第一話:銀髪の囚人と、拒絶する鉄格子
湿った石の匂いと、微かに漂う花の香り。
マサ・ユウマは、目の前の光景に息を呑んだまま硬直していた。
鉄格子の向こう側、暗がりに座り込む少女の姿は、あまりにも浮世離れして美しかった。お尻まで届きそうなほど長く、艶やかな銀髪が、彼女の動きに合わせて**さらり**と流れる。
「……あ。また、幻覚かしらぁ。それとも、本当に……『ヒト』、なのぉ?」
彼女が顔を上げた。大きく潤んだ青い瞳が、迷い込んだユウマを捉える。
その瞬間、ユウマの視界に『天秤』が独りでに浮かび上がった。
(なんだ……この数値は)
視界の端で、黄金の天秤が激しく左右に揺れる。
彼女の頭上に表示された情報――「知略」「管理」「言語」といった項目の**『潜在能力』**を示すゲージが、枠を突き破らんばかりに真っ赤に染まっていた。
「……君は、誰なんだ? どうしてこんな場所に……」
ユウマが問いかけると、少女は寂しげに、ふわりと微笑んだ。その表情はあまりにも儚く、放っておけば霧のように消えてしまいそうだ。
「リリィは……リリアーナ・シルヴァニアって言うのぉ。リリィはねぇ、悪い子なのぉ。長老さまたちが『見てはいけない』って言った古い巻物を、こっそり読んじゃったのよぉ。だから、ここに捨てられちゃったのぉ……」
自らをフルネームで名乗った彼女の声は、**とろん**と甘く、それでいて深い孤独を纏っていた。
彼女はゆっくりとした動作で立ち上がり、一歩、こちらへ歩み寄る。その際、豊かな胸元が**ゆさっ**と揺れ、薄汚れたドレスの隙間から白い肌が覗いた。
「もう、何十年も……こうしているのぉ。ここには、魔法の畑と井戸があるから、死ねないんだけどぉ……心は、もうボロボロなのよぉ」
彼女は震える指先を鉄格子に添えた。
その瞬間、**バチィッ!**と青白い火花が散る。
「……っ!」
「あぅ……やっぱり、ダメなのぉ。この格子には、エルフの強い魔法がかけられていてぇ、リリィには触れないのよぉ……」
彼女の手の平には、赤く火傷のような跡がついていた。
ユウマは、かつての記憶を不意に思い出した。
やる気も才能もある部下が、理不尽な理由で閑職に追いやられ、ただ時間だけを浪費させられていたあの光景。彼女の姿が、その不遇な誰かと重なって見えた。
「僕は、マサ・ユウマ。……出すよ。リリィ、君をここから出す」
ユウマは、自分でも驚くほど迷いのない声で言った。
リリィは目を丸くし、首を横に振った。
「無理だよぉ……ユウマさまぁ。普通の人が触ったら、手が炭になっちゃうのぉ」
ユウマは鉄格子に手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、**ビビッ!**と全身に激痛が走る。
「ぐっ……あぁぁぁ!!」
まるで高圧電流に触れたような衝撃。ユウマは弾き飛ばされ、背中を石壁に痛打した。
視界がチカチカと火花を散らす。手の平を見ると、皮が剥け、ジンジンと熱い。
「ダメだよぉ! 危ないから、もうやめてぇ……っ」
ユウマは泥だらけの膝を突き、再び立ち上がった。
『天秤』が、リリィの潜在能力を指し示している。この埋もれた才能を、こんな暗い場所で終わらせていいはずがない。
ユウマは脇に落ちていた鋭い石の破片を拾い上げ、魔法の衝撃に耐えながら、鉄格子の根元、石床に埋まった基部を叩き始めた。
**カン、カン、カン!**
一打ごとに、指先から脳へ電撃が突き抜ける。
数時間、あるいは半日が過ぎた頃だろうか。
**ギィィィ……**という耳障りな音を立てて、歪んだ格子を渾身の力で押し広げた。
「……おいで。リリィ」
意識が遠のきそうになりながら、ユウマはその場に崩れ落ちた。
「……ん」
温かい、柔らかな感触に包まれてユウマは目を覚ました。
視界に入ってきたのは、至近距離にあるリリィの綺麗な青い瞳。
「あ、気がついたのぉ……? よかったぁ……」
どうやら彼女の膝に頭を乗せていたらしい。**プニッ**とした太ももの弾力が後頭部に伝わってくる。彼女は献身的に、ユウマの火傷した手を冷たい水で冷やしてくれていた。
「リリィ……格子は?」
「壊れてるよぉ。でも……リリィ、外に出るのが怖いのぉ。何十年もここにいて、外には怖い魔物もいるし……リリィは戦えないし、役立たずなのぉ……」
彼女は俯き、銀髪の隙間から寂しげな表情を覗かせた。
ユウマは、ゆっくりと上体を起こし、彼女の目を真っ直ぐに見つめた。
「リリィ。正直に言うよ。僕は、この世界のことを何も知らないんだ。さっきも魔物に追いかけ回されて、死にそうになった。……僕一人じゃ、この先どうすればいいか全くわからないんだ」
ユウマは一呼吸置き、言葉を紡ぐ。
「でも、君にはすごい力がある。僕には見えるんだ、君が持っている知識や知恵が、どれだけ素晴らしいものか。……僕には、君が必要なんだ。リリィがいれば、僕はきっとこの先へ進むことができる。だから……一緒に来てくれないか?」
リリィは、驚いたように目を見開いた。
「役立たず」として捨てられた自分を、これほどまでに真っ直ぐに必要だと言ってくれた人は、今まで一人もいなかった。
「ユウマさまが……リリィを、必要だって言ってくれるのぉ……?」
「ああ。僕を助けてほしい。君の知恵で、僕を導いてほしいんだ」
リリィの大きな瞳に、じわりと涙が溜まる。
彼女は震える手でユウマの裾をギュッと掴んだ。
「……わかったのぉ。ユウマさまがそう言ってくれるなら、リリィ、頑張ってみるのぉ。ユウマさまの力になれるように、一生懸命お供するんだよぉ」
彼女の返事を聞いて、ユウマは心の底から安堵の息を漏らした。
外の狂暴な森を抜けるための、最高に頼もしい「知恵」が、今隣に座っていた。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
作者のモチベーションアップに繋がりますm(_ _)m




