのは、里の北側の斜面を切り開いて作られた「居住拡張区」だった。
そこでは、土竜族と猫娘族、そして新しく加入した移住者たちが協力して家を建てていた。
「おい、そこはもっと深く埋めろ! 倒れたら俺たちのツメが泣くぜ!」
土竜族の親方が指示を飛ばし、猫娘族が軽快に木材を組んでいく。
ふと見ると、一軒の家の前で、妖狐族の女性が近所の子供たち――猫娘族や土竜族の混ざった子供たち――に、古い伝承を聞かせていた。
「……村長様!」
それに気づいた妖狐族の女性が立ち上がり、しなやかに頭を下げた。
「生活に不自由はないかい?」
「はい。里の皆様はとても親切で……。昨日も土竜族の方から、地下の冷たいお水を分けていただきました。……ユウマ様、わたくしたちを拾ってくださって、本当に、本当にありがとうございます」
その感謝の言葉は、社交辞令ではない重みを持っていた。
ユウマは彼女たちの住居が冬に耐えられるようになっているか、換気は十分かといった細かい点まで確認し、現場の職人にいくつか改善のアドバイスを与えた。
視察の最後に、二人は里を囲む防壁の巡回路を歩いた。
かつてのボロボロの防護柵は影も形もなく、今では土竜族が積み上げた石と、妖花族がその根を絡ませて強化した「生きた城壁」が里を力強く守っている。
ユウマは防壁の上から、広がる森とその先にある街道を見つめた。
「ティオ。里は大きくなった。でも、大きくなるということは、それだけ多くの『命』に責任を持つということでもあるんだ」
「……はい」
「昨日のララのように、外の世界にはまだ、行き場を失って苦しんでいる人がたくさんいる。商人が増えれば、この豊かさを狙う輩も出てくるかもしれない。……それでも、僕はここを広げ続けたい。みんなが、笑って眠れる場所を」
ティオは一歩、ユウマに近づいた。
風に揺れる彼女のポニーテールと、チュニックを押し上げる豊かな胸の鼓動。彼女の放つ温かさが、ユウマの横に寄り添う。
「ユウマさんが広げるその世界、私がどこまでも守ります。……どんな大きな嵐が来ても、誰が攻めてきても、私の盾は一歩も引きません。……ユウマさん、あなたは前だけを見ていてください」
ティオの赤い瞳には、一切の迷いがなかった。
彼女の献身的な言葉に、ユウマは心の底から勇気が湧いてくるのを感じた。
「ありがとう、ティオ。君がいれば、僕はどこまでも行ける気がするよ」
夕暮れの光が、拡張され続ける里を黄金色に染め上げていく。
土を耕し、壁を築き、絆を紡ぐ。
ユウマとティオ、そしてリリィ、ルネ、ララたちが共に歩む再建の道は、今や一つの「国」としての産声を上げようとしていた。
里へ戻る途中、二人は偵察から戻ってきたルネと、なぜか既に村の子供たちの面倒を見ながら洗濯物を畳んでいるララに出会った。
「ユウマ様、お帰りなさいませ。……ふふ、視察でお疲れでしょう? 今夜はわたくしが、とびきりの癒やしを差し上げますわね」
ララがしっとりと微笑み、ユウマの腕を絡め取る。
「……む。……ユウマさま、私も、報告することがあるですぅ。……独り占めは、ダメですぅ」
賑やかな仲間たちに囲まれ、ユウマは平和な里の雑踏の中へと戻っていった。
明日にはまた新しい課題が生まれるだろう。だが、この絆がある限り、この里の成長が止まることはないのだ。
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